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時間は早朝。まだ陽もあまり顔を見せていない薄暗い中、今日も自転車を漕ぐ。 もうすぐ、もうすぐだ。この角を曲がったらもう見えてくる。 郵便受けへと新聞を差し込み、自転車を発進させて角を曲がる。 見えた。 真っすぐに駆け出したくなりつつも、角の家の郵便受けにも新聞を入れる。 あとは目的地までのカウントダウン。この新聞の残数がカウントを刻んでくれる。 3・2・1…ゼロ。 「おはようございます、ケイさん。今日も朝早いですね」 「おはよう、レン君。レン君こそ今日も新聞配達お疲れ様」 最近は早朝の、誰にも見咎められないこの時間が凄く待ち遠しい。 僕は新聞配達。ケイさんは早朝ランニング。 目的は違えど、僕の配達コースに沿ってケイさんがランニングコースを設定してくれているので、ケイさんの家をスタート地点として帰ってくるまでこの先はずっと一緒だ。 片や自転車。片やランニング。 スピードが合わないのではないかと思いきや、配達先の家には自転車から降りて郵便受けに新聞を投函しているので、場所によってはケイさんの方がよっぽど早かったりする。そうして僕が新聞を配り終え配達所に戻るあたりが折り返し地点、ケイさんは僕が配達所にいる間に一時休憩を取っていた。 「お待たせしました、ケイさん」 「終わったんだ。じゃあ行こうか」 外に出て休憩中のケイさんに声を掛けると、ケイさんは僕を見とめて駆け寄ってきた。ここが折り返し地点ならば、ここからはいわば復路になる。さあ出発だと自転車を漕ぎ出そうとしたところ、配達所の中からおじさんの呼ぶ声が聞こえた。 「おい、レン。まだいるかー?」 「あ、はい、何ですかー?ケイさん、済みませんがちょっと待っててもらえます?」 「うん、いいけど」 呼ばれるままに配達所の中を覗くと、新聞屋のおじさんがこちらに向かって手招きをしていた。 「何か用ですか?もしかして配達が他に残ってるとか」 「あぁ、そういうんじゃねぇんだ。ほいこれ、臨時ボーナスな。チケット余計にあるからさ、バイト全員に配ってんだ。表にいる友達でも誘って一緒に行きな」 「あ、ありがとうございます」 そう言っておじさんは僕に二枚の映画のチケットをくれた。内容は先週封切になったばかりのSFファンタジーものだ。チケットを手に持って外に出ると、ケイさんが自転車を持って待ってくれていた。 「お待たせしました。行きましょう、ケイさん」 「…それ何?」 配達所に戻る前には手元になかったチケットを見つけ、ケイさんが興味深そうに僕の手元を覗き込んでいる。僕はケイさんにも見やすいようにとチケットを広げてみせた。 「あぁ、おじさんが映画のチケットを二枚くれたんです。表にいる友達と〜って」 「そうなんだ、良かったね。表にいる…ってことは、一枚は僕のなんだ?」 「え?あ、はい、そうですね。良かったらどうぞです」 ケイさんの言葉にチケットを一枚手渡す。ただ手渡すんじゃなくて、一緒にと誘えば良かっただろうか。でも断られたらショックだし、ケイさんが喜んでくれるならきっとそれが一番だ。兄弟のどなたかと行くんだろうなぁと思いながらケイさんの様子を見ると、彼はチケットをまじまじと見つめていた。 「で、いつ行こう?今度の日曜日でいいかな?」 そしてふいに顔を上げ、笑顔でこんな事を言ってきた。 「そうですね、期限は今月一杯のようですしちょうど良いんじゃないです?」 「うん、じゃあ決定。何時に待ち合わせする?」 「………え?」 「え、って…一緒に行くんじゃないの?」 さも当然とばかりに言われてしばし思考が停止する。一緒って、誰と誰が?一枚はケイさんに渡したんだからケイさんと誰かがだよな、その誰かって誰なんだ羨ましいぞ。あ、不思議そうに小首を傾げてる、うん、そんな仕草も可愛い。そしてそんな可愛いケイさんの前にいるのはどれだけ思考を巡らせてみても僕しかいない訳で。 「………」 「え、えっと、レン君もしかして都合悪かった…?」 「ケイさんと、僕と、一緒に?」 「うん。だってこれレン君が貰ったチケットでしょう、むしろ僕がオマケじゃない?」 つまり、これは。初めての 「いえ、いいえっ!都合悪くないです、一緒に行きたいです、嬉しいです!!」 「そか、良かった〜。楽しみにしてるね」 ホッとした表情で笑顔を見せてくれるケイさん。そんな現実に思わず自分の頬をつねってみたくなるが、すんでのところで踏みとどまる事に何とか成功。それからしばらくは二人復路をのんびりと歩きながらお出掛けの計画を練る事にした。 「待ち合わせは朝8時半に玄関で、でどう?配達終わって戻ってから、結構ゆっくりできると思うし」 「そうですね。そしたら朝9時からのスーパーの日曜朝市にも間に合いますし、そこでおやつにお饅頭買うのも良さそうです。お昼は僕2人分お弁当作ってきても良いですか?」 「お饅頭にお弁当、楽しみだねぇ。レン君料理上手いってユーリグから聞いてるし」 「任せてください、兄弟の中で僕とハズミが主に家事担当なんですから。あ、でもお弁当作る代わりに特売品の砂糖お1人様2袋まで、お付き合いしてくださると嬉しいです」 「いいよ、そのくらい。その後映画見てお弁当食べて…あ、スポーツ用品店ちょっと寄りたいかもなんだけど、いいかな?」 「勿論です。他にも行きたいところあったら言ってくださいね」 「うん、了解です」 二人で過ごしている毎朝のこの時間が始まってから、もう二ヶ月は経とうかというものだけども一緒に何処かへ行こうという話題になったのは今日が初めてだったりする。だからこそ小さい頃の遠足前にも似た高揚感を覚える。高揚感は同じでも、きっとドキドキはそれ以上。だって相手が好きな人なのだから。 「それじゃ、そろそろ行こうか」 「はい。付き合いますよ」 新聞屋のおじさんに心中深く感謝をしながら、走り出したケイさんの後を追いかけて自転車で併走する。段々と姿を現してくる太陽が僕達の行き先を照らし始める、それはこれからの二人を祝福してくれているかのようだった。 ********** 幸せな日曜を堪能して、台所に立つ。今日は良い目を見てくるんだからと交替させられた食事当番だったが、苦になるどころか鼻歌まで出てきそうなくらい気分が良い。何せケイさんとの初めての二人っきりでのお出掛け、朝から丸一日と言っていいほど二人で過ごせたのだから。そんな僕の様子が気になったのか、同じ部屋のナナトが当番交替を主張したハズミを引き連れて今日の話を聞かせてくれと言ってきた。 「何でわざわざ人の惚気話なんか聞かなくちゃ」 「いてよハズミー。後で部屋で1対1で聞かされるかもしれない身にもなってみてよ、先に誰かと聞く方が精神的に楽なんだよー」 「なら惚気話は我慢するから今日だけ部屋変わる?」 「それはそれで安眠する暇もなさそうだから嫌」 「………………」 ……かなり失礼な事を言われている気がするが、今日の事を思えばどうしたって緩んでくる頬とで相殺にしておこう。僕は請われるままに今日の楽しかった思い出を語り始めた。 数分後。僕の話を聞いた2人は何故だか揃って険しい顔をしていた。 「あの映画って10時半頃からだってのに、やけに早く出掛けたと思ってたらそういう事か…」 「…映画はいいんだけどね、僕も行ってみたかったやつだし。でも何かどう聞いてもデートって感じがしないんだけどさ。待ち合わせてまず行くところがスーパーの朝市っておかしくない?」 「そうかな?でもケイさんのおかげでほら、砂糖4袋ー♪」 「はいはい、そりゃ戦利品は助かるけど砂糖4袋担いで映画行ってるって事自体がおかしいって事に気付いてレン…のろけられてんのにのろけられてる気がこれっぽっちもしない惚気話って、ある意味凄いよ…」 「ハズミ知ってる?レンってほぼ毎日ケイさんに会ってるのに、まだ携帯番号も知らないんだよ?」 「あー…何かユーリグさんからのお咎めも未だ逃れ続けてるのも納得いくわ…」 「リクとはまた随分違った意味で凄いよね…。まあ携帯に関してだけはハズミもだけど」 「そこは触れないで…」 二人に生暖かい目で見られている事も知らず、いそいそと夕飯の支度を続ける。僕だってただ砂糖4袋だけで浮かれてる訳じゃないんだ、幾らなんでもそこまで無欲じゃない。今日楽しかった事も勿論理由の一つだけど、僕が浮かれている本当の理由は… プルルルル… 突如台所に電子音が響き渡る。何の変哲もない、流行の着メロや着うたが流れる訳でもないただの機械音。それでいて、僕にとってはどんな歌よりも綺麗に聴こえる音。 「あ、ハズミごめん。ちょっとトイレ行くから鍋回しといてー」 「あいよー、あんまりゆっくりし過ぎないようにねー」 トイレに駆け込み、しっかりと鍵を掛けてから携帯を開く。画面は1通のメールの着信を表示しており、受信画面を開くと未読メールの送信者欄には「ケイさん」とあった。念のため言っておくけど、僕から聞いたんじゃなくてケイさんから教えて欲しいって言われたんだからね?何でも以前六人でお饅頭屋に行った際に、ユーリグさんには携帯番号を教えていたのを知って聞きたいと思ってくれていたらしい。 メールを読み進めると、今日を楽しいと思ってくれたようでホッとする。その上文面にまた行こうという文字を見つけてしまっては、幸せな気持ちにならずにはいられない。明日の朝は思い切って次を提案してみようか、きっと二人でなら何処だって楽しいはずだから。ケイさんからの初メールをしっかりと保護設定して、僕はぱたんと携帯を閉じた。 「……ハズミ、先越されたね」 「だから触れないで…」 一方で台所ではそんな会話が交わされていたとかいないとか、それはまた別のお話。 |