「ただいまー」

 そう言ってレンは玄関のドアを開いた。今日はバイトがあるから遅くなると同じ台所当番であるハズミから事前に連絡を受けているため、本日の夕食当番は必然的にレンという事になる。帰りに買い物も済ませてきたレンが真っ先にホームグラウンドである台所に入ると、テーブルの上に無造作に箱が置かれていた。

「何だろこれ…うわ、プリンだよ。しかもちょっとお高い贅沢品だよ。ちゃんと人数分あるな」

 中身を確認するや否や、開けただけではパッと見分からないよう冷蔵庫の奥へと慎重に隠しておく。こうでもしておかないと兄弟間で血で血を洗う奪い合いという名の醜い争いが勃発しかねないのが目に見えているからだ。食後のデザートとして夕飯の後に出せば全員が食いっぱぐれる心配もないと考えた結果である。

「て事はアオイ兄帰ってるのかな、珍しく早いけど」

 買ってきたものを冷蔵庫に仕舞い終え、お土産の主として真っ先に思い浮かんだのが長男のアオイの顔だった。自室に鞄を置いてくるついでに、いるであろうアオイに礼を言おうと思いながらレンは二階へと上がった。



「アオイ兄ー?……って、あれいない?」
「…アオイならまだ帰ってねぇよ。つか人の部屋入ってくんならノックくらいしろよ」

 アオイの部屋を訪ねたが、目的の人物は不在。代わりに無愛想に出迎えたのは次男のユイだった。アオイとユイは同じ部屋であるとはいえ、優しく迎えてくれる長男の姿を思い描いていただけにレンのがっかり感もひとしおだ。

「ユイがいるって分かってたらノックしたよ。んー…じゃあ入れ違いかなぁ、残念」
「?何言ってる、お前らアオイと学校一緒だろうが、そっちじゃお前が一番乗りだぞ」
「え、本当?」
「んなもんで嘘ついてどうするよ」

 ユイの言い分が正しいとするなら、今この家にはレンとユイの2人しかいない事になる。食べ物の差し入れ=アオイのお土産という方程式が出来上がっていたが、当のアオイが朝一緒に出たきり帰ってきていないとなるとその方程式も成り立たなくなってしまう。

「え、じゃ誰が…」
「用がないんなら出て行けよ、煩いから」
「………あ、そっか。確か今日は」
「何だよ、用あるのか?急にニヤニヤしやがって気持ち悪いな」

 ふと部屋にかかっていたカレンダーが目に入り、その日付を見て思い当たる事があった。思えばアオイで方程式が成り立たないのなら、当てはまる人物を変えて式を考えてみれば良いだけの事。となると該当するのは既に帰宅している目の前の1人しかいない訳で。

「バイトの給料日にわざわざプリンありがとう、ユイ。次があるなら悪くならないよう冷蔵庫に入れておいてくれる?それか常温でもつ物がいいな」
「………蹴り倒すぞ?」

 図星を指されて低い声で脅しをかけてくるユイだが、買ってきてくれたものがプリンという選択肢であった事がどこか可愛らしくもあり似合わなくて、一体どんな顔してお店で買ったんだろうかとそのギャップについ笑ってしまう。あんまり笑うと本当に蹴り倒されるのでほどほどにしておくけれど。

「ごくたまーに思いつきで人数分買ってきては、アオイ兄からの差し入れとか、アオイ兄が貰ったものだって言って誤魔化すのを止めたら、もうちょっと兄弟仲もフレンドリーになると思うんだけどね。お隣さんほど仲良いのはうちではさすがにありえないけどさ」
「うるせぇ、分かったならとっとと夕飯の支度に行けっての。そろそろ一番煩いのが帰ってくる頃だろうが」
「はいはい。じゃあ夕飯になったらまた呼ぶから」

 しっしと手で追い払うジェスチャーをしながらそっぽを向くユイ。その頬が心なしか赤く見えるのは決して気のせいではないだろう。存外ユイも照れ屋だとレンは思いつつ、笑い声を立てながらドアを閉めると直後バン!と物がぶつけられる音が聞こえた。ユイのことだからあの音はきっとドアに向けて投げられた枕に違いない。

「物は大切に扱って欲しいよねぇ」

 レンはそうしみじみ呟きつつ、長男の携帯に
『ユイがプリン買ってきたから、またアオイ兄が買ってきた事にしといてってさ。アオイ兄が夕飯までに帰って来られたら今日の夜はデザート付き、来られないようだったら明日の夜がデザート付きだよ。』
とメールを送り、夕飯の支度に取り掛かる事にした。



 翌朝、レンがいつものようにお隣さんでもあるケイと新聞配達兼早朝ランニングをしていると、ケイからこんな話を聞かされた。

「昨日ユウが夕飯の後に1人だけプリン食べててさ、クラハは自分の分はないのかって残念そうにしてて。けれどそう言われてもユウが珍しく譲らなかったんだよね」
「そうなんですか?ちなみにプリンってどんな…」
「あぁ、駅前のケーキ屋さんで売ってるプリンみたいだったかな。ユーリグが言ってくれれば皆の分まとめて腕を振るったのにって、クラハとは違う意味で残念そうにしてたりもしたよ。……あのさ、もしかしてかな?」
「……うちの次男って、案外マメですよね」

 ケイからもたらされた裏情報にレンは苦笑いで肯定を返す。主目的が僕らだったのかユウだったのかは少し気になりもしたが、そんな事は些末な事。よっぽど兄の事が大事なんだろう、次男への敵愾心を深めていく想い人の姿にレンは複雑な思いをさせられる事になった。

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