「えぇっ、倒れた!?」
『心配かけて済みません。そんな訳なんで、明日の朝の新聞配達にはレン出られないかと』
「そうなんだー。連絡ありがとう、レン君にお大事にって伝えておいてね」
『はい、きっと喜びますよ。それじゃこの辺で、今日は家事できるのが僕一人なもんでこれから仕度しないと』
「あぁ、邪魔しちゃってごめんね、それじゃ」

 携帯の通話終了ボタンを押す。電話の相手はお隣のハズミ君、レン君の弟だ。電話の内容は、レン君が学校から帰宅するなり倒れたというものだった。お昼頃までは元気にしてたそうなんだけど家に着いてどっと疲れが出たんだろう、今は熱を出して寝込んでいるという。
 朝の様子を思い出してみても風邪を患っている様子には見えなかったが……そういえば玄関先でくしゃみはしていたか。後は…あれかな、新聞配達も終わって帰りのランニング途中で公園に寄った時、水飲み場で蛇口を回しすぎて顔に思いっきり水かぶってたとか。ちょっと遠回りしてみようと言って迂回したコースで打ち水をしていたおばさんに水をひっかけられそうになってたとか。

「……あれ、寄り道しようって言ったの僕だから、もしかして僕のせい?」

 レンにとっては公園で水をかぶった時はケイにタオルを貸してもらえたし、コースを迂回したおかげで数分の差でもケイと一緒にいられる時間が増えたとあって、どちらも幸せイベントとして処理されていた。その幸せイベントに併せて朝食のヘルプに入ったことで濡れた服をそのままにしていた結果、レンはじわじわと風邪に蝕まれていったのだが、むしろ自業自得とも言えるのだが、そんな事を知る由もないケイはいたたまれない気持ちになっていた。

「せ、責任、取らなくちゃだよね…」

 そう呟いてケイは迅速に行動を開始した。



 ピンポーン

「あれ、誰か来たよ。ナナト、悪いけど出てくれる?」
「いいよ。はーい、今出…ケイさん?」
「こんばんは、ナナト君。お邪魔しても良いかな」
「それは構わないですけど……どうぞ」
「それじゃ、お邪魔しまーす」

 デュナン家に突然の訪問者があった。ナナトはしきりに背後を気にしているようだったが、訪問者はケイ1人のみ。ユーリグの影を気にして迎え入れて良いものかを数瞬迷ったが、無下に追い返してもそれはそれで怖いと思い、結局は家へと上げることにした。

「え、ケイさん?その、もしかしてわざわざお見舞いに…?」
「それもあるけど、よくよく考えるとレン君に風邪引かせたのって僕が原因かなって思って…電話で家事忙しいって言ってたから手伝いに来たんだ。余計なお世話、だったかなぁ?」

 夕飯の仕度をしていたハズミと簡単な手伝いをしていたナナトは顔を見合わせた。心なしかお互いの頬が赤いのはケイに上目遣いでお願いをされているからだろう。マクドール家兄弟の必殺技とも言えるこの攻撃に総じて弱いのがデュナン家の五つ子であった。

「……ちなみにユーリグさんはこの事は?」
「内緒で来たけど?ランニングに出てくるって言ってきたから、手伝えるくらいの時間はあると思うんだ」
「そうですか……ならこれお粥。レンのとこに持ってってやってくれません?ナナトに持ってって貰おうと思ってたんですけど、ナナトにはこっち手伝って貰うんで」
「僕とレンの部屋は階段上がって突き当たりの部屋です。突き当たって奥はアオイ兄の部屋なんで間違えないでくださいね」
「うん、頼まれました。二人ともありがとう」

 破顔して感謝の言葉を述べるケイに一瞬見とれる。お粥を載せたお盆を持って台所を出て行くケイを見送って、二人はこう呟いた。

「ユーリグさんに内緒ってだけで気が楽になるのは何でだろ、その分バレるととんでもない事になりそうだけど」
「ていうか何でレンばっかり良い目見るんだろうね、治ったら覚えてろ…」



 確かここだと確かめて、ケイは部屋のドアをノックする。すると中にレンが寝ているだけだと思っていた部屋のドアが開いて、意外な人物がケイを迎えた。

「……何だ、ちっこいのか」
「ユイ君!?え、僕部屋間違えてないよね、ここレン君の部屋…?」
「あー、うるせー!当ってるよ、病人寝てんだから静かにしろ。で、何、何か用?」
「ハズミ君に頼まれてお粥、持ってきたんだけど…」
「じゃあ入れよ、俺は出てくから」

 ユイはそう言うとケイと入れ違いに部屋を出て行った。お粥の載ったお盆を枕元に置き、できるだけ音がしないように部屋のドアを閉める。レンは良く眠っているようだった。

「ユイ君看病してたのかな…。ちゃんと濡れタオルも用意してあるし、意外に面倒見良かったり?」
「……んー……あ、ケイさん…?」
「あ、起きた?レン君お邪魔してます」

 レンが目を覚ますと、ケイがすぐ近くで顔を覗きこんでいるのが見えた。目が覚めたと同時に見えた光景に一瞬思考が停止する。

「え、あ、どうして…」
「ん、ハズミ君からレン君が倒れたって聞いてね。お見舞いに。お粥あるけど…食べられる?」
「あ、はい、頂きます」
「じゃあ…はい、あーん」

 蓮華でお粥を一掬い、掬ったものをふうふうと冷まし、ケイはレンの目の前に突き出した。これって…何だこの光景、夢か、夢なのか、それともこれがいわゆる三途の川の向こう側ってヤツなのか!?レンは熱のある頭で朦朧と考え、目の前の光景に更に熱が上がり……。

 結果オーバーヒートした。

「わぁ、レン君がまた倒れた!?しっかり、しっかりしてー!」

 その頃、部屋の様子を覗き見ていた夕飯待機組はというと。

「レンさんもなかなかにヘタレですよね、あんな美味しいシチュエーションに遭遇しておいて」
「僕もユーリグさんがあんな風に看病してくれたら…!」
「看病じゃなくてトドメ刺されるの間違いじゃないですか、リクさんの場合」
「………しくしくしく」



「えっと、手伝いに来ておいて結果迷惑しか掛けてないような気がするんだけど…」

 非常に申し訳なさそうに玄関で小さくなるケイを見送りに出てきたのは、レンを除く五つ子だった。レンの看病は引き続きユイがしているらしい、何でもユイなんかに面倒を見られたくない…という感情が回復を早めるのだそうだ。その扱いに文句を言いながらもしっかり面倒を見てくれるあたりが、ユイが兄弟に対してツンデレである動かぬ証拠だろう。

「そんな事ないです、その気持ちが嬉しかったはずですから」
「あと、くれぐれもここに来た事はユーリグさんに内密にお願いします」
「じゃないとリクさんが吹っ飛ばされますから、ものの見事に」
「何で僕!?」

 五つ子のやり取りにくすくす笑いつつ、楽しそうにケイは一言呟いた。

「またお邪魔しに来ても良いかなぁ、今度はレン君が元気な時に。お見舞いとか関係なく」

 ケイの一言に顔を見合わせる五つ子−1。揃ってケイへと向けられた顔はいずれも笑顔で。

「はい、いつでも遊びに来てください。狭くて煩いかもしれませんけど」
「事前に言っておいて貰えればお茶菓子にお饅頭も用意しときますんで」
「カイルさんも一緒に連れてきてください、カイルさんー!」
「ユーリグさんも一緒でお願いします、ユーリグさんー!」
「ん、考えとく。それじゃあまたね」

 笑って手を振り玄関を後にするケイの姿を、玄関のドアが閉まりきるまで4人並んで手を振り返して見送った。

「…はっ!今のケイさんの顔を写メっておけばレンさんに羨ましいだろうと自慢できたのに!」
「今追いかけるときっと漏れなくユーリグさんが出てくるよ、包丁っていうオプション付きで」



**********



 翌々日。1日おいて回復したレンはまたいつものようにケイと二人で新聞配達兼ランニングをして朝の時間を過ごしていた。

「ケイさん、一昨日はお見舞いありがとうございました。昨日一日寝てたおかげで無事に全快しましたんで」
「どういたしましてだよ、治ったんなら何より」

 ケイの笑顔に自然とレンの頬も緩んでくる。そういえばと休んでいた間の出来事を思い出して話題に出した。

「ハズミから聞いたと思うんですけど、昨日僕バイトをお休みしまして。一昨日連絡した時はおじさん困ってる様子だったのに、今日聞いてみたら昨日はどうにかなったらしいんですね。一日だけっていう臨時のバイトの人が見つかったらしくって」
「そうなんだー」
「新聞配達を一日だけって、僕も3桁担当戸数持ってるんでかなり大変だったと思うんですけど、一体どんな人だったんでしょうね」

 不思議そうに見知らぬアルバイターの事を口にするレンを見て、ケイは満足そうに相槌を返した。

「本当に、どんな人だったんだろうねぇ」

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