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「…っくしゅっ!うー…」 「大丈夫、風邪?」 「や、大丈夫です。何でもないですよ」 「なら良いんだけどさ…それじゃあまたね、レン君」 「はい!ケイさん、また〜」 くしゃみ1回は良い噂、だっけ?早朝の新聞配達兼ランニングから戻り、心配してくれたケイさんに大丈夫と告げて玄関先で別れた。ぶんぶんと手を振ると微笑んでちょっと左手を振り返してくれ、ケイさんの姿は隣家へと消えていった。朝の幸せな時間は終わり、気力も十分。さあ、今日も1日の始まりだ。 「ただいまー」 「あ、レンおかえり。帰ってきた早々悪いけどちょっと手伝ってくれない?その間にアオイちゃん起こしてくるからさ。カナタとリクもそろそろ起きてるだろうしついでに今日の準備もしときたいから」 「今日の準備って、そういえば宿題はちゃんとやった?」 「えぇっ……宿題って、何かあったっけ…」 「いや、ないけど…そこで自信なさそうに聞き返さないでよ、冗談なんだから」 「シャレにならない冗談言うなよー、出されてても分かる自信はないけどね!」 「開き直られても…。いいよ、残りはお弁当を詰めるのと盛り付けと人数分卵焼くだけ?」 「うん、そんだけ。頼んだよ、レンレンー」 我が家の朝は帰宅してからが戦場だ。僕が早朝のバイトに出ているため、朝食と昼のお弁当の用意は必然的にハズミがメインの担当になる。昼に関しては主に夕飯の残り物で構成されている上、今日はいらないと申し出る兄弟もいるのでさして手間はかからないが、それでも育ち盛り食べ盛りの男7人とくれば何品か新しく用意する必要がある。更に家事担当の僕とハズミは勿論のこと、部活で朝練があるだろうリクとナナトは比較的早起きだが、長男次男コンビが結構ギリギリまで寝ていてなかなか片付かなかったりと曲者だったりする。 兄弟を起こしに行ったハズミを見送り、7人分のお弁当の詰め込みをする。朝食の卵焼きを焼き、これまた7人分ご飯と味噌汁をよそったところで次男のユイを除いた5人が降りてきた。 「ご飯ですよ、朝御飯ー!僕としてはカイルさんの愛情いっぱいな手作りが食べたかったですが、ハズミさんとレンさんの手作りで我慢しておきます!」 「ざけんなバカナター嫌なら食うなー」 「僕はいつだって真剣ですよ、そしていただきです!」 「あ、僕の卵焼きー!」 「………(そっ)」 「アオイ兄いいって。カナタがリクから取ったんだからカナタから取り返せば良いんだし」 「わー!ナナトさん、端っこは止めてくださいー!」 「何か卵焼きの端っこって大事だよねぇ」 騒々しく始まった第二の戦場で、僕は自分のおかずを死守しつつさっと朝食を掻き込んだ。朝食の場についている5人は既に制服に着替えてきているが、僕は帰ってきてすぐ朝食のヘルプに入ったので新聞配達に出た時の格好のままだったからだ。朝食の片付けはハズミがやってくれるだろうから、急いで着替えてこなくてはいけない。 「ご馳走様っ、ハズミ後よろしく!」 「あいよ、ついでにユイも起こしてきてくれると助かるー」 「もう、何で一緒に降りてこないかなぁ、次男ってば」 「あと5分と言っていたから起こさなかったのだが」 「そう言って起きてきた事ありませんよねー、ユイさんって。…卵焼きを奪うチャンスですか!」 「止めときなよ、そうやって後でかかと落とし食らうのカナタなんだから」 色々な意味で賑やかな食卓を後にして、僕は二階へと上がった。自分の部屋へと戻る前にアオイ兄とユイの部屋を覗いてみると、珍しくユイが起き出していて着替えている最中だった。 「あれ、ユイ起きてたんだ?てっきりまだ寝てるかと」 「レン…お前な、人の部屋に顔出すならノックくらいしろといつも」 「いいじゃない、着替え覗かれて困るキャラでもないんだし。それより起きたんだったら早く朝御飯食べちゃってよ、片付かないからさ」 「………おい、レン。ちょっと待て」 少し憮然とした顔のユイに呼び止められて振り向くと、ふいにじーっと顔を見つめられた。何だろう、ご飯粒でも顔についていたのだろうかと口周りを拭ってみるも、特に何かついている訳ではなさそうで。一体何なのかと訊ねようとしたところ、おもむろにでこピンを食らわされた。理不尽だ、非常に理不尽だ。 「痛っ!ちょっ、何、何か用?僕急ぐんだけど…」 「ったく、顔赤いっての。その情けない顔どうにかしとけ」 そう言い捨ててユイは階下へと降りていった。赤い顔って…まあさっきまでケイさんとの二人きりの時間を堪能していたんだし、そりゃあ気分も高揚してたりするだろう。そういえばさっきは大丈夫かって顔を寄せられてドキドキしたりもしたっけ、ユイにじーっと見られるのとは気分も当然大違いだった。その名残をユイに見抜かれたって事なんだろうか、だからって情けない顔っていうのはないよなぁ。 「…あ、いけない、のんびりしてたら遅れる!」 我に返って部屋へと戻り、時計の時刻を確認して、僕は大慌てで着替えを済ませた。 朝はいつも慌しいが、それでも毎日遅刻せずに済んでいるのは僥倖だろう。同じ時間に家を出たはずなのに、時々カナタが遅刻しているのは気にしないでおく事にする。今日は特にそういう事もなく五つ子は揃って授業を受けている。…5人全員同じクラスって一体どれだけの確率でと思わない事もない。もしかしたらバラすとややこしいからまとめておけという学校側の意図があったのかもしれないが、そんなところまではさすがに範疇外だ。 お昼まであと1限を残すばかりとなり、その授業は体育。これは毎週思う事だが、体育の時間自体は楽しいのだが、何もお昼前の一番空腹な時間を見計らってやってこなくても良いだろう?体育の授業を終え着替えてから購買へと向かうお昼購買組にとってはスタートダッシュに遅れる事は必然であり、避けようのない事実となるというのもある。僕らお弁当組には関係のない事だと思われるかもしれないが、早目に食べ終わらないと敗戦を強いられた購買組がたかりに来るのが時間の問題という、どちらにとってもあまり嬉しくない時間割だったりする。うちの学校には学食もあるが、週1で限定パンが入荷したり、中庭など好きな場所で食べられるいう点で購買を選んでいる学生も少なくない。好きな場所で食べられる時の利点が他人のお弁当のおかずを漁れるところにあると公言する連中については間違っている気もするが。 そういう経験を何度も味わってくると、時間が経てば当然変り種も出てくる訳で。 「お前ら兄弟に勝負を挑ませてもらう。勝った方は負かした相手からおかず1品強制徴収でどうだ!」 「いや、購買組にそんな勝負挑まれても、こっち受けて立つには旨みがないよね」 「細かい事は気にするな」 「というかむしろ単にハズミとレンの作ったおかずにありつきたいだけじゃ…」 「だって美味いじゃんー!同い年の男としてどうかと思うが、料理の腕だけならいつ俺のところに嫁に来てくれても構わないぞ。むしろ俺の分も作ってください!」 「開き直ってまさかのプロポーズ!?」 「割増料金で注文なら承るよー嫁には死んでも行かないケドvv」 「そうですよ、ハズミさんには小さくて可愛い心に決めたお相手がいらっしゃるんですから…!ちなみに名前はですね」 「ちちち違うッ!!あれはそーゆーんじゃない、そーゆーんじゃっ!!」 「(動揺してるなぁ)」 なんだかんだでノリの良い兄弟、かつクラスメイト達によって、体育の時間は一気に勝負の様相を見せてきた。前哨戦として何故かハズミとカナタのど突き合いが繰り広げられたりもしたが、勝負の種目は…って何ですきっ腹に校庭をランニング10周とかハードなのかと更に嘆かずにはいられない。競技は五つ子VS購買組選抜メンバー(陸上部を除く)5人のタイム合計が短い方が勝ちというルールで行われる事になった。まあうちの兄弟にとっては元陸上部のハズミ、現役バスケ部のリクに現役野球部のナナトと揃っている上、僕もカナタも運動は得意な方なので負ける気はしないけど。 「あ、ジョウイも購買組でしたっけ。こちらが負けたらジョウイにはニンジンを進呈しますね〜」 「ひぃっ!!」 結果はというと、購買組はジョウイを始め現役運動部の足の速い面子を揃えてきてはいたが、カナタの裏工作があったからかなかったからか、ジョウイがスタートで出遅れて五つ子チームの勝利に終わった。その様はクラスに末代まで伝わる名勝負になったとかならないとか、ここら辺の適当さが我がクラスらしくもある。授業終了のチャイムが鳴り体操着から制服へと着替え、自分の昼食の他に1品捧げ物まで確保してこなくてはならなくなったクラスメイトは「覚えてろー!」と捨て台詞を残して足早に購買へと姿を消していった。その姿を見送り今のうちにとお弁当をご開帳、おかずを一つ口の中に放り込む。 「………味がしない」 「え、そんなはずないっしょ。ケチるところはケチるけど料理に手は抜かないよ?」 「うん、それは分かってるんだけど……あれ?」 「僕のはちゃんと美味しいけど?」 「何ですか、どうしたんですか、残すなら僕がもらいますよ、購買組が戻って来る前にー」 箸を伸ばそうとしていたカナタからお弁当を守りつつ、他のおかずに手を出してみても結果は変わらなかった。今朝作った分が万が一失敗していたとしても、残り物でも味がしないなんて事はありえないんだけど…。 「そういえばさ、レンって今日顔赤くない?」 気になってたんだけどと前置きをして呟いたリクの一言に、すぐ前にいたハズミの手がぺちっと僕の額に当てられる。 「ちょっ、レン熱あるじゃん!味しないのってそのせいだよ、きっと…」 「えぇっ、大変、保健室に行った方が良いよ?」 慌てるナナトに酷くなったらちゃんと行くからと言って、僕は味のしないお弁当を平らげた。思えばこの時点で選択肢を誤っていたんだろう、朝のユイの指摘がこの事を指していたとは僕はまだ気付いていなかった。 |