「……ねぇ、ハズミ」
「……何も言わないでよレン」

 レンとハズミは2人揃って盛大にため息をついた。両者の手にはそれぞれ携帯電話が握られており、いずれも同じ内容のメールの着信を表示していた。

『レン君&ハズミ君へ
美味しい和菓子屋さんを見つけたので、日曜のお昼過ぎにルレン兄さんとケイさんと一緒に行きませんか?丁度2人には僕から話もあるしね。都合が悪ければ断ってくれても全然(←ここ強調)構わないから。 ユーリグ』

「文面からとてつもないプレッシャーが…ハズミ、ユーリグさんに何かした!?」
「するわきゃないでしょう!?するとしたらリクかカナタだっての…」
「でもハズミ、歓迎会の時にユーリグさんから呼び出し前科があるし…」
「それは濡れ衣だってレンも知ってるっしょ!?」

 2人揃って泣きそうな顔をしながらああでもないこうでもないと責任のなすりあいをしている。理由が分かるのならまだいい、だが今回に関しては何も思い当たらないのだ。まさかマクドール家でルレンとケイの2人が、いつもお世話になっているお礼がしたいと言い出したのが発端だとは思いも寄らない2人であった。

「じゃあ他に理由が………ハズミ、1つ提案があるんだけど」
「あー、僕もある。多分同じ事だと思う…」

 必死に考えた結果辿り着いた結論。それは………。



「え、ユーリグさんと!?」

 レンとハズミに声を掛けられ、嬉しそうな声を返しているのは5男のリク。2人が出した結論は、『ユーリグさんに心証の悪いリクも一緒に連れて行けば、こっちへの被害は軽減できるんじゃなかろうか』という実も蓋もないものであった。幸いリクは隣家のユーリグの事を想っており、裏にどんな事情があるにせよ黙って一緒に出掛けたと知られれば非常に面倒くさい事になりそうなのもあっての意見の一致であった。

「そう。日曜のお昼過ぎにユーリグさんとルレンさんとケイさん3人からのお誘い」
「ちょうど人数的に3対3だしねー。まあ都合が悪いんなら良いんだけど」
「そんな事言ってないよ、僕がユーリグさんのお誘いを断るとでも!?」
「良かった、じゃあ行きますって返信しときますね。喜ぶだろうなぁ」
「(メールには5人でとは書いてなかったから)良かったねー、リク」

 1人盆と正月が一緒にやってきたかのように浮かれ放題の5男を背に、レンとハズミの2人はこっそりと親指を立てるのであった。



「リクの馬鹿ー、何で準備にそんなに時間かかるんだよっ」
「何言ってるの、ユーリグさんと初めて一緒にお出かけするっていうのに手を抜ける訳ないでしょー!」
「それより待たせる方が悪いよ!あぁ、もう待ってるみたいだから早くー!」

 そして迎えた日曜日。バタバタと騒がしく家を出る3人だったが、外に出た瞬間揃って固まった。

「あ、来たよ。レン君、ハズミ君、こんにちは」
「…そ、その…こんにちは……!」

 はたして、隣の家の前では笑顔で出迎えるケイと、その後ろに隠れて上目遣いで懸命に挨拶をするルレンが待っていた。

「ケイさん、ルレンさん、こんにちは。……朝はいつもジャージだから普段着久しぶりに見たかもだ」
「こ、こんにちは…!本日はお日柄も良く…!」

 にっこりと挨拶をしながらも頬の赤みを消せずにいるレンと、急に目にした想い人を前に緊張して妙な事を口走ってしまうハズミ。そんな2人を尻目にリクは辺りを見回して疑問の声を上げた。

「あれ、ユーリグさんは?」

 その言葉に2人は一瞬にして我に返った。こんなデレデレしている姿を見られるだけで何を言われるか…!

「え、リク君?こんにちは。僕ら楽しみで先に外に出ちゃっただけだから、ユーリグならすぐ来るよ」
「ルレン兄さん、ケイさん、遅くなって済みません〜。レン君とハズミ君ももう来てる?」
「ほら、言った通り」

 3人の疑問に答えてケイが微笑む。ユーリグは外に出てくるや否や、ルレンとケイの腕を組みそれはそれは綺麗な笑顔を見せてきた。

「レン君、ハズミ君、こんにちは」
『こ、こんにちは…』

 ルレン、ケイの2人に対するものと同じ意味でも別の意味でも緊張を強いられる。2人の腕をしっかりと組んで挨拶する姿は威嚇以外の何物でもなく、レンとハズミの背中を冷たいものが流れていった。その時、威嚇されている2人の前にすっと1人の影が立った。

「ユーリグさん、こんにちは」

 この時ほどリクに声掛けといて良かった、本当に良かったと思う日はなかったと切に思うレンとハズミであった。心なしかその背中は眩しく輝いて見える。

「……何でいるの?」
「ユ、ユーリグさぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんっ!?」

 瞬時に沈む防波堤。颯爽と前に立ってから絶叫が漏れるまでのその間、実に数秒もかからない見事な秒殺であった。

「あー、その、ですね。……ケイさん、人数多い方が楽しいですよね?リクも一緒に行っても良いですか?」
「僕は良いけど、皆で食べる方がお饅頭も美味しいし」
「ルレンさん、リクも一緒に行きたいって。邪魔じゃないですよね?」
「え?あ……じ、邪魔なんて…そんな事……!」
『という訳でリクも末席で良いんで同席させてやってください、お願いします…!』
「……まあ、ルレン兄さんとケイさんが良いのなら」

 ルレンとケイの寛大な許可と、憐れに思ったレンとハズミの必死のお願いに不承不承ながらも頷くユーリグであった。



 そうしてユーリグお薦めの和菓子屋へと移動を始めた6人。先頭を行くのはわいわいと楽しそうに歩くマクドール家の3人で、レンとハズミとリクはその後ろにとぼとぼと続いていた。流石にここまで来たら事情を知らなかったリクにもおおよその流れは見てとれた。

「つまり2人はユーリグさんに呼び出し食らったって事?酷いよ、僕まで巻き込んで」
「そうは言うけどユーリグさんと一緒に出掛ける事にゃ変わりないっしょ。後から知って僕らに文句言うのもリクでしょうが」
「そうそう。それに目的地は和菓子屋だから、家にいるよりは胃袋的に幸せだって」
「まあユーリグさんとお店で同席できるだけでも僕にとっては大収穫なんだけど」
「リク、隣じゃなくても良いんだ……あれ、何だか涙が…」
「同席だけって………生きろ、リク」
「何でいきなり慰められてるの、僕!?」

 道中そんな悲喜こもごもの様相を見せながら、一向は目的地である和菓子屋へ辿り着いた。

「ここですよ、特にお饅頭が絶品なんです」
「わ、沢山あって迷うねぇ」
「あ、これ可愛い……食べるの勿体無いかも…」

 三者三様にショーケースを覗き込む姿はそれぞれに可愛らしく、威嚇された事も忘れて和んでしまう。

「レン君、ここがユーリグお薦めの店なんだって。僕も知らないところだったからこれはレン君にも教えないとって思って」

 ケイが振り返ってレンを手招きする。レンは行っていいものか悩んだが、ユーリグの方を伺うとしぶしぶながら頷いている。目の届く範囲だし、待たせてケイの機嫌を損ねるよりはと思ったようだ。レンは安堵してケイの許へと駆け寄り、2人でお饅頭談義に花を咲かせ始めた。

「あ、あの…ハズミ、は…どんなお菓子が好き…?」

 今度はルレンがハズミの様子を伺っている。ハズミもレンに習ってユーリグの様子を伺い、許可をもぎ取ったようだ。間もなく、ハズミとルレンは綺麗な練り切り菓子を前に談笑し始めた。

 1抜け、2抜けとなり、リク1人が残ったが、肝心のユーリグは2人の兄弟の方が心配なようで一向に声の掛かる気配はなかった。

「………え、これ何の罰ゲーム?」



 お菓子を選び終わり、6人は和菓子屋内に敷設するボックス席にてお茶をする事にした。奥からルレン、ユーリグ、ケイ、テーブルを挟んで向かい側奥からハズミ、リク、レンの順で座っている。デュナン家3人は真ん中に陣取っているユーリグのプレッシャーを直に浴びせられる事になっていた。

「…あ、ごめん。ちょっと…席外しても、良いかなぁ?」
「あ、じゃ僕も。ごめんね?」
「はい、急がないで良いですからね?」

 ルレンとケイの2人が一旦席を外した途端、プレッシャーが強くなる。レンとハズミは時が来たか…と心に十字を描き、リクはそれでもユーリグの正面の席である事に喜んでいた。この少年、実にけなげである。

「レン君、ハズミ君、ちょっと話があるんだけどね?」
『は、はいっ…!』
「ルレン兄さんもケイさんも、今日はいつもお世話になってる2人にお礼が言いたいって。だからこの場を設けたの。これからも仲良くしてあげてね?」

 身構えて聞いた内容にしてはひどくあっさりとした、だけれどもユーリグの兄弟愛に溢れる優しい言葉に3人は吃驚した。てっきり怒られるもの前提としていただけに予想外だったのだ。照れくさそうに笑うユーリグに頬が緩み、笑って返事をしようとした。

「でも良くお饅頭やお菓子を差し入れしているって僕は初耳だったんだけど、どういう事かな?」

 暖かい笑みが瞬時に氷の微笑へと変わる、その温度差に凍りつかずにはいられなかった。

「その、喜んでくれるのが嬉しくて…ですね?」
「チェックしたり作って持って行ってました…」
「そういう作り手側の気持ちは僕にも分かるけど、本当に他意はない?」
『……あ、ありません』
「……まあ今日のところは不問にするけど、2人に何かあったらその時は覚悟しておいてね…?」
『はい………』

 結局予想通りにレンとハズミと、何もしていないにも関わらずリクまで、きっちりしぼられ打ちひしがれているところに2人が戻ってきた。それぞれの手には小さな包み紙が握られていて。

「レン君、これプレゼント。いつもお世話になってるお饅頭好き仲間にお礼に」
「ハ、ハズミ、これ…。いつもお菓子、ありがとう…」

「あ、ありがとうございます…!」
「も、貰っちゃっていいんですか…?」

 少し下心が混じっていたとは否定できない差し入れに対し、真っすぐに本当にお礼だけを言いたいがためのプレゼントを用意してくれた2人には感謝してもしきれない。ユーリグが釘を刺した理由も分かる気がする。これからは純粋にこんな笑顔のために贈ろうと、プレゼントを受け取りレンとハズミは揃ってそう思った。



「あの、ユーリグさん。僕の分は…?」
「ある訳ないでしょう」
「ですよね……」

 帰宅後、結局最初から最後まで報われる事のなかった五男が、他の兄弟にずるいと涙ながらに訴えたのは言うまでもない事だろう。

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