ハズミが自室から階下に降りてくると、居間で誰かがパソコンを触っているようだった。普段その定位置にいるのはカナタである。部屋にはいなかったし、またカナタが何か色々やっているのだろう。ちょっと外出してくるというレンへの言伝を頼むのに丁度良いと考えて居間へ足を踏み入れると、カナタではなく、言伝を聞いてもらいたい相手であるレン本人がパソコンを触っていた。
 カナタの定位置に他兄弟がいる物珍しさから、どんな事をしているんだろうかと横から画面を覗き込んでみる。

「1月25日、中華まんの日?」
「あ、ハズミ。らしいですよ、ここ色んな記念日が載ってるサイトで、面白かったんで見てたんです。ちなみに僕らの誕生日は女子大生の日、だそうですよ」
「へー。って言われても全くピンと来ないんだけど」

 表示されている内容を何となく読み上げてみると、レンはそこで始めてハズミに気付いたようだった。レンが見ていたのは366日それぞれにメジャーな記念日からマイナーな記念日まで色々なものが掲載されているサイトで、レンはハズミに今日の日付のページをスクロールして見せた。声を掛けるまでこちらに気付かないほど真剣に見るようなページなのだろうか、説明をされてもとてもそうは思えない内容にハズミは首を傾げた。

「それよりれんれん、僕チョコレート系のレシピ見たいー、ほら今時期だから多そうじゃん?」
「見たいって…僕の用事は済みましたから、どうぞ?」

 パソコンの前の席を譲ろうとするレンに対して、ハズミは首を横に振った。

「レン出してくんない?」
「……出すも何も、検索サイトでキーワード入れるだけじゃないですか」
「ケータイならそれで良いんだけどさ。画像も多い方が良いし、下の方順番に見てかないといけないケータイより、バーンって一度に出るパソコンで見てみたくてさ。それカナタのパソコンでしょ、何か出てきそうで怖いから僕触りたくないもん」
「ただネット繋ぐだけなら何も出てきやしませんって。まあいいですけどね………っと、このサイトでどうです?手順も詳しく載ってるみたいですし」
「あ、本当だ。さすがれんれん、仕事が速い」
「それはどうも。褒めても何も出ませんよ」

 表示してもらったサイトを、マウスにさえ頑なに触ろうとせず、ページのスクロールも人任せにして見ているハズミに、レンは少し溜息をついた。

「ハズミ、もう少し料理のジャンルを絞ってくれませんか。そしたら良さそうなページを幾つかプリントアウトしておきますから。その格好、何処かに出かけるところだったんじゃないんです?」
「あぁ、そうだった!ちょっと出かけてくるって言おうと思ってたんだった、じゃあ頼んでいい?」
「はい、頼まれました。…あ、外出ついでにこちらもちょっと買い物頼んでも良いです?」
「うん、了解ー」

 レンの交換条件に応と頷き、ハズミはレンからおつかいメモを受け取った。



「たまごに牛乳にゆであずき…たまごと牛乳は切れてたついでだろうけど、何作るつもりかな。あずきってチョイスがあからさまにケイさん狙いっぽいんだけど」

 自分の用事を終えたハズミは、レンからのおつかいを遂行するべくスーパーで買い物カゴを片手におつかいメモとにらめっこしていた。結果、深くは考えないでおこうという結論を出し、ハズミはあずきの缶詰を手に取った。

「あれ、ハズミ君だ。こんにちはー」
「あ、ケイさん。こんにちは、お1人ですか?」
「うん、今日は1人。お菓子コーナー狙いだけどね。そういうハズミ君も1人?」
「はい、今日はレンにおつかい頼まれたんですよ」
「それでゆであずきなんだ。ハズミ君、チョコレートってイメージがあったからさ」

 そう言ってケイは納得がいったと頷いている。ハズミは何故そう思われてるんだろうと首を傾げた。レンのおつかいだと言って納得されたという事は、ケイの中ではレンはあずきというイメージなんだろうかと考えてみたが、あずきで思い浮かぶのはレンというよりも、目の前のお饅頭大好きなお隣さんな訳で。

「そういや今日、1月25日って中華まんの日だそうですね」
「え、そうなの?」
「えっと…何でも最低気温が観測された日らしくって、中華まんでも食べて温まろうって事から記念日になったらしいですよ。同じ理由でホットケーキの日でもあるとか」

 ハズミは先ほどレンに見せてもらった記念日のページの内容を思い出して、ケイに話してみた。お饅頭と中華まんがイコールになるのかは分からないが、お饅頭関連の事は包み隠さず情報提供という饅頭独占禁止法が2人の間には制定されていたので、話題として上げてみたのだった。

「わ、わ、そうなんだ。残念ながらお饅頭の日っていうのが存在しないのは知ってたんだけど、そっち方面では調べてみた事なかったな。ありがとう、ハズミ君」
「どういたしまして…ケイさん、知らなかったんですね」

 話を聞いて予想外に目を輝かせるケイを見て、ハズミの心中は穏やかではなかった。

(ケイさんの事だからお饅頭に関する事は何でも網羅してると思ってたのに。こうなってくるとまずい。非常にまずい。ひょっとしなくてもおつかいのあずきって今日の記念日狙いだよな、絶対にそうだよ。レン意外にそのまんま…じゃなくって、サプライズを狙ってたっぽいレンの邪魔をしてしまった形になってるって事がまずい)

「それ聞くと途端に食べたくなってくるよね〜」
「ケイさんチョイスだと、中華まんの中でもあんまんですか?」
「勿論だよ!コンビニによってつぶあんだったりごまあんだったり色々あるよね〜」
「僕は中華まんだと肉まんなイメージかなぁ」
「そっちも定番だよねぇ。レン君にも教えてあげないと」
「え、あ、いや…!」
「どしたの、ハズミ君。急に変な声出して」
「いやぁ、その……何でもないです」
「???」

 結局それ以上は中華まんの日については話題に触れずに、ハズミはケイと連れ立って帰宅した。その間ハズミはレンに事がバレたら、『ケイさんとの約束だったから仕方ないって事にしよう!』と自身に必死に言い聞かせていた。

「ハズミ、おかえり」
「うん、ただいま。レン、これ」
「うん、確かに。助かりました。頼まれていたレシピはそこにまとめてありますから」

 おつかいの品を受け取って、笑顔でハズミをねぎらうレン。ハズミがレシピを受け取って台所へと目を向けると、そこには予想通り中華まんに使うであろう生地を練った痕跡が見えた。あれから時間が経っているのにこたつに誰も入っていないところを見ると、レンが占領して生地をその中で暖めているのだろうと想像がついた。

「……ごめん、今日の夕飯当番代わるから!」
「え、急に何ですか。何かあったんです?」

 いたたまれなくなって謝罪の言葉を言い捨て、ハズミはレシピの紙束を手に階段を駆け上がって行った。その姿をあっけに取られながら見送ったレンは、まあいいかと割とあっさりと切り替えて台所に戻るのであった。
 あずきを生地に包んで蒸かし、できあがったあんまんを紙袋に入れて準備完了。二階を見上げて留守じゃないからいいよなと、レンは上着を羽織ってそっと家を抜け出た。ケイ宛に今から出てこられないかとメールを送り、返信を貰って隣の玄関のドアが開くのを待つ。手に持っている紙袋の温かさと、何よりケイに会えるという嬉しさで、冷たい風の中で待っている時間も苦にはならない。しばらくして開かれたドアからケイの姿が覗いた。

「レン君、何か用?」
「済みません、ご足労かけて。どうしてもケイさんにご賞味いただきたくて」
「もしかしてお饅頭?それなら大歓迎だよ〜」

 ご賞味という言葉に条件反射並みの速度で反応し目を輝かせるケイに、レンは笑いながら残念ながらとお手製のあんまんが入った紙袋を渡した。ケイは紙袋を開いて中のものを取り出し、大切そうに両の掌の上に頂いた。

「今日はお饅頭ではなくてあんまんなんです。ケイさんにできたてほやほや蒸かしたてを食べてもらいたくて呼び出してしまいました」
「あったかい…ありがとう、レン君」
「どういたしまして。喜んで頂けたようで良かったです」

 あんまんを手に微笑むケイ。それを見ているレンの頬は、外の冷たい風にさらされているのに熱を帯びて赤くなっていた。

「もしかして今日が中華まんの日だから?」
「え、ケイさんご存知だったんですか?朝は話題に上がらなかったと思うんですけど」
「うん、さっきスーパーでハズミ君に会ってさ。その時に教えてもらったんだ。レン君にも教えなきゃーって思ってたんだけど、そうだよね。ハズミ君が知ってるならレン君も知ってるよねぇ」
「そう、ですか…」

 ケイの言葉を聞いた途端、レンの頬から熱が引いていった。笑顔でまた明日と手を振るケイが家の中へと戻るのを見送ってから、レンも家へと戻った。玄関で靴を脱いでレンが顔を上げると、気まずそうにこちらの様子を窺っているハズミの姿が目に入った。ハズミがおそるおそるといった様子で声を掛けようか悩んでいると、ずんずんとレンが近付いてきて、そして――



「ほんっとごめん、反省してる。……だからそろそろ機嫌直してよ〜」

 てっきり怒られてこき使われるかと思っていたのに、あろうことかレンに泣かれてしまったハズミは、予想外過ぎておろおろとするばかりであった。レンの機嫌が上向くまでなだめ続ける事になったハズミは、十数年一緒にいても分からない事はあるものだと妙に実感したのだった。

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