「見えないもんっ、ユーちゃんのウソツキ!」
「ウソなんてついてないもん、カイちゃんも見えてるんだから見えないって言ってるケイちゃんの方がウソツキー」
「ウソじゃないもん…何もいないもん!ユーちゃんなんてキライー!」

 ケイはそう叫んで家を飛び出した。これはまだほんの小さい頃のお話。
 きっと兄弟でこんなに大喧嘩したのはこれっきりだったろうと思う。



 事の起こりは夕方のTV番組を三つ子で見ていた時に遡る。この時母親の身体の具合が芳しくなく両親は病院へ、家政夫は夕飯の買い物に出掛け、長男と次男、三男の双子は従兄弟宅へ遊びに行っており、三つ子と末っ子の4人で留守番をしていた。末っ子のヒロはタオルケットを被って横ですやすやと昼寝をしている。
 三つ子が見ていたのは夕方の子供向け番組、夏休みという事もあってちょうど本日は肝試し企画が行われていた。それは子供達が2人ペアになって順に廃校を探検するというもので、おばけの扮装をしておどかしてくる大人達やあちこちに設置された仕掛けの中、3つあるチェックポイントでそれぞれお札を探してゴールを目指すというものだった。
 3人はハラハラしながらTV番組にかじりついていた。子供の後ろを白装束を身にまとった女の人のおばけが追いかけてきている時なんかは、TVに向かって「逃げてー!」と必死に喚声を送ったりもした。最後のペアも無事にゴールし、お姉さんが子供達に頑張ったねと言って撫でながら皆に集合の声を掛けたその時だった。

 ふとユーリグが誰も映っていない画面の隅を指差して一言呟いた。

「何であの子1人でいるのかな。お姉さん呼んでるのに」

 カイルもユーリグの言葉に同じく頷いているが、ケイにとっては2人が何を言っているのかが全く分からなかった。何を言ってるんだろう、皆ちゃんとお姉さんのところに集まったじゃないか。目をこすってユーリグが指している部分を凝視してみても、そこに映っているのはただの壁で子供の姿など映っていなかったからだ。

 2人には見えていて、僕だけが見えていない。

 子供心にその事実はケイを不安にさせた。ましてや今まで散々TVの中の子供達は怖いおばけに追い掛け回されていたじゃないか。あの子達はお札を3枚手に入れておばけを追っ払う事ができたが、今ここにそんなものはないのだ。たとえ3枚あったとしても、今ここにいるのは4人。誰かがお札の加護にあやかれず、おばけに攫われてしまうかもしれない。

「ねぇ、ケイちゃんも見えるでしょ?」

 1人だけ何も言ってくれない弟に痺れを切らしたユーリグが不安そうにケイの腕を引っ張ると、ケイはその腕を振り払って立ち上がり呟いた。

「……ウソツキ」
「え、何?何て言ったの?」
「見えないもんっ!誰もいないもん、ユーちゃんのウソツキ!」


***********


 子供が1人で外に出て行ったとしても、その行動範囲はたかが知れている。だからケイも家を飛び出しはしたが、向かった先は近所の児童公園だった。ケイはタコの形をした遊具の中に潜り込み1人膝を抱えていた。

「ユーちゃんとカイちゃんのウソツキ、ぜったい僕をおどかそうとしてるんだ」

 良く良く考えてみれば、1人だけ見えなかったケイも気味が悪ければ、1人だけ見えていないと知ったユーリグとカイルにとっても気味が悪い出来事だったろうに、3人の内1人だけという疎外感もあってケイは頑なに2人を否定し続けた。そうでもしていなければ今にもおばけがやってきてしまう気がして不安で押しつぶされそうだったのだ。

 帰りに従兄弟宅に寄り長男、双子を迎えに行って一緒に帰宅した両親、夕飯の買い物を終えて家に着いたグレミオは表でちょうど一緒になった。今頃皆の帰りを待ちくたびれているであろう4人の可愛い子供達の顔を見ようと中に入ったところ、留守番を頼んでいたはずの4人のうち1人の姿が見つからない。両親が子供を心配するよりも何よりも、まずグレミオが慌てふためいて真っ青になってしまい、両親は却って冷静になる事ができた。母親は残る3人から事情を聞き、ケイがおばけに食べられてしまったんだと泣いているユーリグの頭を撫で、涙をこらえているカイルを抱きしめて、不安にさせないようにと微笑んでみせた。

「大丈夫、ケイは強い子だからちゃんと帰ってくるわ。ユウ、グレミオと一緒にケイを探してきてくれない?多分出て行ってそんなに時間が経っていないのなら公園にいると思うから」
「分かったよ、母さん。行こう、グレミオ」
「あぁ、ケイ坊っちゃん、無事でいてくださいー…」
「滅多な事言わない、置いてくよ?」
「ま、待ってください、ユウ坊っちゃん!」

 保護者よりもよっぽど落ち着いている長男を頼もしく思いながら、次に帰ってきたばかりで状況をつかめず、かつ大人達の緊迫した様子に不安そうに顔を見合わせている双子へと目を向ける。

「ルレンとクラハはヒロを見ててあげてくれる?」
『うん』

 役割を与えられ、ヒロを連れて子供部屋に向かう2人を見守り、最後に残った中で一番落ち着きのない大人に目を向ける。

「あなた。あなたまで不安そうにしてたら皆がもっと不安になるでしょう、落ち着いて」
「そうは言ってもだな」
「大丈夫、何も心配する事はないわ。ユウがちゃんとケイを連れて帰ってきてくれるから」
「何を根拠にお前はそんな事を」
「あら。だってユウもケイも、ユーリグもカイルも、ルレンにクラハにヒロに、皆私達の子でしょう?」
「……全く。お前には敵わないな」

 抱きしめていたユーリグとカイルの顔を見つめ、優しく微笑んでいる母親の姿に、テオは首肯してようやく腰を落ち着けた。



 ケイが家を飛び出してからしばらくが経ち、いくら夏とはいえ段々と周囲も薄暗くなってきていた頃。ケイは遊具の中でいつやってくるか知れないおばけの影に怯えながら、それでも意地でもその場を動こうとしなかった。暗い遊具の中で身を潜ませていると、外で誰かがケイの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。その声はすすり泣くようなか細い声で、まさしくTVで見たあの白装束のおばけのようだった。

「ついにおばけが来たんだ…。でも今おばけに捕まったら、僕が食べられるだけでユーちゃんもカイちゃんもヒロも助かるよね…」

 小さい身体を必死に抱きしめ震えそうになるのを堪えていると、ふと自分の身体が光に照らされているのに気付いた。その眩しさに不安そうに顔を上げると、

「良かった、ケイここにいたんだな」

 懐中電灯を手に、ホッとして柔らかく微笑む兄の姿が見えた。ケイが吃驚して呆然としていると、ユウは遊具の中に入ってきてケイの頭を撫でた。

「大丈夫?怖かった?」
「……おばけは?もういない?さっきまで僕の名前呼んでたんだよ?」
「(多分グレミオの声かな、泣きながらケイを探していたし)大丈夫、お兄ちゃんが追っ払ったから」
「ホントに?…ユーちゃんもカイちゃんもヒロも、皆食べられてない?」
「うん、皆ケイが帰ってくるのを待ってるよ。だから一緒に帰ろう?」

 おばけがいなくなった事と、兄弟が無事である事、そして何より怖いおばけと戦ってまで優しく自分を迎えに来てくれたユウが嬉しくて、ケイはユウに抱きついて大泣きをした。



 泣き疲れて眠ってしまったケイを背負ったグレミオとユウが戻ると、ユーリグとカイルが真っ先に駆け寄ってきた。無事なケイの姿を見て、良かったと改めて2人が泣き出す。その声で目を覚ましたケイも2人が泣いているのを見てまた泣き出して、騒がしい一日は幕を閉じた。それ以来、ユーリグとカイルが何かを見てもそれをケイの前で口に出す事はなかった。

 そして……

「ユウー」
「何だ、ケイ。どうかしたか?」
「ううん、何でもないー」

 ケイがユウの後を離れなくなったのも、この時からだった。

BACK