「ふむ。そろそろか」

 マクドール兄弟が引っ越してきてから数ヶ月。新しい家にも兄弟との暮らしにも、そして賑やかなお隣さんを含めた新しい環境にもすっかり慣れ、各々が新しい町で各々の行動範囲を広げていった。長男ユウならばお気に入りの画材屋を見つけたし、五男ケイにいたっては周囲1km以内のお饅頭販売店について、商品の品揃えからお店の定休日に至るまで古くからの住人以上の知識を蓄えるに至っていた。他の兄弟についても同様なことが言えるだろう。
 そんなある日、夕飯を終えて居間で寛いでいた三男クラハがぽつりと呟いた。

「そろそろって何が?」

 その声に逸早く反応したのはクラハとは双子の片割れである次男ルレンだった。ルレンが反応した事で、何事かと他の兄弟達も皆クラハへと視線を注視させる。兄弟の視線を一手に引き受けながらも、堂々とした佇まいを崩さないのは彼だからこそと言えるだろう。涼やかに目を細めて、楽しそうにクラハは口を開いた。

「そろそろ、新しい地で私の胃袋を満たしてくれる気概のある店を探してみるのも一興かと思ってな」



 このクラハという人物は見た目の華やかさと相反した、とある特技というものを持っている。

【大食い】たくさん食べること。また、その人。大食漢。おおぐらい。「やせの―」 (引用 大辞泉)

 ひねろうとしてもひねりようがない、まさしく文字通り―大食い。それが彼の特技であった。引っ越す前に暮らしていた町では時間制限食べ切れたらお食事代無料!と掲げている店を軒並み破り各店で新記録を樹立。大食いを売りにしている店を訪れ店内に飾られている写真を探せば、そこら中で涼しげな顔をして空の丼を持った彼の姿を見つけられることだろう。

 そんな彼の満を持しての宣戦布告とも取れる宣言に、目を輝かせて反応した兄弟は二人いた。ルレンとケイである。ルレンは自身が少食であるが故に片割れの気持ちが良いほどの食べっぷりが羨ましくも誇りに思っており、ケイは兄弟の中でお饅頭話で一番盛り上がる相手であるだけにその数々の武勇伝にはご飯を決して残さないという点において尊敬の念を抱いていた。

「クラハ、明日行くの?僕も応援に行っていいかな」
「あ、いいな。僕も見に行っていい?」
「ルレン兄さん、応援に行かれるのは構いませんが、クラハ兄さんの食べっぷりを見ていて胸焼けを起こさないでくださいね?」
「大丈夫だよ。クラハのは見ていて気持ちが良いもん」

 ユーリグはルレンの身体を気遣って声を掛けるが、他の兄弟はそんな様子も含めて微笑ましく見守っていた。ある意味このやり取りに慣れているとも言えよう。

「良し。それじゃあ明日の昼は三人で出掛けるか。ユーリグの作るご飯も捨てがたいのだがな…」
「ちゃんとクラハ兄さんの分も用意しておきますね。クラハ兄さんなら帰って来てからも十分食べられそうですし」
「それはありがたい」
「ルレン兄さんは、ちゃんと栄養バランスを考えて食べて下さいね?」
「うん、分かった」
「………………」
「あれ、ケイさん、どうかしましたか?」
「…ユーリグが僕には何も言ってくれない。僕の事は心配じゃないんだー」

 兄二人がユーリグから激励の一言を貰っているので、何か言ってもらえるだろうかと期待していたケイは、ユーリグのそっけない一言に拗ねてみせた。その姿に笑う兄弟と慌てる四男。

「そんな事ないですって。ケイさんは……そうだ」
「何、何?」
「写真、撮ってきてくださいね」

 期待に満ち溢れるケイの眼差しを受けて、照れくさそうに笑ってデジカメを取り出すユーリグ。用事を頼まれて「任せといて」と一転して笑顔になった現金な五男の姿に、またマクドール家の居間は笑いに包まれた。


**********


「ここだな…」
「制限時間30分」
「かき揚げ丼特盛SP。完食者は未だ無し」

 ルレン、クラハ、ケイの三人が訪れた店は天丼を始とした店屋物を扱う、この地に古くからある店だった。入り口に貼られた年季の入った手書きのポスターを見て標的を確認したクラハは、意を決して店の暖簾をくぐった。

「済まない、予約した者だが……かき揚げ丼特盛SPを」

 クラハの一言に店内がにわかにざわつき始める。あれに新たに挑戦する者がまだいようとはと、これから始まる戦いに期待の眼差しを送る者あらば、また無謀なる愚かな犠牲者が現れただけだと冷めた眼差しを送る者もいる。厨房の奥から店主が直々に現れ、お待ちしていましたとクラハを奥のテーブルへと案内する。お客様相手と頭は下げていても、こんな細い体躯のお綺麗な面をした若造にうちの秘蔵っ子が攻略されてたまるものかと、その目は静かな怒りの炎を湛えている。

 クラハが静かに腰を下ろすと、間もなく奥から丼の上に山と詰まれたかき揚げが運ばれてきた。丼もいわゆる通常の丼サイズなどではない。米ニ升は悠に入ろうかという特大の器には白米が敷き詰められ、それでいて器の上の白米が覗けないほどの量のかき揚げがうず高く積み上げられている。その様は例えるならば難攻不落の要塞。幾人もの挑戦者が挑み、たった一つの例外すらなく数多の屍を築き上げた攻略不可能な砦――無遠慮なかき揚げの積み上げられ方が否応なく挑戦者の心をくじく。
 自慢の秘蔵っ子の姿にさぞ度肝を抜かれている事だろうと、無謀な挑戦者を軽く見やった店主。しかし予想に反してその目に飛び込んできたのは、不敵な笑みを浮かべるクラハの姿だった。勝負も始まっていないのに、最早勝利のムードを漂わせてVサインまでしているではないか。今までの軟弱な輩とは何かが違うという雰囲気を感じ、知らず店主の頬を汗が伝った。

 クラハがようやくVサインを収め、ゆっくりとテーブルの上の箸箱から割り箸を取り出す。そんな挑戦者の傲慢な態度に、翻弄されてはなるものかと店主は深呼吸をしてからホイッスルを咥えた。勝負開始のホイッスルが鳴るのを今か今かと待ちわびているのは、何も当事者だけではない。固唾を呑んで二人を熱く見つめるギャラリーに囲まれながら、甲高く鳴り響くホイッスルの音により、いよいよ戦いの火蓋は切って落とされたのだった。



 なんて熱い展開が店内で繰り広げられている一方、ギャラリーを背負って猛烈な勢いで箸を進める三男を横目に、ルレンとケイは少し離れた席についてのんびりと注文をしていた。

「おじさん、天丼のBセットと野菜天普通盛1つー」
「クラハよっぽど楽しみだったんだねぇ。カメラ構えたらピースまでしてくれたよ」
「食べ終わったらまた写真撮らなきゃだね、綺麗に空になった器と」



 時々どよめきや歓声の上がる奥の席を気にしながら、ルレンとケイは二人で昼食を摂っていた。美味しそうにご飯を頬張る弟を見て、ルレンは一つ気になっていた事を聞いてみた。

「ケイは、僕とご飯食べてて、楽しい?」
「ふん?ほふは……っん、っと。うん、楽しいよー?」

 ケイが口の中を一杯にしたまま喋ろうとしたところ、ルレンに軽くたしなめられたので慌てて口の中のものを流し込む。一息ついてから、何故そんな事を聞くのだろうと小首を傾げながらケイは質問の主を見つめ返した。

「ケイは、良く好きな人と一緒にご飯を食べると楽しくて美味しい、って言うでしょう?」
「うん。それが僕の持論だからね」
「僕はあんまりご飯食べられないから、一緒にいて楽しくないんじゃないかなって。僕なんかよりユウやクラハと食べる方が楽しいでしょ?」

 人一倍少食なルレンは、実際に注文した野菜天普通盛を全て食べきれてはいなかった。ルレンが残した分は天丼セットを頼んだケイが平らげている。ルレンが残す事も算段に入れての注文だったりするのだが、食欲旺盛な片割れを思うと一人前すら食べ切れていない自身を気にしているようだった。

「ご飯の食べる量が一緒じゃないからっていう話なら、僕はユウよりも食べるし、クラハほどはとてもじゃないけど食べられないよ?だから量は問題じゃない。僕が二人の事を好きかって話なら、ルレンが貰ってきた揚げまんじゅうをこっそり二人で食べた時にも言ったけど、僕はルレンの事だって二人に負けないくらい大好きなんだからさ」
「でも…」
「そんなに言うならこれからルレンの好きなところ順に挙げてくー」

 そうだ、そうしようと楽しそうに指折り始めた弟を前にルレンは慌てた。気になりはしたが、数えて少ししかなかったと言われるのは寂しいし、何より公衆の面前で言われるのは恥ずかしくて目のやり場に困ってしまう。そんな様子を見越してか、今はギャラリーの目線はクラハに向いているから大丈夫だとケイに諭されてしまった。

「優しいとこに、可愛いとこに、あと歌上手いのも凄いなぁって思うし、一緒にいて楽しいしー…あ、頭撫でられるのも好き。ん〜、具体的な言葉にするのが難しい……でもやっぱり一番は格好良い、かなぁ」
「格好良い…?」
「そ。格好良い」

 想像していなかった言葉が一番だと挙げられ、ルレンは首を傾げた。そういう形容詞は背が高くて落ち着いている雰囲気のある双子の片割れ、クラハにこそ当てはまるべきだ。自分に該当するなんてとてもじゃないが思ってもみなかったからだ。

「んー、クラハも確かに格好良いけどね?もちょっと違う種類の格好良さというか……ルレンに笑って撫でられたりするときゅってなる。ユウも凄く嬉しいけどさ、ユウのはただ幸せで、ルレンのはほわ〜ってなるんだよ。それぞれちゃんと違うんだ。えーっと、分かる…?」

 擬音ばかりでおぼつかない内容にしかならない説明に赤くなりながら、ケイは必死にルレンの良さを本人へと伝えようとしている。そんな弟を前にして、ルレンは緩んでくる口元と紅潮する頬に笑みを湛えながらケイの頭に手を置いた。

「ルレン……?」
「ありがと。そんな風に思っててくれたなんて、嬉しい」
「ん、どういたしまして…」

 弟から真っすぐな好意を貰って照れる兄と、大好きな兄に撫でられて照れる弟と。ルレンとケイは二人で顔を見合わせて幸せそうに微笑み合った。

「二人で満足するのはいささかずるいのではないか?」
「え、クラハ?」
「あ、クラハ!どうだった!?」

 いつの間にか傍に立っていたクラハに慌てて戦果を確認すると、くすと微笑を浮かべて背後を指差した。クラハごしにその背後を覗くと、そこには綺麗に空になった丼と打ちひしがれる店主、大記録に沸く観衆の姿があった。

「わ、凄い凄い!そだ、カメラ!写真撮るからクラハ丼構えて!」
「こうか?」
「うん、それじゃあ〜」
「ちょっと待った、どうせなら3人で写ろう。私が撮るからケイ、カメラを」
「了解〜、それじゃクラハお願い。ちゃんと三人入るかな、ルレンも寄って」
「こ、これでいい…?」




 自宅用の記念撮影後、新記録樹立の店頭用証拠写真にも三人で写ってから、三人はルレンとケイの昼食代のみを支払って店を後にした。その後、敗北した店主によって商店街中に三人組の大食い挑戦者には注意と直ちに回覧が回されたが、店内に飾られた写真で器を持っているのがクラハではなくルレンだった事や、三人で撮って来た写真が羨ましいと言ったヒロを始とする他のマクドール兄弟達によってクラハに同行するメンバーが増減した事により……クラハの顔が売れるまで、しばらくの間商店街中の大食い店は軒並み混沌に呑まれた事は言うまでもない。

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