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「何が悲しくて日曜の朝っぱらから主婦に混じって特売品に目ぇ輝かせないといけねぇんだよ、たりー」 一緒に買出し当番を任されている弟の目をかいくぐり、こっそり家を抜け出してきたものだからほとぼりが醒めるまで家には戻れない。スーパーの朝市の開催は午前中だけのため、昼に戻れば片がついているだろうと踏み、俺は1人土手に寝転んだ。 昨日は土曜日だった事もあり、末弟のカナタが一目惚れしたらしい隣家の兄弟の1人とデートするのだと、約束もしていないだろうに張り切ってデートコースの案を練ってはああでもないこうでもないと他兄弟を巻き込んで遅くまで騒いでいたのだ。その様は敢えて言わずとも推し量れるように非常に煩かった訳で、部屋が隣のこっちにまで響いていたほどだ。そりゃあデリケートにできている俺なんざ強制的に寝不足にもさせられるってもんだ。……カナタ達の部屋の壁に蹴りを入れて脅し中にいる3人を黙らせたという事実はあるが、俺は断じて悪くない。安眠妨害こそこの世の悪だ。 まあそんな訳だから、夜中にそんな出来事があったとも知らずにぐっすり寝こけてやがったぶっとい神経のレンに文句を言われようが知った事か。寝不足は世界の敵なんだ、つー訳で俺は今から寝る。ごろんと寝返りを打ち、土手の草の上で俺は目を閉じた。 「………………」 つんつん。 「………………?」 つんつんつん。 さっきから頬がちくちくとこそばゆくて目が覚めてきた。位置が悪いのかとごろんと寝返りをうってみる。 ……つんつん。 一瞬躊躇があったようだが、少しの間を置いて確かに何かが再開された。いい加減にしてくれと思いながら身体を起こし、くすぐったい部分に手を伸ばしつまんでみた。 「あ。……おはよう?」 つまんだ先の物体はどうやら人の腕のようで、となると…と目を遣ると腕の先には本体の人物が付いていた。改めてつまんだ手の先を見てみると、その手にはこの土手に生えているものと同じ草が握られていた。つまりさっきからこそばゆかったのは土手の草でつんつんと頬を突っつかれていた訳で。 「えっと…何か用?」 これが件の兄弟相手ならふざけるなとどつきの1つでも入ろうものだが、腕の先の本体が見知らぬ人物である事にまず戸惑う。その上顔が整っていて…いわゆる美人さんだったので若干態度が軟化してしまった。我ながら現金なものだ。 「用というほどのものではないのだが…起きないかなと思って」 「で、草で突っついて遊んでみたと?知らない奴にんな事されると普通怒るよ?」 「…悪い。綺麗だなって思って、つい」 ……綺麗。いやいやいやいや。世間一般で綺麗って言ったら、十中八九あんたみたいな人の事を言うんですけど?俺を見て本当にそう思ってるのか、目の前の人物が柔らかく微笑む。目の前で、そんな顔されたら…俺の頬は自然と赤くなっていた。 「髪が陽に透けて、綺麗な色だなって……1本抜いていい?」 「痛いから嫌だ」 「残念」 そして本当に残念そうに手を引っ込める当人。顔も離れたのもあって、ほぅっと一息をつく。なまじ顔が綺麗なだけに心臓に悪い。 「…はさみでも持っていれば良かった」 続く言葉に、おそらく了承していたら1本と言わず引っこ抜かれていたに違いないと確信する。 「持ってても切らせるなんて言ってねぇー……あんた変な奴だなぁ」 「誰にでもこんな事は言わない」 「それでも初対面の奴に言う台詞じゃないぞ」 「本当に綺麗だって、そう思ったから。こんな色を出せたらなぁって思った」 すっくと立ち上がって土を払い、そいつはこっちに手を差し出してきた。手とその顔を交互にじっと見る。間違いなく俺へと差し出しているもののようだ。 「何だ?」 「何だって、もう昼だ。それとも日がな1日ここで寝ているつもりか?」 「もう昼か…んじゃありがたく」 差し出された手を取って立ち上がる。並んでみると俺の方が若干低いのが気になった、本当に若干だが。 「なあ、あんたって…」 「あ、ユウー!いたいた、一緒に帰ろ、今日のお昼はユーリグ特製焼き蕎麦だって」 声を掛けようとしたところを、スーパーの袋を手にやかましく駆け寄ってきた奴に邪魔をされた。…名前を呼ばれて振り返るって事はコイツの名前はユウか?そんな事を考えてる間に、ユウの手を取って立ち上がった状態のままでいた事を目ざとく見つけて、そのやかましい奴は2人の間に割り入ってユウの腕を取っていった。別に何かある訳でもないのだが、何となくムカつく。名前を聞こうと口を開いたところに、先に本人以外から知らされたってのも少し癪だ。 「ユウ、この人知り合い?」 「???何言ってるんだ、お隣さんだろう」 『えぇーっ!!??』 思わずやかましいのと2人でハモってしまう。その横で、家人が引越し蕎麦を届けた時に奥の方にいたのを見つけて以来ずっと綺麗だと思っていたと、楽しそうに柔らかく話すその姿に眩暈がする。この眩暈は話のズレっぷりに対するものなのか、その…楽しげな表情を見てのものなのか。 「……そういえば名前は聞いてなかったな、聞いてもいいか?」 「ユイ、だけど…」 「そうか、僕はユウ。こっちが弟のケイ。引っ越してきてばかりなのだが、これから宜しくな」 |