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空を見上げると青空が広がっている。綺麗な青。 目線を落すと、眼下に川が流れている。陽を反射している綺麗な水面。 足元の土手には一面短い草が茂っていて、土手一面を緑で覆っている。 そして僕の傍らには一人の少年が横たわっていた。 土手の草をベッド代わりにして寝息を立てている少年は、僕の隣の家に住んでいる7兄弟のうちの1人だ。引越しの際に挨拶に行った時に見かけたから覚えている。…名前は何と言ったか忘れてしまったのだが。まあ、あくまでも見かけたというレベルであり、話したこともないのでほぼ初対面ではある。 名前も覚えていない相手を何故すぐに認識できたかというと、それはひとえに彼の髪の色が綺麗な色をしていたからだ。一目見た時からその色が気になっていたが、その予感が間違いではなかった事をたった今確信する。だって陽の光を受けたこの色は、初めて見た時の色よりも更に綺麗に見えたから。 その色に引き寄せられて思わず手が伸びるのも、手に取ってみたくなるのも、万物綺麗なものに憧れる人間の性としては至極当然の事なのだ。そうなんだ、そうなんだよ。髪を梳いてみても起きない事にホッとし、手を引き抜こうとして…スムーズに事が運ばなかった事は運がなかっただけ、というよりもはや事故だと言っても差し支えないと思う。途中で紆余曲折ありつつ引き抜いた手のひらの上には髪の毛が数本鎮座していた。分かりやすく言うと、癖っ毛に指が絡まって数本ブチッといった、というか…。 「どうしよう、これ…」 髪を引き抜かれても続く寝息の主に一種感嘆を覚えながら、僕は一瞬途方に暮れた。 怒るだろうか、怒るだろうなと思いつつ、土手の草を引っこ抜き寝ている少年の頬を突っついた。毛の抜けた痛みでは起きなかったのだ、くすぐったさで攻めて起こそうと試みる事にした。僕は名前を除いて覚えてはいたものの、彼が僕の事を覚えているとは到底思えない。となると初対面の相手を直に揺すって起こすのはちょっと馴れ馴れしい気がしたので、なるべくソフトな手段を選んだという訳だ。悪くても悪戯で済むだろうし。 ごろん。 根気良く頬を突っついていると、ふいに少年が寝返りを打った。いきなりでちょっと吃驚させられたが、起きたという様子はなかったので突っつくのを再開した。そうしていると急に腕をむんずと掴まれた。少年は僕の腕を掴んだまま身体を起こし、こちらの様子を伺っているようだ。 「あ。……おはよう?」 とりあえず起きたのだしと挨拶をしてみる。明らかに警戒されているのが反応からしてありありと分かる。まあ実際警戒されてもおかしくない事をしているのだから仕方がない。そしてその表情からは、予想通りではあったが僕の事を認識している様子は見てとれなかった。内心少し残念に思いつつ、起こそうと思った事と彼の髪が綺麗である事を伝えた。これをまず伝えないと引き抜いた事が露呈した場合に、理由を訊ねられると困るからだ。僕の言葉に少し赤くなる少年、褒められる事に慣れていないのだろうか。本当に綺麗なのに、これだけは嘘偽りない僕の気持ちだ。 「髪が陽に透けて、綺麗な色だなって……1本抜いていい?」 「痛いから嫌だ」 「残念」 1本についてさえ許可を貰えなかったという事は、草を握っていなかった方―左手の中にある数本についても不許可であるという事だ。じゃあ痛くなければ良いのかとも思って確認してみたが、抜かれる事事態が困るらしい。心苦しいが黙っておいた方が無難のようだ、事故なのだし。 そろそろケイとユーリグの2人との待ち合わせ時間になる、僕は立ち上がって少年へと手を差し出した。 「何だ?」 「何だって、もう昼だ。それとも日がな1日ここで寝ているつもりか?」 「もう昼か…んじゃありがたく」 僕の手を取って少年が立ち上がる、すると彼は上を見たり下を見たりしてちょっと変な顔をしていた。 「なあ、あんたって…」 「あ、ユウー!いたいた、一緒に帰ろ、今日のお昼はユーリグ特製焼き蕎麦だって」 少年が何か口を開こうとしたところ、タイミング良くなのか悪くなのかケイがやってきて腕を組んできた。元気が良いのは良いことだが、その勢いに握った髪の毛を落さないように気をつけなくてはならない。ケイは僕と少年を見比べて不思議そうに僕に疑問を投げかけてきた。 「ユウ、この人知り合い?」 「???何言ってるんだ、お隣さんだろう」 『えぇーっ!!??』 僕の答えにケイと少年の声が綺麗に重なる。そういえばお隣に挨拶に行ったのは僕とユーリグだけ、今日までに他の兄弟も何人かお隣の兄弟に会ってはいるようだがこの2人も初対面だったのか。初対面だが綺麗に声が重なるところを見ると、きっとこの2人気が合うに違いない。 「引越し蕎麦をユーリグと届けに行った時に、お隣の兄弟の顔は一通り見てはいるから。夕食中だったと思うが、奥の席にいた子だろう?その時も髪の色が綺麗だと思って、ずっと印象に残っていたから」 2人に説明をするとどうやら納得してくれたようだ。そういえば名前は覚えていなかったのだっけ、今度は忘れないようにしなくては。 「……そういえば名前は聞いてなかったな、聞いてもいいか?」 「ユイ、だけど…」 「そうか、僕はユウ。こっちが弟のケイ。引っ越してきてばかりなのだが、これから宜しくな」 ユイに挨拶をしているところにユーリグも追いついてきた(ケイは僕を見つけて一足先に走ってきたらしい)ので、改めてユーリグの事も紹介してからユイとは別れた。ケイとユーリグにはしきりにユイの事を聞かれたが、しかも聞かれた内容が何かされたかなど不可解なものだったが、どちらかというとこちらが加害者なので事故については黙ったままで3人で帰路に着いた。 弟達が昼食の準備をしている間に、自室に戻り事故の遺留品である髪の毛を空の小瓶にしまう。小瓶の中の髪の毛を陽に透かしてみたが、何故だか思っていたほど綺麗な色には見えなかった。ユイの髪と、今手元にある髪の毛。同じものであるのに輝きが違って見えるのは何故だろう。今度は本当にはさみ持参で訪ねてみようかと思いながら、僕は小瓶を引き出しの奥にしまった。 |