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「よっ、何してんだユウ」 「テッドか。ちょっと…考え事」 「何何、おにーさんに話してみなさいー?」 「おにーさんって、同い年だろうが。…じゃあ聞くが、少ししか話したことない相手に付き合ってくれと言っていいものなんだろうか」 「は?」 深呼吸を一つ。インターホンを鳴らすだけの事なのだが、いやに緊張を強いられる。意を決して指を伸ばすと、ピンポンと軽い音が一つ。ほどなくして目の前のドアが開かれた。 「はーい、どちら様…」 「こんにちは?」 「………………」 ドアを開けた少年に挨拶を送った…までは良いのだが、こちらとしては目の前でいきなり固まられてもどういった反応を返せば良いのか分からない。どうしたものだろうかと困っていると、来客を迎えに出て行ったきり戻ってこない少年が心配になったのだろう、続いてまた別の少年が来たようだ。 「何してんのさ、レン。一体誰が…」 「あ、ハズミ、ちょ、ちょっと!」 かと思えばまた引っ込んで、一旦ドアが閉められてしまった。どうしたものかと悩んでいると、またしばらくして再度ドアが開かれる。さっきの少年だろうかと思いきや、今度は一斉に5人もの大人数で出迎えられてしまった。実に賑やかな家だ。だが、顔を見せている5人の中には僕が目的としていた相手は見当たらず。結果、僕は好奇心旺盛な視線に晒されながらその所在を問う羽目になった。 「あ、の…ユイは、いるだろうか?」 肝心のユイは留守だという事で、中でしばらく帰りを待たせてもらう事となった。不在を理由に帰ろうとしたのだが、せっかく来てくれたのだからと熱心に引き止められてしまったのだ。居間へと通され勧められた椅子に腰をかける。初めて訪れる家を物珍しさに見回していると、最初に固まっていた少年が少々慌て気味ではあったものの美味しいお茶を出してくれた。 「あの、変な事を訊くかもしれませんが、ユウさんはお饅頭は好きです?」 「まあ、嫌いではないな。弟に凄く好きなのが2人いるが」 「え、ケイさん以外にもご家族にお饅頭好きがいらっしゃるんですか!?」 よっぽど意外そうに声を上げる少年。今彼の口から名前の挙がったケイは僕の弟のうちの1人だ。そういえばケイは僕がユイと会った時に一緒にいたのだっけ。ケイは僕の知らないところでこの少年とも面識があるようだ、ご近所付き合いは大事だから良い事だ。ケイが嬉しそうに話すお隣の少年の名前は何と言っただろうか、おそらくこの子の事なんだろうと推測される。 「…とすると、君が新聞配達の子なのかな。ケイとこれからも仲良くしてやってくれ」 「あ、はい!こちらこそです!」 どこかホッとした様子で嬉しそうに笑う少年を見ていると、素直な良い子という印象で微笑ましく思ってしまう。後でケイにもお茶をご馳走になった事を教えよう。 「レンさんはケイさんが好き、っと。カイルさんから聞いたお隣さん情報だと、ケイさんというのは僕のカイルさんと、ご挨拶にいらっしゃったユーリグさんとの三つ子の方らしいですね、レンさんいつの間にですよ!」 「レンのお相手も気になるけど、問題は今目の前にある状況じゃない?」 「はっ!そうです、それよりも次男ですよ、横暴ユイさんに恋のロマンスですか。既に家に来てくれるような仲にまで、僕とカイルさんを差し置いてユイさんこそいつの間にーです!!」 「あの人って確かユーリグさんと一緒に引越しのご挨拶に来てくれた人でしょ。どうもあの時のリクの空回りっぷりの印象が強過ぎるんだけど」 「あ、あの時のリクの壊れっぷり凄かったよねぇ。あまりの凄さにこっそり写メ撮っておいたんだ。ハズミ見る?」 「ちょ、止ーめーてー!!」 お茶を出してくれたレンと主に話をしていたが、この兄弟達を見ていると同じ7人兄弟でも随分違うものだ。他の4人は4人で賑やかに話が盛り上がっているようだ、こちらからは何を話しているかまでは聞き取れないが。 今は不在であるユイも、この兄弟達といる時はあの土手で話した顔とはまた違う顔でいるのだろうか。それを思うと僕はユイについて、名前と、髪の毛の色が綺麗である事しか知らない事に気付かされる。それはつまりは、ほとんど何も知らないという事で。 「ところでユウさんは、ユイに何の用なのかって聞いてもいいです?」 「……え?」 タイミング良く投げかけられたある意味当然であるレンの疑問に、心中を悟られたかのようで動悸が速くなる。そんなこちらの事情など知らず、レンの疑問に次々と便乗していく兄弟達がいた。 「あ、はい、はーい!僕も聞きたいです!カイルさんとの後学のために!」 「いや、訳分かんないから、カナタ。でも僕も聞きたいですねー」 「僕もユウさんさえ良ければ聞いてみたいですー」 「僕もです、ユイ兄とどうやって出会ったのかも聞いてみたいですね。まあ、僕の出会いみたいじゃないのは想像できますけど…」 何と言ったものか、5人一斉にキラキラした目で詰め寄られると言葉に窮してしまう。僕とユイは、引越しの挨拶に来た時に見かけ、その後1度土手で少し話をしたという、たったそれだけの仲でしかないのだ。思いついたまま勢いに任せて訪ねてしまったものの、ユイにとってみれば良く知らない相手が図々しくも勝手に家まで乗り込んできているという事になる。そんな事をされては決して良い気分はしないだろう。 「ただいまー。ん、誰か来てんのか?」 出過ぎた真似をした事の申し訳なさに居たたまれなくなり、やっぱり帰ろうと腰を浮かせかけたところ、タイミングが良いのか悪いのか、ユイが帰ってきた。気だるそうに居間へと入ってきたユイと目が合った。 「珍しい事も……って、何であんたが」 「…あ、その、お邪魔してます」 「ユイおかえり。ユウさんユイに用があるそうだから、もうすぐ帰ってくるからって待ってて貰ったんだよ」 僕を見て怪訝そうな顔をしているユイに、レンが助け舟を出してくれた。怪訝そうな表情は消えたものの、未だその顔からは疑問符が抜けていない事が良く分かる。 「俺に用?……はっ、さてははさみでも隠し持ってるんじゃ!?」 「今日は違う。ユイに頼みがあって…」 「今日は、なのかよ…って、頼みって?」 半歩引いて構えている様子のユイに、浮き足立っていた気分が沈む。ユイの迷惑を考えていなかった自分の浮かれ具合に恥ずかしさを覚えつつ、少しでも気を落ち着かせるために深呼吸を一つ。意を決してユイを訪ねた理由を告げた。 「ユイ…僕と、付き合って欲しいんだ」 ********** 「ユイ…僕と、付き合って欲しいんだ」 顔を赤らめて、拳まで作って必死に、上目遣いの困った顔でそんな事を言われた。我が家の居間で。弟共の目の前で。ユウの突然の爆弾発言に…ま、当然場の空気は凍りつくわな、あいつら突然の来客の美人さんにどこかテンション高くなってたみたいだし。 「あー……ちょっとこっち」 傍目には面白かったので、俺はユウの手を引いて妙な静けさを保つ居間を後にしてやった。そのまま手を引いて階段を昇っているうちに、階下が騒がしさを取り戻していく。随分解凍までに時間がかかったなとは思うが、それも無理はないだろう。俺だって土手で草で突っつかれるという突拍子もない出会いがなけりゃ、真に受けかねない雰囲気で告げられた言葉だったのだから。 「ここ、俺の部屋な。正確にはアオイと俺の、なんだけど。あ、アオイってのはうちの長男なんだけど、知ってるよな?そのアオイは今日は帰り遅いみたいだから、気兼ねしないで好きなとこ座ってくれ」 「あ、お邪魔します…」 2階の自室へと案内すると、ユウは申し訳なさそうに小さくなって床へと正座した。階下が今とんでもない事になっている事については理解してはいないんだろう、自分がどういう内容の台詞を吐いたのかも意識してなさそうだし。とすると失言に悩んでる訳でないのだから、ユウが一生懸命へこんでる理由が今のところ俺には想像が付かない。発言内容については額面通り取らないにしても、言った時の必死な態度からすると家族にも言えない困った事があるのだろうか。 「で、改めて聞くけど何の用だ?」 「それはさっきも付き合って欲しいと…」 「うん、だから何に付き合えばいいんだ?」 「あぁ…その、差し出がましいのだが、絵のモデルになってもらえないだろうか、と」 相変わらず突拍子もない内容ではあったのだが、想像していた部類の相談事とは異なる。そういや以前やたらと綺麗だ、綺麗だと言われたっけ。絵のモデルって事はこいつは絵を描くのが趣味なのか?ユウについては突拍子もない行動をする美人さんって第一印象はあるが、ただそれだけ。何が好きで何をしているかなど、ユウについては何も知らないのだという事に今更ながらに気が付いた。部屋にまで上げておいて、本当に今更だ。 「その前に自己紹介。俺はユイな、16歳。ここんちの次男。兄1人、さっき見ただろう騒がしい弟共5人。趣味は機械弄り。改めて宜しく、って事であんたは?」 「あ、僕はユウだ、20歳。最近隣に越してきたばかり。僕が長男で、弟が6人いる。美大生で専攻は油絵。趣味は好きな絵を見ること。こちらこそ宜しく」 「俺よか4つも上なくせに土手の草引っこ抜いて遊ぶなよな」 「それは偏見だ、年齢差別反対」 ユウがそう言った後、2人して顔を見合わせて笑う。本当に今更ながらに自己紹介し合ってるって状況が可笑しかったんだ。でも自己紹介をした甲斐あってか、ユウの顔からは先程の落ち込み様も抜け緊張がほぐれたようで作戦成功。戦果として浮かんだ柔らかい笑顔を見て……気が付けば思わず手が伸びていた。 「やっぱあんた変な奴だよ。俺が保証してやるから安心していいぞ」 「そんな保証されても困るのだが…。あと、この手は何だ?」 「え、何となく?」 「………僕の方が4つも年上」 「それこそ年齢差別だろ」 「む……」 存外に大人しく撫でられているユウの顔を見やれば、恥ずかしそうにそっと頬を染めていて。同じ赤い顔でも先の困った体のものとはまた違い、可愛いと、そんな事が脳裏に浮かんだ。見ているとつられてこっちまで赤くなってしまいそうで、照れを誤魔化すために少々乱暴にかき混ぜてから手を離した。 「いいよ、モデルの件受けてやるよ。髪引っこ抜かれるよりはマシだしな、俺も暇な時限定でいいなら」 「あ、…ありがとう。それじゃあ都合の良し悪しを聞くのに連絡取れる方が…」 俺の返事に、ユウは照れて困った顔からぱっと嬉しそうな顔に変化した。その変化は決して見た目に大きいものではないが、だからこそ喜んでくれている事がじんわりと沁みて伝わってくる。年上だと分かっているが、こういう素直さは子供っぽくも思いまた一つ新たな一面を発見する。 「じゃあ携帯の番号教えるから、折り返し入れてくれれば俺も登録するし」 「そうだな。……これで、登録完了っと。普段は家族にしかかけないのだが、今日は携帯大活躍だな」 「………大活躍?」 どこか楽しそうに語る姿に妙な既視感を覚え、思わずその一言を聞き返していた。あの時はそう、こっちが忘れていたとはいえ知らない相手だと思っていたのが面識のあるお隣さんだと語られたのだ。大した事ではないがどうにもむずがゆい気分にされたエピソードだ。その時と同じ感じがして嫌な予感を覚える。 「あぁ、ユイを待っている間にアドレスを交換しようと5人に…」 「ちょっと貸せ!……消去」 「あー!せっかく増えたのに…信じられない奴だな、お前は」 「いいじゃん、また聞きゃ喜んで教えるってあいつら」 「そういう問題ではないのだが」 弟共より俺の方が登録番号が後なのが癪で、俺とうちの弟全員分の登録を奪い取ったユウの携帯のアドレス帳から削除してやった。削除済みの状態で改めて俺のアドレスを登録してやれば、後で5人分の登録をし直そうとも必然的に俺の登録番号が先になる。そんな些細な事にムキになったり優越感を覚えたりするのは、さすがに心が狭いだろうか。まあ先程の告白もどきでしばらくは誤解されているだろうから、俺が故意に消したとバレてもその行動には納得するに違いない。 当たった予感に、これからもこいつが楽しそうにしている時は要注意だと心に刻み込んでおく事にする。 ユウの用件が済んでからも、しばらくの間お互いの事について語り合った。ユウの話題の中心は兄弟の事か絵の事に徹底していて、かと思うと俺の話題も弟共中心になるのが何とも忌々しい。先程の落ち込んでいた理由についても、訊ねてみれば俺が迷惑だと思ってというささやかな理由で。そんな他人本位な在り方をしているくせに、俺に頼んだ内容はユウ自身の望みだった事が妙なくすぐったさを覚えさせる。 季節は春。出会いの季節。 ユウを玄関先まで見送り、物言いたげな複数の視線を無視して自室へと戻る。最近とんと他人に興味を抱いていなかったというのに、ユウに対しては時間が経つほどに知りたいという欲求が募っていく。新規登録した携帯のアドレス帳を眺めていると、ふっと思い出して穏やかな気持ちになる。今夜は珍しく、いくら煩かろうが快く眠れる気がした。 |