刻限は夜。机の奥に仕舞った小瓶を1つ取り出して眺めながら、僕は折りたたみ式携帯電話の蓋を開いた。電話帳からメモリ番号1番の電話番号を検索し、コールをする。数回のコール音を待って、相手が電話に出たようだ。

『もしもし』
「もしもし、ロウか?」
『あれ、ユウちゃん?久しぶりだねぇ、引越ししてからそっちはどうだい?いやー、お兄さんってば美人さん3人が一気にいなくなっちゃったもんだから寂しくてねぇ。毎晩枕を涙で濡らす生活だよ』

 電話の相手はロウウ、愛称は縮めてロウ。僕達と年の近い従兄弟という事もあって、もう1人の兄弟とも呼べるほど仲が良い。僕とルレンとクラハの3人は、引越し前まで彼と一緒にマンションで共同生活を送っていた。僕達兄弟が一緒に暮らす事になり、ロウウと暮らしていた部屋を出る事になったのだ。僕にとってはロウウは同い年という事もあり、弟達には相談しにくい事も話せる気心の知れた相手だ。

「ちゃん付けしない。こっちは皆元気にやっているよ。久しぶりに兄弟が揃ったのに1人1部屋なのは寂しいからと、カイルやヒロあたり就寝ギリギリまで一緒にいたがるのに付き合う事が多いがな。あとロウと僕は同い年だからお兄さんにはならないだろう……何かこういう会話前にもした覚えが」
『あっはは、だってお前さん可愛いからねー。というか7人揃って可愛いもんだからお兄さんぶりたくもなるというか、僕としては選り取り見取りで迷っちゃう訳だ』
「僕を除いて、皆が可愛いというのは否定しないが、僕にとってはロウも可愛いんだがな……ところで何に迷うんだ?」
『え、誰を夜這いしようかなぁと?』

 ロウウの言葉にいつもの軽口だとは思うが、少し頭を抱えたくなってきた。それというのもどこか潔癖症のきらいのある四男ユーリグの事が思い浮かんだからだ。ユーリグにとってロウウは性格的に相性が悪いとでもいうのだろうか、ちょっかいを出してはユーリグを怒らせて楽しんでいる姿がいっそ日常と言ってしまってもいい程に繰り広げられている。そんなだから、実行でもしようものならユーリグがまた弄られている姿が容易に想像できてしまったのだ。

「……とりあえずユーリグだけは止めておくようにというのと、やるならユーリグにはバレないようにな」
『いやん、冗談だったのにお兄様の許可が出ましたよ!?これ何てハーレム!?』
「…………電話切ってもいいか?」
『わ、ちょっと待った!引っ越して以来、久しぶりに掛けてきておいてそれはナシ!第一、ユウから掛けてきたんだから何か話があるんだろう?ちゃんと聞きますって』

 ロウウの言葉に電話を掛けた目的を思い出す。そう、声を聞くのは二週間ぶりだから久しぶりにという面もあるが、弟達には相談しにくい事も話せるのはロウウだから掛けたのだから。手の中の小瓶に再度目を移してから、僕は口を開いた。

「……その、言いにくいんだが」
『何、何?』
「少ししか話したことない相手に…付き合ってくれと、言っていいものなんだろうか?」
『は?』
「……何かその反応も前に覚えがあるな」



『はー、つまりは…そのユイっていうお隣の少年に絵のモデルを頼みたい、と』
「あぁ、会って2回目…正確には3回目になるのだが、ぶしつけにお願いして失礼にあたらないだろうかと…」
『いいんじゃないか?』
「え?そんな、あっさりと…」

 簡単に出された答えに戸惑いが隠せない。簡単に言えるような事であるのならばロウウに相談するまでもなく行動に移している。

『聞かれてる内容がYES/NOなんだからあっさりにもなるさ。言っていい。以上、回答終わり』
「それはそうなのだが…」
『理由も説明しとくと、ユウだからいいと言うんだからね?お前さんはちょいと気にし過ぎだよ、失礼なんてしようと思ってもできない性質なんだから。だからそのくらいのお願いは言っても良い、もし断られたらその少年の髪の毛全部引っこ抜いてきなさい』

 ロウウの言葉にスキンヘッドのユイの姿を想像してみる。うん、似合うかどうかはともかくとして、そんなのを見ても楽しくないし嬉しくない。だってユイにモデルを頼もうと思い至ったのは、髪の毛だけでは駄目だったから。小瓶の中に入れて見た色だったから?蛍光灯の下での色だったから?環境が違うからかとまた土手に行って確かめたけれど、何かが違うという印象は崩れなかった。そうしてあの色はユイの頭皮にあって初めて映える色、ユイ自身が必要なのだという結論が出たのだ。
 僕を分かってくれているロウウのYESという返答は、僕の背中を後押ししてくれた。

「ありがとう…明日にでも頼んでみるよ。断られても抜いたりはしないがな。…ふふ」
『どういたしまして。ん、ユウちゃん笑ってる?』
「うん…今ならロウが夜這いしに来ても歓迎したい気分だからかな」
『え、本当!?いやん、引越ししてっちゃったのが勿体無いー。ところで夜這いって何するか分かってる?』
「一緒に寝る事じゃないのか?」
『……まあそういうとこも可愛いんだけどね。ところでその少年ってのには興味あるな、どんな子なんだい?』
「あ、髪の毛が陽の光に当たって凄く綺麗な色で…」

 僕は自慢気にユイの事をロウウに話して聞かせた。出会いから事故についてまであらかた話し終えると、受話器の向こうのロウウが笑った。その声を聞いているとふいに一緒にいた二週間前を思い出す。1人1部屋で寂しかったのは弟達だけでなく僕もだったのかと、ふとそんな事を思った。多分それを言うと本当に夜這いとやらをしに来そうなので、これだけはロウウにも相談できない僕だけの秘密。

『ユウがそうやって嬉しそうに話すの、あの子達以外で初めて聞いた気がするよ』
「そうだろうか?」
『そうだって。明日行くんだろう?ちゃんと経過報告も忘れずに宜しく』
「あぁ、分かった。それじゃ今度は本当に切るな。おやすみ、ロウ」
『うん、おやすみー。あ、経過報告とは別にラブコールなら24時間いつでも受け付けてるからな?』

 携帯の電源ボタンを押し通話を切る。小瓶を机の奥に仕舞ってから階下に降りると、リビングにはまだ弟達6人が揃っていた。ケイやユーリグあたり朝も早いだろうに皆がだ。僕の姿を逸早く見止めたケイが、小走りに駆け寄ってきてぐいぐいと腕を引っ張ってきた。

「あ、ユウ遅い!もうちょっと早く戻ってきてくれれば良いのに」
「え、え?ごめんなさい…?」
「ケイさんがユウ兄さんにおやすみって挨拶をしてないって言って、そういえばと思って皆で待ってたんですよ」
「それも面白そうだったからな。皆に手厚くおやすみと言われるが良い、それも長男の務めだぞ?」

 ケイに腕を引かれ、楽しそうに言うクラハに背中を押され、つんのめった先で顔を上げると、僕の前に年の順で6人が列を作って並んでいた。「おやすみなさい」と照れくさそうに笑うルレンの頭を撫で、「おやすみ」と笑みを浮かべるクラハには逆に撫でられ、「おやすみなさい、ユウ兄さん」と笑顔のユーリグをまた撫で返し、「ユウ、おやすみー」と勢い良く抱きついてきたケイを抱きとめると、ずるいとばかりにカイルの手を引いたヒロが更に一緒に抱きついてきて、僕も「おやすみ」と3人まとめて抱き返した。
 これは、ちょっと…嬉し過ぎる。6人とも満足気に各々の部屋に戻るのを見送ってから、僕も自室へと戻った。明日の経過報告がてら今日の出来事も自慢してやろうと思い、先の会話でロウウが言っていた事を思い出し呟いてみた。

「これって、何て言うハーレムかな」

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