プルルルル… プルルルル…

 突如として室内に響き渡る電子音に顔を上げると、メールの着信を告げて携帯電話が震えていた。時刻は丁度午前0時。こんな時間に何事かと思い、携帯を手に取る。新着メールを開いて差出人を確認するのと、僕の部屋にノックの音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。

「ユウ、起きてる?」
「ケイか?起きてはいるが、こんな時間にどうかしたか?」

 携帯を片手に持ちながら部屋のドアを開くと、そこには寝巻き姿の弟がいた。

「ちょっとだけ。入ってもいい?」
「どうぞ」
「やたっ、お邪魔しまーっす」

 他の兄弟は寝ているかもしれないと静かにドアを閉め、僕が椅子に腰を下ろすのを待ってケイはベッドに腰掛けた。何か楽しい事でもあったのか、その様子はどこかそわそわとしていて落ち着きがない。

「あのさ、ユウに言いたい事があって…あれ、携帯ロウあたりと話中だった?」
「違うよ、これはついさっきメールが来て。開こうとしたところにケイが来たんだ」
「ふーん。そのメールって何時に届いたの?」

 僕の携帯は折りたたみ式だ。それ故に開いた状態で僕の手の中にあったのが気になったのだろうが、送り主が誰かではなく着信時間を気にしているのが不思議だった。ケイの言葉に手の中のメール受信画面を再度確認してみる。

「…あぁ、0時丁度だな」
「誰から?」
「ユイから」

 送り主を聞いた途端、先ほどまでの楽しそうだった様子は急に鳴りを潜めてしまった。何があったのだろうかと携帯を閉じて机の上に置き、僕も隣に腰掛けてケイの様子を伺った。

「ケイ、どうかしたか?何かあった?」
「何でもない……あのさ、メールってまだ読んでないんだよね?」
「あぁ、誰からかを確認しただけで本文はまだ…」
「じゃあいいかな、うん…」

 ケイは何かを呟いてからぎゅっと腰に抱きついてきた。されるがままに抱きとめて頭を撫でてやると、ケイは少し照れたような赤い顔をしてやっと笑ってくれた。

「あのさ、ユウ誕生日おめでとう」

 そして笑顔でこんな事を言った。

「え、え?今日って…」
「日付変わってホヤホヤ、6月25日0時過ぎ。だからおめでとう、もう真っ先に言いたくってさ」

 日付が変わるのを待ち構えてたんだと笑うケイ。兄弟の中で一番の早起きのケイは、同時に一番の早寝でもある。僕の印象では、日付が変わるような時間に起きているのは大晦日くらいじゃないだろうか。それなのに、この言葉を言いたいがためにわざわざ起きてくれていたというのが妙に嬉しかった。別れて暮らしていた去年は直接顔を合わせる事はなかったが、確か朝一番にメールが来ていたということを思い出す。

「ありがとう…うん、凄く嬉しいな」
「……本当は一番乗り狙ってたんだけどね。伝わったのが一番だから良しとしとく」
「???」

 ケイの言葉の意味が分からず首を傾げていると、ケイは離れて立ち上がった。

「じゃあ僕そろそろ寝るね。今日は早く帰ってきてよ、皆でお祝いするんだからさ」
「あぁ、楽しみにしてるよ。おやすみ、ケイ」
「うん。ユウ、おやすみー」

 手をひらひらと振って隣室へと戻るケイを見送ってから机に戻る。ケイが来たので放置してしまっていた携帯を開き、改めてメールの受信画面を表示する。

 新着1件。差出人はユイ。着信時刻は0時ちょうど。
 件名は――おめでとう。

 それを確認しただけで自然と頬が熱くなり、思わずまた携帯を閉じてしまう。携帯を開けては閉じてを何度か繰り返した後、意を決してそぅっと画面を覗き込むと、メール本文には僕の誕生日を祝う言葉が並べられていた。これは確かに紛れもない一番乗り、先程ケイが途中で少しおかしくなった原因はユイからのメールがお祝いメールだと勘付いたからなのだろう。どちらにせよ、2人とも真っ先に僕を祝おうとしてくれた事が凄く嬉しい。

「やっぱり仲良いな…」

 そして手段は違えど行動まで同じである事に、本当に気が合っている2人だと思ってしまい羨ましさを覚える。……それはどちらに対しての嫉妬?一瞬浮かんだ疑問に気付かない振りをして、夜も遅いがユイのメールに返信をしてから僕は眠りに就いた。


**********


「おーい、ユウー」
「あ、ユイ。こんにちは」
「はい、こんにちは。隣座るぞ」

 土手で水面を眺めて筆を走らせていた僕の隣に、ユイは腰を下ろした。0時ちょうどに届いたユイからのメールには、誕生日を祝ってくれている内容の他に、夕方5時にここで待っているという一文が添えられていた。待ち合わせOKの返信をして迎えた夕方5時、時間に空きがあったのもあり文面とは逆にスケッチブック持参で土手へと赴いた僕がユイを迎えることとなった。

「何描いてんだ?ふぅん、上手いもんだな」
「ちょっと待っててくれ、あとここ描き込んだらキリが良いから」
「気にしなくて良いぞー、見てんのも面白いし。自分が描かれるんのじゃないとじっくり見られるしな」
「………できた。悪い、待たせたか?今片付けるから」
「いいっていいって。呼び出したの俺だしさ」

 描き終えて顔を上げると、ユイと目が合った。かと思えばすぐに目が逸らされて合わなくなる。…何だったんだろうか、今のは。

「……メール、ありがとう。返信はしたが、ユイにも面と向かって礼を言いたかったから」
「どういたしまして。……ところで俺にもって、『も』って何だ?」
「あぁ、ケイにも日付が変わったくらいに部屋に来て祝われたから」
「あいつか……」

 スケッチブックを閉じてデッサン道具を片付け終える。顔を上げてユイを見ると、少し難しそうな表情でぶつぶつと何かを呟いていた。

「どうかしたか?」
「んにゃ、良い気分じゃねぇが何でも。ところで今日あんたを呼び出した訳だけどな」

 そう言うとユイはおもむろに自分の頭へと手をやり、いきなり目の前で髪の毛をぶちっと1本引き抜いた。痛みをこらえながらあっけにとられている僕の前へとその手を突き出し

「これ、あんたに。…誕生日プレゼント」

 なんて事をのたまった。

「ほ、ほらさ、ここで初めて話した時からずーっと好きだって言ってただろ、俺の髪。だからって抜いていいって言って任せて万が一丸坊主にでもさせられっと困るしさ、俺が抜くんなら自分の髪だし…まあ誕生日プレゼントっていう名目で1本くらいなら…、って何だよその顔は」
「…へ?あ、うん……ふ…ふふっ」

 照れくさそうに、そしてそれを誤魔化すように誕生日プレゼントを選んだ理由を必死に並べ立てているユイを見て、自然と笑みが浮かぶ。僕の顔を見て気まずそうに目を逸らす姿も可愛く思い、ユイの意外なプレゼントに対する嬉しさもあって。

「ふっ…はは…あはははは」

 何かもう、色々通り越して大爆笑だった。

「何でだ!?」
「あは…ははは、ご、ごめんっ、ユイ…」
「笑うなー!笑うんだったらやらない。捨てるぞ、これ」
「だ、だから、ごめんなさいって……はー、欲しいな、ユイからのプレゼント」

 笑い過ぎて涙目になりながらも息を整えてお願いすると、不承不承といった面持ちながらユイは僕の手にプレゼントを握らせてくれた。プレゼントが風で飛んでいってしまわないようデッサン道具と一緒に大切に仕舞いこむ。

「…ありがとう。大事にするよ」
「当然だ。こちとら身削ったんだからな」
「あぁ、本当に嬉しい」
「……本当は他にもプレゼント、考えてたんだけどさ」
「わっ、ユ、ユイ…?」

 唐突にわしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。最近これがユイの照れ隠し方法なのかと思うようになってきた…その発想に至る回数分撫でられている事になるのだが。ずらされた眼鏡を直してユイの顔を見ると、綺麗な夕焼けに照らされて赤くなっていた。

「今度さ、どっか行かねぇ?今度ってのは予定としては俺の夏休み…だから8月か」
「それは構わないが…何処かとは?」
「あー、まだ未定。あんた行きたいとこありゃそこで良いし、もうちっと先の話だからそれまでに予定立てりゃ良いんだしさ」
「そうか。それなら了解だ、そのくらいになれば僕も多少落ち着くだろうし」
「あぁ、じゃあ決定ってことで」

 脳裏に先日新しく家族の一員として加わったマオの事を思い浮かべる。ユーリグに拾われてうちに来た時より元気にはなったが、相手は生後間もない仔猫だ。仔猫の世話や家事に追われるユーリグが落ち着くまでにはもうしばらく時間がかかりそうだから。ユイも事情を知っているから先の話を予定として誘ってくれたのだろう。

「当初の予定としちゃ大分遅くなるけど、そん時には渡せると思うから」
「え…」
「あー、言っとくけど無理してねぇからな?俺が贈りたくて贈んの、遠慮は却下だ」
「…ありがとう」
「どういたしまして」

 言おうと思った台詞を遮られてしまっては、僕としては素直に享受するしかなくてどこか照れくさい。何を用意してくれているのかが楽しみでもあり、知りたくもあってもどかしかったりもする。ユイと知り合ってから先の予定を楽しみにする事が多くなった気がする、8月か…8月…8月?

「そういえばユイの誕生日は8月じゃなかったか?」
「うん?あー、うん。8月の24日。ちょうど2ヶ月先くらいか?」
「だったらいっそその日でどうだ?…あ、兄弟で誕生日を祝ったりするなら余計だったか」
「ないない、問題ない。俺んとこ7人全員が8月だからさ、多数決みたいな感じで弟共の16日にまとめて祝っちまうの。だから24日は空いてると思うぞ。よし、それで決まりな」

 兄弟で祝わなくても他に相手は…と一瞬浮かんだが、言葉にする前にユイの即決で決まってしまった。誕生日という年に一度しかない日に過ごす相手が、本当に僕で良かったのだろうかと思わなくもない。僕は…実際に今こうしてユイと過ごせていて、純粋に嬉しいのだが。

「プレゼント交換しないとな」
「……あー、何だ?」
「言っておくが、僕も無理はしていないからな」
「分かった、分かりました、まあ…楽しみにしときまっす」
「よろしい。それじゃあそろそろ帰るか、今日はご馳走なんだ」

 そろそろと立ち上がり土を払う。今頃はきっと弟達が皆で用意してくれているのだろう、ユイに祝ってもらっても尚今日の楽しみが残っているのだからこんなに幸せなことはない。そういえばケイには早く帰ってきてと言われていたか。

「そっちって本っ当に仲良いよな、こっちとは大違いだ」
「そうか?ユイの方も賑やかで楽しそうじゃないか」
「いいや、絶対種類が違うね。……ユウ」
「ん?」
「誕生日おめでとう。…あいつの次かもしれねぇが、俺も口で伝えようと思って」

 やっぱりユイとケイは仲が良いと思う。じゃないとこんなに発想まで似ないだろう?二人の想いに浮かんできた笑みをそのままに、何度言ったか分からない感謝の気持ちを伝えよう。

「ありがとう。伝わったのは二番目だったが、届いたのは一番だったよ」

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