ピンポーン

 来客を告げるチャイムの音が響き渡る。マクドール家長男のユウは来客を出迎えに席を立った。兄弟を守るためという気勢もあって、普段来客を出迎えるのは四男ユーリグの仕事となっていたが、この日ばかりはユーリグが外出していたため長男であるユウがその仕事を受け持っていた。

「はい、どちら様…」
「ちわー…って何だ、ユウじゃん」
「ユイか。どうぞ上がってくれ」
「んじゃお言葉に甘えて」

 訪ねた目的の人物であるユウに出迎えられ、ユイは快くマクドール家へと招き入れられた。玄関で靴を脱ぎ、出されたスリッパに足を入れる。マクドール家へ足を踏み入れるのはこれが2度目、ユイは改めてほんの些細な部分でも感じられる我が家との差を思っていた。何せこの家は玄関に絵が飾られていたりするのだ、入り口からして格が違う。…何で食べ物の絵なのかは気になるところだったが。

「今ちょうどユーリグが外出中でな、僕では大したおもてなしはできないのだが」
「いいって、いいって。最初からそう言ってるだろ、気にすんなっての」
「そうか?ならありがたいが…」
「あ、これ土産な。饅頭持ってきた」

 ユウは気を遣わなくていいと言った当のユイから気を遣われてお土産を貰ってしまった羞恥で、お饅頭の包みを持ったまま視線をうろうろと彷徨わせている。その様子を見てひときしり笑ったユイは、軽くユウの頭を撫でる事にした。撫でられているうちに、今度は違う理由で恥ずかしさを覚えたユウは、ようやく一つ深呼吸をして気を落ち着かせてから口を開いた。

「……やっぱりお茶でも用意した方が」
「だから気にしなくてもいいって、俺が好きで持ってきただけだからさ」
「なら、代わりに私が淹れようか?」

 ユイに撫でられて頬を染めているユウと、その様子を楽しそうに眺めていたユイは、突然の第三者の声に慌てて離れた。声のした方に目をやると、そこにはマクドール家三男のクラハがリビングから顔を出していた。

「クラハ、いつからそこに…?」
「来客があって席を外してからなかなか戻ってこなかったのはユウだろう。いつまでも玄関で話しているから何かと思って様子を見に来てみれば、饅頭という言葉が聞こえたのでな」
「そうか…それじゃあお言葉に甘えて、お茶をお願いできるだろうか。僕の部屋まで、僕とユイの2人分」
「その土産の饅頭を私の分もちゃんと残しておいてくれるならな」
「勿論、ケイの分も合わせてな」

 ユウの言葉を聞いて、クラハは確かにと頷いて笑いながら再びリビングへと姿を消した。その背を見送りながら、ユイは歓迎会の時に見たクラハの大食いっぷりを思い出していた。

「あの人クラハ、だっけ?食いもんの事になると凄ぇんだな」
「まあ、クラハだから」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんなんだ。クラハにお茶も頼んだ事だし、僕の部屋に行こう。2階へ案内するよ」

 ユウに案内されてマクドール家の2階へと足を踏み入れると、そこはとにかく広かった。同じ7人兄弟ではあるが、デュナン家とは違いちゃんと1人1人に部屋が用意されている。そればかりか2階にもバス・トイレが完備と、そこはいわばデュナン家兄弟にとっては到底手の届かない夢の館だった。ユイはただ見ているだけで感嘆の溜息を漏らしてしまう、これを見たとした時の他兄弟も反応もきっと同じであろう事は想像に難くなかった。

「僕の部屋はすぐ手前だから。他の部屋には入らないようにな」
「分かってるって、お邪魔しまっす」

 まだ誰も招いた事がないというユウの部屋へと足を踏み入れる。初めての客人となったユイは、ここでも溜息を漏らさずにはいられなかった。

「…俺とアオイとの2人部屋よか若干広い気がすんだけど、この部屋」
「あ、ユイはちょっとベッドにでも座っていてくれ」
「おう。…うお、スプリングまで利いてるし」

 ユイが言われた通りベッドに座っていると、ユウはテーブルとクッションを出してきて床に腰を下ろした。テーブルの上にお土産のお饅頭を並べ始めたのでユイも習って床のクッションの上に腰を下ろす。
 腰を落ち着けてからじっくり部屋の中を見渡してみると、飾り気はないが部屋は綺麗に整理されており、本棚には画集や写真集などの大判の本が並んでいた。美大に通っているだけでなく趣味まで絵尽くしなところに感心を覚えたが、それだけにユイには気になることがあった。

「そういやさ、この部屋って絵の道具とか見当たらねぇけどどうしてるんだ?玄関に飾られてた絵ってユウが描いたんだろ?」
「あぁ、それは…って、何であれが僕のものだと分かるんだ?」
「……逆に柏餅やちまきの絵を売ってる画廊があんなら教えてくれ」
「あれは、クラハとケイのリクエストで…6月のものはまだ描いてる途中だから」
「月替わりかよ。6月つったら紫陽花とかあたりじゃなくて?」
「6月は水羊羹。16日が和菓子の日なんだそうだ」

 ユイは水羊羹って静物画の題材としては不向きなんじゃと思わないでもなかったが、独自の文化がマクドール家では築かれているんだろうという事で敢えてツッコミを入れるのを断念した。

「和菓子と言えば、どうしてユイはお饅頭を土産に持ってきたんだ?」
「そんなに好きじゃなかったか?」
「そんな事はないが…ちょっと意外だったから」

 実はユイは前日に、マクドール家ではユウ以外で唯一携帯番号を交換している次男のルレンに、ユウが貰って喜ぶものという主題で相談を持ちかけていた。その回答がお饅頭だったのだが、ルレンがユウが喜ぶ→ケイも一緒に喜ぶという連想からその回答に至ったと知る由もない2人は互いの反応を不思議に思うしかなかった。

「そうだ。ユイ、僕が絵を何処で描いているのか知りたいのだったよな」
「まあ、どう見てもこの部屋じゃなさそうだしな。俺の部屋よか広くても絵を描くには狭そうだからな」
「実は屋根裏に僕のアトリエがあるんだ、そこから屋根の上にも出られるようになっていてな。そこに今まで描いた絵や途中のものを置いているんだ」

 ユイはどんだけ広いんだよこの家は…という言葉を飲み込みつつ、得意げに自分のテリトリーについて話すユウの楽しそうな顔を見て、その頭を再度撫でてやった。途端に動きが止まったユウは視線を彷徨わせつつ次第に赤面していった。目の前で静かに照れられるものだから、何の気なしに撫でていたユイにとっては想定外で、つい撫でていた手をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてしまう。髪の毛をぐしゃぐしゃにされたユウがユイを見上げると、まだ陽も傾いていないだろうにユイの顔が赤く見えた。

『あ、あの…』
「ユウ、お待たせー。…何してるの、2人して」

 お互い赤くなりつつ顔を見合わせているところに、ノックとほぼ同時にユウの部屋のドアが開かれた。相手はお茶を頼んだクラハかと思いきや、お盆を手にそこに立っていたのはマクドール家五男のケイだった。ユイの来客に遅れて帰宅したケイが、ユウの部屋へとお茶を持って行くというクラハから快くその役目を変わって貰っていたのだ。不思議そうな顔をしてテーブルの上にお茶を3人分並べたケイは、ユウとユイとの間をさえぎるようにさも当然と言わんばかりにその場に腰を下ろした。

「…って、ケイはどうしてここに?」
「クラハからお饅頭貰ったって聞いたから、どうせなら一緒に食べたいって思って」
「………………」

 何となくいい雰囲気に何となく鼓動が早くなっていたところを何となく潰されたユイは、面白くないという顔を前面に押し出していた。負けじとケイもユウの傍を離れる気配を見せないでいる。ユウを前にして互いに睨みをきかせている状態を打ち破ったのはユウの一言だった。

「……ケイもユイも、仲良いのだな」
『………………』
「一緒に黙るところとか、やっぱり気が合うみたいだし…」
「あ、あのね、僕は、ユウと、一緒にお饅頭食べたくてお茶持ってくのクラハに変わってもらったんだからね?ユウそんなに食べないでしょう、ここで食べちゃったら今日は一緒にお茶できないだろうしさ、だから」
「ユイが来たから、じゃない?」
「違うよ、誰がこんな唯我独尊君と」
「あ、ケイ今ちょっと上手い事言った」
「誰がだ!ってかユウ、そこ感心するとこ違うだろ、字も違うから!」
「わー、唯我独尊については否定しないんだー」

 闖入者が一人増えただけで場はにわかに騒がしくなった。思えばユイがユウと最初に会った時も、ケイには2人でいたところを邪魔されたという認識のユイである。兄と弟の間柄だろうが、ひょっとしてこいつもユウの事を特別に好きだったりするんだろうか………いや、『も』って何だよ、俺…。答えの出ない疑問へと思考が陥りかけていたユイは、ふと部屋の入り口に目をやった。

「何だ、ドア開いてんじゃねぇか」
「え?僕ちゃんと閉めてきたけど…」
「でも開いて…って…」

 お茶の載ったお盆を両手で運んできたケイのドアの閉めが緩かったのだろう、確かにユウの部屋のドアにはわずかな隙間が開いていた。ユイがドアを閉めようと立ち上がると、誰も触っていないはずのドアがゆっくりと開かれていく。足元を確認すると、そこにはドアの隙間から室内へと滑り込もうとしている1匹の仔猫がいた。

「猫……?」
「マオじゃないか。そういえばケイ、ユーリグはまだ?」
「うん、僕がお茶運んでくる時にはまだ帰ってなかったよ」

 マオと呼ばれたその仔猫は、室内に入るとユイの足元を通り過ぎ、真っすぐユウの許へと歩いていった。その歩みのおぼつかなさに3人に見守られながら、マオはユウの許に辿り着くとその後ろに完全に隠れてしまった。

「…って、もしかして俺を警戒してんのか。ちっこいな、生後1ヶ月ってとこか?歓迎会の時には見なかったが」
「あぁ、ついこの間うちの家族に加わる事になったんだ。僕らにはようやく懐いてくれるようになったのだが…」
「まあいきなりじゃ慣れんのは無理か」

 ユウがマオを抱きかかえると、マオはユウを見上げて甘えた声で一声鳴いた。ユウの膝の上という場所が気に入ったのか、なかなか離れようとしないようだった。

「まだ小さくてな。拾ってきたのがユーリグだという事もあって、ユーリグは家事とマオとの世話で大変そうにしてるんだ。今日も昼寝をしている間にと買い物に出掛けたのだが」
「マオってば、ルレンと一緒に昼寝してたのに起きてきちゃったんだねぇ」
「こんだけちっこいんだ。起きてきたのから目を離すと危なっかしいだろ」
「うん、実はそう。もう少しすればマオも大きくなって落ち着くだろうとは思うのだが」

 膝の上のマオを撫でながらユウは微笑んだ。なるほど、2階に案内された時には階段上に細い柵が設置されており何故こんなところにと思いもしたが、この小ささなら落下防止のためだろうと理解でき、目が離せないというのも頷けた。ユイは、ユウが忙しい中わざわざ自分を招くために時間を割いてくれていたという事を悟る。そうまでして迎え入れてくれた気持ちに感謝し、ユイは閉めようとしたドアのノブにそのまま手をかけた。

「なら今日は俺これでお暇するな」
「え、もう…?」
「部屋に案内してもらって、色々話聞けて今日は満足。忙しくない時にまた誘ってくれな。あ、そうだケイ」
「へ?何かな、ユイ君」
「饅頭食っても良いけどくれぐれも全部食うなよ。それユウへの土産なんだからな」
「うわ失礼ー!お饅頭大好きだけどちゃんと物事の分別くらいつきますー」

 ユイは結果だけ見てみるとケイとマオに追い払われた形にはなるが、ユウが名残惜しそうに玄関まで見送りに来てくれていた。その間マオの面倒はケイが見ている。今度は屋根裏のアトリエも案内するからと指切りで約束をし、微笑むユウが眩しく見えてしまったのを誤魔化すためにその頭をくしゃくしゃと撫でた。あらかた撫でてユウの照れた様子に満足したユイが靴を履いたところ、ちょうど玄関のドアが開かれた。

「ただいま戻り、まし、た………?」
「あ、おかえりユーリグ」
「あ、ども。お邪魔してました。それじゃユウ、またな」
「あぁ。ユイ、また」

 ドアを開き買い物袋を廊下に置いて顔を上げたユーリグの目の前で、兄と隣家の兄弟の1人が仲良さそうに別れるという光景が繰り広げられた。しばし固まっていたユーリグだったが、ユイが玄関から出て行き閉まったドアの音によって我に返り、ようやく兄へと疑問を投げかけるに至った。

「ユウ兄さん、あれお隣の…確か、ユイ君、ですよね?何でうちに…?」
「あぁ、部屋に遊びに来るという約束をしていて、それが今日だったのだが」
「き、聞いてません!ユウ兄さん、あの子を部屋に入れたんですか!?」
「ユーリグはマオの事で忙しそうにしていたから黙っていたんだ、来客にまで気を遣わせては済まないからな。ユイが来る事はルレンも知っていたし、問題ないと思っていたのだが…何かまずかっただろうか?一応僕の部屋にしか通していないのだが」

 自分が留守にしている間に何たる不覚。ユーリグは不安いっぱいでユウの顔をまじまじと見上げてみたが、髪の毛が少しくしゃくしゃになっているのが気にはなったがさして普段と変わりないように見える。兄の無事な様子に何事も起きなかったと一安心し、何とか気を落ち着かせる事ができた。

「ユウ兄さん、つかぬ事を聞きますが、ユイ君とは…?」
「え、友達だが?」
「ですよね。なら良いんです、なら…」

 何せカイルとカナタという前例もあったのだ。ユウの言質を取れた事に安心して、ユーリグは今回は隣家の次男を要注意人物としてリストアップしておくだけに留める事にした。土産に貰ったお饅頭があるんだと楽しげに語る兄を見て、次がないよう気をつけなくてはという意思を固めるユーリグであった。
 当の兄自身からユイに進んで遊びに来てくれと約束をしてしまっている事実を、ユーリグはまだ知らない。

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