「駅前に9時集合。…何でわざわざ?」

 待ち合わせ時間より5分ほど早く駅に到着したユウは首を傾げた。今日は8月24日。2ヶ月前のユウの誕生日から、一緒に出掛けると約束していたユイの誕生日だ。昨夜メールでユイから待ち合わせの場所、時刻を指定されたために駅まで出てきたが、そもそも家が隣なのだからわざわざ外で待ち合わせなどしなくても一緒に家を出れば良い事なのではないだろうか。それならば過ごす時間も増えるだろうに…そう思いながら、ユウは待ち合わせ場所へと歩を進めた。

「あ、ユイおはよう。早いんだな……もしかして待たせたか?」
「おう、ユウおはよ。ユウは時間ぴったりだろうが、そんなに待ってねぇから気にすんなって」
「むぅ、もう少し早く来ていれば…」
「それじゃあ待ち合わせの意味がねぇだろうが」

 ユウが時間ぴったりに到着すると、既に待ち合わせ場所にはユイの姿があった。待たせた事を気にしているユウを見て、ユイは笑ってユウの頭を軽くかき混ぜてから、行くぞと先だって歩き出した。昨夜のメールでは待ち合わせ場所を指定されただけだったため、これから何処に行くかなどは聞かされていないユウは、かき混ぜられた髪を手櫛で整えるとユイの後に続いた。

「何処に行くんだ?」
「あー、いいところ」
「それでは分からないのだが」
「すぐだって。ほらここ、到着」
「………バイク屋さん?」

 ユイが足を止めたところは駅近くの商店街の一角にあるバイク屋だった。自動車の免許は持っているが、弟のルレンとは違いバイクにこれといって縁がなかったユウにとっては初めて訪れる場所だ。ユウが店のディスプレイを物珍しそうに見ている一方で、ユイは慣れた様子で店内へと入って店長とおぼしき年配のおじさんと親しげに話している。どうやらこの店はユイが良く訪れている店であるようだった。遅れてユウも店内へと歩を進めると、ユイがこっちだと手招きをしていた。

「今日は連れのメット買いに来たんだ。頭のサイズもあるし眼鏡着用だから試着した方が良いと思ってさ」
「………え?」
「ルレンもフルフェイスだし、まあ順当にフルフェイスでいいかと思うんだけどさ。眼鏡ならシステムとかも良いって思うかもしれねぇしさ。幾つか候補は挙げてみたんだがやっぱ本人に決めてもらうのが一番だと思って連れてきた。んな訳でおじさん宜しく」
「おう。で、お前さんはどういうのがいいんだ?」
「あー、ユウは多分分かんねぇから適当に幾つか見繕ってやってみてくれ」
「そうか。じゃあ…」

 ユウを置いてけぼりにして、ユイと店長との間であれよあれよという間に話が進む。気が付けばユウのヘルメット試着会が開催されていた。何故そんな会に参加する羽目になったのか、頭に疑問符を一杯に浮かべながらユウは半ばされるがままに脱着を繰り返させられた。

「これ…」
「ん、それが丁度いい?視界はどうだい?」
「大丈夫です、眼鏡もずれないですし」
「そうか、なら良かった。おい、ユイ。決まったってよ」

 ユウが良く分からないなりにも被り心地を考えて1つに絞ったところ、店長は満足そうに頷いて店内を物色していたユイへと声を掛けた。顔を上げて2人のところへ近寄ったユイも、ユウの姿を確かめて満足そうに頷いた。

「あぁ、いいじゃん。おじさんいくら、まけてくれると俺は嬉しい」
「ナマ言ってんな、サービスで端数切捨て指三本だ」
「ちぇー。まあそんくらいはするか」
「毎度あり」

 ユウが試着していたヘルメットを脱いでいる間に、ユイの手によりお会計が済ませられていた。ユウが慌てて財布を取り出そうとすると、ユイは気にするなと言ってさっさと店を出てしまう。店長の顔を見るとユイから貰ったから気にしなくても良いと笑って手を振られてしまう。ユウは頭を下げてユイの後を追いかけた。

「ユイ待て、これは…」
「受け取れないって?」

 ユウが眉根を寄せて困った顔をしていると、ユイは足を止めてその顔に手を伸ばした。頬に手をあてがわれ、顔を間近で覗き込まれて、ユウは恥ずかしさの余りに目を閉じた。



「………痛い」
「当たり前だ馬鹿。前にちゃんと俺が贈りたくて贈んのって言っただろ、それ2ヶ月遅れの誕生日プレゼントな」

 額に思い切りでこピンを食らわされたユウが不満顔で目を開けると、不貞腐れて、それでいてどこか照れたようにしているユイの姿が目に入ってきた。確かに2ヶ月前に言われていた事ではある、ということはこれは少なくとも2ヶ月前から計画されていたサプライズという事になる。いささか予想外ではあったが、それだけ力の入ったプレゼントに嬉しくならない訳がない。ユウは小さく微笑んでユイの目を見つめた。

「ユイ、ありがとう。…僕には勿体無い気がするが」
「どういたしまして。いいんだよ、あんたにって考えて選んだやつなんだから、受け取ってくれねぇとこっちが困る」
「うん、だから嬉しい。で、次は何処に行くんだ?そのためのヘルメットなんだろう?」
「何で分かって…」
「何でも何も、真っ先にヘルメットなんて貰ったらかさばるだろう、だからそうなのかなと思って。…それとも今日はもうこれで終わり?」
「あー……こっち。駐車場に俺の停めてあるから」

 時刻は午前10時。まだ今日は始まったばかりだ。駐車場から自分のバイクを出してきたユイは、早速ヘルメットを装着しているユウを見て満足そうに問いかけた。

「ちなみにさ、行きたいとこあるか?」
「……海。海行きたい、ほら大きい観覧車がある、海沿いの」
「よっし、じゃあそこで決まりな」

 せっかくならばなかなか行けない場所へ。そう思ってユウはユイに答えたのだが、あっさりと決まってしまい逆に慌てた。

「何処か行きたいところがあったのではないのか?今日は全面的にユイの頼みは聞くぞ?」
「だから、ユウが行きたいところに連れてってやりたい。だったら何も問題ないだろ」

 ヘルメットをかぶっていたのでユイはユウの頭を軽く突くだけに止め、バイクにまたがった。ユイはどうしてこう、人を照れさせるのが上手いのか。赤くなる頬を隠してくれたユイからの誕生日プレゼントに感謝をして、ユウはユイの後ろにまたがり腰に腕を回した。



「やっぱり定番は押さえとかないとな」
「だからってバイク降りた後真っ先に絶叫系に並ぶか…?」
「いやな、ユイが苦手だったりしたら…食前の方が良いと思って」
「吐こうが乗る事は決定してんのかよ…」

 2人が訪れたのは海沿いにある遊園地だった。ユウがこういったアトラクションが好きだという事で、ユイはハードなものから順に連れまわされる事となった。

「いや、確かに行きたいところにとは言ったけどさ、意外ー」
「そうか?でも一番好きなのは観覧車、かな」
「あ、それなら分かる。高いとこから景色が見渡せるからだろ?」
「あぁ。特に水平線が見えたりすると良いな」

 吐きはしなかったが少しぐったりしているユイと、楽しそうに生き生きとしているユウ。絶叫系アトラクションコースを一通り満喫した2人は遅い昼食を取っていた。2人で遊園地を満喫する…なんて完璧なデートコースであるのだが、デートコースであるが故に夏休みのこの時期に男2人でいる事でユイは視線が注がれているような気がしてならなかった。

(まあ、気持ちは分かるけどな…)

 視線の何割かは確かに男2人でいる事への好奇の目線だろう。しかしその他、むしろ大多数は目の前の相手に注がれているに違いない。こんな賑やかしい場所でも凛と背筋を伸ばして行儀良く……ハンバーガーにかぶりつきソースをこぼしそうになって慌てているところなんか特に。何だろうか、この可愛い生き物は…。
 お腹も膨れたところで次に行くかと2人が腰を上げたところ、背後から声を掛けられた。

「あのー、2人とも暇?ちょっといいかな?」

 ユウ目当てのナンパだろうか、まさかとは思いつつもユイが心配していた事態ではある。ユウはこういうとこ鈍そうだし守らないとなと思い、ユイは咄嗟にユウの手を掴んで背後の人物へと振り向いた。

「……ケイ?どうしたんだ、こんなところで」
「どうしたのかっていうのは僕の台詞だって、ユウこそユイ君と2人でこんなとこで何してるの?」
「見ての通り、2人で遊びに来ているのだが…」
「奇遇だね、僕も大学の皆と遊びに来てるんだ。良かったら一緒に回らない?」

 声を掛けてきた相手はナンパ目的の男でも女でもなく、ユウの弟のケイだった。きっとユウの姿を目ざとく見つけて単騎で突撃してきたのだろう、一緒に来たと言っている大学の友達とやらは周りには見当たらなかった。ナンパな相手でなくてホッとしたものの、ある意味それよりも手強い相手に、自然とユイの眉は顰められた。

「…何でいるか、ちっこいの」
「…いい加減そう呼ぶの止めてよ。あといつまで手繋いでるのかな?」

 表面上はにこにこと、だがユイにはギスギスとしか見えない笑顔を振りまくケイ。ケイに指摘された言葉の内容に気付いたユウは、慌ててユイの手を振り解いた。ユウが手を離した理由は照れによるものだが、それを理解はしていながらもユイは良く分からないが面白くない気分にさせられた。

「大学の奴らと一緒に来てんだったらそいつらはどうしたんだよ。……さては迷子か?」
「違うよ、失礼だなぁ。皆揃って今そこのお化け屋敷に行ってるから、出てくるのを待ってるの」
「んな事しなくても最初から一緒に行けば良かったんじゃねぇ?何で1人で待ってんだよ」
「い、いいじゃないか、ユイ君には関係ないでしょう」
「関係あるさ。ユウは、俺と、2人で、遊びに来てんの。OK?」
「む……」

 どうもユイとケイがユウを前にして話すと売り言葉に買い言葉になってしまう。ケイがこの場にいる理由を察して、ユイはユウの背を押して続けた。

「一緒に回りたいって言うんならそっちが付いてこいよ。次はあのお化け屋敷に行くんだからな」
「え…ちょっと、ユイ…?」
「…い、いいよ。行くよ、お化け屋敷」
「上等じゃねぇか、怖がって泣き出すなよ?」
「誰が。そっちこそドサクサに紛れてユウに変な事したら承知しないんだからね!」

「2人とも!いい加減にしないか!」

 対抗意識を燃やし合う2人を前に、珍しくユウが声を荒げた。いつにない口調のユウの声に、ユイとケイの2人は口論を止めて恐る恐るユウの顔を伺い見た。ユウは一つ溜息をついてからケイの頭を撫でた。

「ケイ。一緒に行ってもいいが、今中に入ってしまったら待っていると約束した友達とはぐれてしまうだろう。余計な心配はかけないようにな」
「う、はい…」
「ユイも。お化け屋敷へは僕が怖いから勘弁してくれないか?」
「お、おう…」

 2人の返事に満足して、ユウは微笑んでみせた。普段怒らない人の方がいざ怒った時は怖い。それを実感させられた2人は、顔を見合わせてばつが悪そうな顔をしている。

「ケイ、今出てきたのが友達じゃないか?」
「あ、そうみたい。…ご、ごめん、それじゃあ行くね。ユウも早く帰ってきてね〜」
「ケイも、あんまり遅くならないようにな」

 ユウへと手を振り、ケイはお化け屋敷から出てきた集団の元へ走って行った。ケイが合流してから別のアトラクションへと一同が歩いていくのを見届けてから、ユウはユイへと振り返って笑いながらこう言った。

「ユイ、次は観覧車に乗らないか?」



「ケイは小さい頃からお化けの類が苦手でな。色々事情はあるんだが…生きている人間の手による作り物だと頭では理解していてもお化け屋敷なんかは怖いらしくて、それこそよく僕の手をぎゅっと握ってきたりしたものだ」

 2人で観覧車に乗り込んでから、ユウはケイの事を語り出した。あの頃は可愛かったんだから、勿論今も可愛いが…と微笑んで話す姿から、その時の様子が目に浮かぶようだった。あの生意気なケイだってユウの弟なんだから、そう思うとユイにも可愛いと思う気持ちは理解できる気がした。

「悪い。知らなかったとはいえ、ちょっと大人げなかった」
「その点ならケイだって同じだからお互い様だ。これからはケイの前ではできるだけその話題は避けてくれると助かる」
「覚えとくよ」

 ゆるやかに上昇するゴンドラに揺られながら、ユウはただただ静かに窓から見える景色を見下ろしている。そんな様子に見とれながら、ユイはゴンドラが頂上を過ぎてゆっくりと下降を始めるまでずっとユウの事を考えていた。考えが逸れたのはユウが持っていた鞄をごそごそとし出したからだ。ユウは鞄から大きな包みを取り出して、ユイへと差し出した。

「遅くなったが、これ。誕生日プレゼントだ。受け取ってくれると嬉しい」
「何だ?やけにでかいけど…」
「家に帰ってから開けてくれ。お楽しみは最後まで取っておかないとな」
「自分で言うかー?まあ、嬉しい。なら感想は後でだな」
「……ん、楽しみにしているな」



 観覧車を降りた後は、港で潮風に吹かれながらしばらくの時間を過ごして帰宅の途に着いた。今度は待ち合わせをした駅前ではなく、互いの家の前でユウはユイの腰から腕を離した。

「今日はありがとう。楽しかった……って誕生日のユイより僕が楽しんでいては申し訳ない気がするが」
「その点なら大丈夫だ、俺も楽しかったし。これでアシはできたし、またどっか行きたくなったら声掛けてくれ」
「ユイ……僕だって普通自動車運転免許は持っているのだが」
「……何かあんたの運転って危なっかしそうじゃねぇ?」
「酷いな、何かあった時乗せてやらないぞ?」

 くすくすと笑っているユウの頭をくしゃりと撫でて、またなと言い合って2人は背を向けた。ユウは大事そうにヘルメットを腕に抱えて家の中へ、ユイはバイクを引いてガレージの中へと消えていった。



 ユウから貰った包みを小脇に抱えながら、ユイはただいまと言って玄関で靴を脱いだ。そのまま部屋へと向かうユイへ、おかえりと言おうとして廊下へと顔を出したリクはその瞬間固まった。ユイの姿が2階へと消えた後、残されたリクはまるで信じられないものを見たかのように1人ぶつぶつと呟いていた。

「何してんの、リク。こんなところで突っ立って」
「ユイ兄が、顔を見たら大体理不尽か文句のあのユイ兄が、鼻歌を歌ってた…!?」
「あのユイさんがですか?まさかですよ、リクさんの聞き間違えなんじゃないんです?」
「そうそう、そんな事より手伝わないんならそこに立ってられると邪魔なんだけどさ」
「いや、本当なんだって!ハズミもカナタも信じてってば!」

 階下でリクの不幸っぷりがこんなところでも遺憾なく発揮されている頃、ユイは自室でユウから貰った包みを広げていた。

「何だこれ。花…なのは分かるんだけどさー」

 ユウから贈られたプレゼントは、ユウが描いた絵だった。キャンバスには色々な種類の花が花束として描かれている。花に詳しくないユイにとってしてみれば、綺麗な花の絵としか思えず首を傾げた。絵を贈る事が目的であるただの花束の絵であるならばこんなに雑多なものにならないだろうし、かといって特別な意味があったとしてもユイの知識では読み解くことができない。

「ナナミにでも聞いてみるかな…」

 ユウからのプレゼントを大事に包みに仕舞い直して、ユイは鼻歌を再開した。

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