今日は8月25日。ユウと2人で出掛けた俺の誕生日の翌日だ。毎年この日にとある人物と2人だけで会うのが俺にとっては恒例行事となっている。

「ユイ、おまたせー。待った?」
「んにゃ、そんなに待ってねぇから」
「もう、そこは今来たとこって言いつつ実は1時間くらい待っててくれないと」
「そんなネタ今時流行んねぇっての…」

 待ち合わせにやって来た彼女の名前はナナミ。俺の同い年の従姉だ。彼女の父親と俺の父親が兄弟という繋がりで、彼女の家族は道場を経営している祖父と一緒に暮らしている。家がさほど離れていないという事もあり、祖父の道場に兄弟全員で通っていたというのもあり、俺にとっては同い年であるという事もあり、小さい頃は毎日のように遊んでいた仲だ。

「じゃあ行こっか。いつものとこで良いよね」
「おう、任せる」

 今だって仲が悪い訳じゃない、ナナミもたまに家に遊びに来たりもする。しかし実際問題こうして会おうとして会う機会は年に数えるほどだ。それは会いに行こうと思えばいつでも会える距離に住んでいるのだから物理的な距離の問題じゃない、世の中には物理的な距離を簡単に阻んでくれるものが存在してやがるんだ…。だから1年の中でもこうしてナナミに会える今日は俺にとって特別な日でもあった。
 ファミレスに2人で入りメニューを広げる。そして彼女は毎年のようにこう言うのだ。

「ねぇ、ユイ。今年こそ、この『本日お誕生日の方はお知らせください。店員からのささやかなプレゼントとお祝いを贈らせて頂きます』っていうの声掛けてみない?」
「しねぇっての。ったく、恥ずいだろ。毎年それ聞いてくるくらい気になるんだったら自分の誕生日にやってみればいいだろうが」
「えー、人の誕生日だからこそ見てみたいんでしょー。下手な事されたら他人の振りできるじゃない」

 そう言いながらナナミはパスタセットを、俺はハンバーグセットを店員に注文した。ドリンクバーから飲み物を取ってきて再び席につく。注文が運ばれてくるまでにはまだあるが、一足早く飲み物の入ったグラスをかちんとあわせて乾杯をした。

「ユイ、1日遅れだけど誕生日おめでとう」

 2人きりの誕生日会。これが毎年8月25日に開催される恒例行事だった。俺の誕生日は8月24日だが、ナナミと祝うのは決まってその翌日の25日だ。

「ナナミ。本っ当にミカサには言ってないだろうな、今日のこと」
「もう。大丈夫だって、何でそんなにミカサのこと気にするの?」
「言ってないならいいんだ。……言ってたらここに乗り込んでくるって、絶対」

 当日に祝わないのは、もう1人の従兄、ナナミの兄であるミカサが異常なほどのシスコンであることに理由がある。大事な大事な妹が男と2人で、しかも誕生日を祝うために会っていると知られると、例え相手が血の繋がった従弟だろうと間違いなくミカサに俺が*されるからだ。ナナミにしか興味がないミカサが正直俺の誕生日を知っているのかは疑問だが、ガキの頃からナナミと一緒に笑い合ったというだけで理不尽な鉄拳制裁を浴びせられ続けた身としては、些細だろうが予防線を引いてしまう訳だ。まあ2人で出掛けたと知れるだけで襲撃されるだろうから、些細な工作は意味を成さない気はするが。

「そうそう、ナナミにちょっと見て欲しいもんがあってさ。これなんだけど」
「え、何何?…お花の絵?」
「そ。この花って何か分かるか?」

 俺は昨日ユウから貰った絵をナナミに見せた。花について知識のない俺に代わって、ナナミに見てもらえばこの絵が何を示しているのかが分かるんじゃないかと考えたんだ。俺の誕生日にとわざわざ贈ってくれたユウの意図を知りたかった。

「ちょっと待って。えっと…これはキンセンカでしょ。あとマリーゴールドにオイランソウ、ケイトウ…こっちはトロロアオイに、月下美人もある。ねぇ、これって何の絵なの?」
「キンセンカに、マリーゴールド、オイランソウ、ケイトウ、トロロアオイに月下美人、と。いや、それが知りたくてさ。花の種類も良く分かんねぇから、ナナミに見て貰えりゃ少しは何か分かるかと思って」

 ナナミが言った花の名前を手帳にメモしつつ事情を説明すると、少しの空白を置いてナナミがもしかしてと呟いた。どうやら心当たりがあるらしい。

「ユイ、ご飯食べたら図書館に行こう。調べたい事があるの」



 図書館に着いてナナミが真っ先に向かったのはインターネット端末のあるコーナーだった。検索サイトでさっき言い当てた花について調べるのかと思いきや、ナナミがキーワードとして入力したのは違う言葉だった。

「やっぱり。ユイ、ちょっとこれ見て」
「8月24日…って何で昨日の事調べて」
「そ。これって昨日、つまりユイの誕生日に貰ったんでしょ?描かれてる花が全部8月24日の誕生花なの」

 ナナミがキーワードとして入力したのは『8月24日』と『誕生花』の2つ。沢山のサイトがヒットする中、幾つかを見ていくと確かにさっき聞いた覚えのある花の名前が順に表示されていた。

「全部って…誕生花ってそんなに沢山あるもんなのか?」
「うーん、どちらかというと何が正解かが分からないってところだと思う。ほら、こっちにはキンセンカって書いてあるし、こっちはケイトウって書いてあるじゃない。多分その絵を描いた人は、調べて出てきたものを全部描いたからこういう絵になったんじゃないかしら?」

 つまり、ユウが俺に贈ってくれた絵に描かれている花は全て俺の誕生日を指すもので。意味は単純に『誕生日おめでとう』になる。だが、その種類の多さから非常に手間が掛かっている事は想像に難くなく。テーマは決まっているくせに手当たり次第と手抜きなんかしなかったせいで却って分かりにくいものになっていて、しかしそんなズレ具合が凄くユウらしいと思えて。

「ナナミ、ちぃっとばかし報告があんだけどさ」
「うん、何?」
「……悪ぃ、俺好きな奴できたかもしれねぇ」

 自覚、した。

 認める。認めるよ。多分どこからって始まりはなく、それを語るならきっと最初から。変な奴と思うと同時に、多分凄く気に入ったんだと思う。今も想えばそれだけで、昨日観覧車の中で見た幸せそうに風景を眺める横顔と、後の楽しみにと言ってこのプレゼントをくれた笑顔を、ありありと思い出す事ができる。ナナミに報告する事で、俺の中でやっと覚悟が決まった。俺はユウの事が好きなんだ。……あー、俺今絶対赤くなってるよ。

「何で私に謝るの。好きな人ってきっとその絵をくれた人でしょ、今度紹介してね」
「…だってさ、俺ナナミと結婚するーって言ってただろ、昔」
「あれ、そんな話したっけ?」
「したよ。ほら、幼稚園の頃」
「……ユイ、もしかして律儀に守ろうって思ってた?」
「俺はいつだって本気だっての…」

 本気で想ってなけりゃあ、あの妹馬鹿ミカサに対してトラウマレベルで苦手意識を抱かずにはいられない目には遭ってない。誕生日には会えなくても、翌日に毎年会えるよう画策なんてしない。本当に好きだったんだ……今こうして目の前で大爆笑されてるけどもよ。あー、何で俺が好きになる奴ってこう、人を指して爆笑するような奴ばっかりなんだ…。

「…っは、あー、可笑しかった。じゃあ私はユイに振られた事になるんだ?」
「や、違う。全く違うから。んな危険な発言、ミカサの前では絶・対・に、するなよ?」
「分かってるわよ。もう、何でそんなにミカサと仲が悪いかなぁ」
「向こうがこっちを目の敵にしてるんだろー」

 無事に絵の謎も解決したところで、俺達は図書館を後にした。そこから何処に寄るでもなくぶらぶらと歩き、ナナミの家の近くまで差し掛かったところでここまででいいと制止された。実際ナナミの家まではこの先の角を曲がってと少し歩くのだが、ナナミは俺がミカサと鉢合わせないよう憂慮をしてくれているのだ。…家まで送って一緒にいたのがバレるのと、一緒にいたくせに家まで送らなかったのがバレるのと、一体どちらの方が制裁が酷いのだろうと考えなくもない。
 別れ際、ナナミから差し出された紙袋を受け取る。決して良い匂いはしないが、どうやら食べ物のようだ。

「はい、これ誕生日プレゼント。マドレーヌ焼いたの、自信作なんだから皆で食べてね。ちゃんと7人分あるから」
「おう、サンキュ。アオイも愚弟どもも喜ぶと思うぞー……一部涙を流して」
「感想教えてって伝言もヨロシク。それじゃあユイまたねー」
「おう、またなー」

 手を振りながらナナミの姿が角で消えたのを見送って、俺は踵を返して帰路に着いた。帰り道物思いに耽る。ユウには誕生日プレゼントについて後日感想伝えると言ってある、帰ったら真っ先にメールを送るとして何て伝えよう。そういや愚弟どもには俺とユウとは付き合ってる事になってるんだっけか、嘘から出た真っちゃそうだが実際真になるようにしねぇと。つか真にするにはどうしたらいいんだ?シッポ頭にゃ牽制されてるしテッドには忠告されてるしケイに至っては威嚇されてるし、って敵ばっかかよ。
 方向性は様々なれど、考えるのはユウの事ばかりだった。

「ただいまー」
「あ、ユイおかえりー。……ちなみに今日ってもしかして?」
「…あぁ、これ。今年はマドレーヌだと、ちなみに自信作だそうだ」

 家に帰ると、今日の夕飯当番らしいレンが出迎えた。せっかくだしとナナミの誕生日プレゼントを渡すと、中身を確認している。我が家の兄弟は7人が7人とも8月後半生まれと誕生日が近いせいで、ナナミから貰った誕生日プレゼントは実は俺宛ではなく7人宛だったりする。毎年の事ながら、ナナミが張り切って作ってくれたものでまともに食べられる当たりがあった例がない。

「……期待を裏切らないっぽいね。分かった、責任持って夕飯後に出すから」
「おうー。感想教えてとも言ってたな、頑張れ台所」
「味よりそれが一番困るかもだ……あ、ユイ」
「何だ?」
「……夕飯になったら呼ぶから」
「ああ…」

 レンは一瞬何か言いたげな顔を見せたが、続く言葉は抑え止めたようだ。それ以上呼び止められなかったため、俺は納戸から工具箱を取り出してそのまま自室へと引っ込んだ。

「あ、アオイ、帰ってたのか。ちょうど良いところに、壁に穴開けても良いか?」
「おかえり。壁に穴って、何をするのかにもよるんだが」
「あー…その、何だ。…絵飾る」
「ユウさんからか?それならば構わないだろう」
「……おう」

 何故かアオイに微笑ましげに頷かれて正直居心地が悪いが、というかノータイムで正解を導き出されてるところが何となく納得いかないが、許可も取ったしと壁に釘を打ってユウからの誕生日プレゼントを部屋に飾った。好きな奴から貰ったもんだからこそ大事にするんだよ、証拠をこうやって掲げる事が俺の中での決意表明。それで愚弟どもに何を言われても知るもんか。

「これでよし、っと」
「…不思議な絵だな」
「いいだろ、誕生日プレゼントなんだとさ」

 来年はまた誕生日を一緒に過ごせたら良い。そう思いながら飾った絵の写メと感想をユウへと送信した。

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