うららかな春の放課後……トボトボと肩を落として歩く1人の少年の姿があった。


「ふう…今日はカナタのせいで、朝から酷い目にあったな〜〜〜;;」
自分が寝坊するのがわかっているからこその、目覚ましを止めて全員を道連れにするという確信犯的な犯行…。
「ハズミはまだ朝に強いから良いけど…、ボクは結局エンディングまで一緒に見ちゃったしさー…;
 朝錬に出れなくて、また部長にどやされたし……。」
朝から猛ダッシュは勘弁して欲しいよ…。自分はちゃっかり途中でいなくなっていたし…。
などと、末の弟への文句をブツブツ言いながらの帰宅中。
家まで着いたとき、昨日まで空き家だった隣家の雰囲気が変わっている事に気がついた。
去年の夏頃から建て始め、この春に完成した豪邸は、ようやく念願の住人を迎え入れたらしい。

「あれ?お引越しかな?そういえば、朝ちらっと引越しセンターの車を見たような……。」
あんな高そうな家……どんな人が建てたんだろうと、興味をそそられて通りすがりに中を覗いてみた。






その瞬間、確かに何かが自分の中で音を立てて変わったのを感じた。








その人は、割烹着に三角巾姿で竹箒を持って庭掃除をしていた。
正に理想が服を着て歩いているといった感じの…とても綺麗な女の人で―――。
滑らかそうな白い肌、絹糸のような黒髪、印象的な朱色の瞳…。



自然と高鳴る心臓。


熱くなる頬。






ふと、その綺麗な人と目が合って…。


「……誰?」


問われた落ち着いた声のトーンを聞いた瞬間、堪らなくなって…気がついたら、その場から逃げ出していた。
何か言いたげな視線を背中に感じながら、一目散に自宅に駆け込んだのだ。

誰だったんだろう…。名前とか…年齢とか…っ!
とにかくこんなに気になる人は、小学校の時の担任の先生以来だった。
心の中の嵐を自覚して……多分コレが一目惚れってヤツなんだろうと、気がついた。





「おかえりー。なに?どしたん、そんなに息を切らせて?」
出迎えてくれた兄に、とりあえずは息を整えて、何か隣の事を聞いてないか情報を得ようと思いつく。
「た…ただいまっ! ハ、ハズミ…とな、隣の家…」

「ああ、今朝引っ越して来たみたいだよ〜。カナタも、朝挨拶したような事言ってたし。」

「えぇ!?ボクと一緒に遅刻した筈なのに、いつの間にそんな余裕が…っ!?」

「それが、あの野郎…隣の美人に一目惚れして大告白かましたらしいよー?
 しかもOKもらったとか、夢みたいな事ほざいてんだよね(笑)」
ケラケラ笑いながら末の弟の告白劇を半分冗談と受け止めて、報告をするすぐ上の兄に罪はなかった。



………なかった、が…恋を自覚して、浮かれていた少年を奈落に突き落とすのには充分な一言だった。





「そ…そ…そんなぁ〜〜〜〜;;」

それっきり、うんともすんとも言わなくなって、階段の隅でうずくまってしまったリクに、ハズミははて?と首を傾げる…。
「まさか…ね?」
カナタと同じ人に一目惚れでもしたというんだろうか?
そんないくら五つ子だからって、そんな偶然あるものなのか?
ちょっと考え込んで、とにかく事情を聞こうと弟を揺すっても、すっかり自分の殻に閉じこもってしまって反応がない。
「リク?リ〜〜ク〜〜〜? あ、ダメだこりゃ;;」
とりあえず、時刻はもうすぐ16時…スーパーのタイムサービスの時間が間近に迫っている。
「うーん、ま・・・そのうち復帰するだろうし、タイムサービスは待ってくれないしね。」
今日の目玉商品は1切れ20円の鮭の切り身、家族の多いこの家でも何かと世話になる定番のおかずである。
「レンと手分けして買上げ個数増やさないといけないから、僕は出かけてくるから。
 正気だったら、リクも連れて行きたかったんだけどなー;;」
人数は多いに越した事はない。なんせご近所の奥様方との戦いになるのは必至の商品なのだから。


そうやってハズミが目的の為にリクを置いて出かけてから数時間…。
レンと一緒に買物から戻っても、同じ場所でそのまま蹲っているリクに、本当に何があったんだか?
と思わなくもなかったが、夕飯を作らなくてはいけないのでハズミは敢えて無視する事にした。
「ま、子供じゃないんだし…自分でどうにかするでしょ。」

そうして、あまりにも動かないリクに、他の兄弟も興味を持ち始めた頃に玄関のチャイムが鳴った。





「お忙しい時にすみません、本日隣に越してきた者ですが…。」
扉越しに聞こえた、涼やかな声に反応したのは、さっきまで何も反応しなかったリクだった。
ガバっと立ち上がると、急いで玄関のドアを開ける。
聞き違いでなければ、確かにあの人の声だったと思ったからだ。

そこにいたのはやっぱりさっき見かけた隣の女の人で…三角巾は外して…艶やかな黒髪が向き出しになっていた。
後ろにもう1人、よく似た容貌の黒髪美人が見える。
何も言わず、ジッと見詰めるリクに居心地が悪くなったのか、先に用件を済ましてしまおうと口を開く。

「え…と、隣に越してきたマクドールと申します。
 これからよろしくお願い致します。
 これ…ご挨拶代わりと言ってはなんですが、引越し蕎麦です。よろしかったら、皆さんで召し上がって下さい。」

「あ、これはご丁寧に…!リク、どうしたー?失礼だよっ;;」

間近で声を聞いて、ますます固まったリクに代わって、デュナン家の主夫であるハズミが応対を始めた。

「もう夕飯の仕度も済んでしまっているでしょうから、ご迷惑かとも思ったんですが…。」

「いえ〜。美味しそうですよね、ありがとうございます!うち、兄弟が多いんで助かりますよー。」

「え?そうなんですか?」
と言って、件の美人がキョロキョロと中を見渡す。かなり興味を惹かれたらしく、目視で確認したらしい。
「……5、6…7人兄弟?」
「はい、そうなんですよー。男ばかりでムサイ環境なんですけどね(笑)」
「奇遇ですね。うちも7人兄弟なんですよ。おいおいご挨拶にみえるとは思いますが…。」
ニコニコと擬音が聞こえそうなほど、にこやかな会話が続く。
「あっちにいるのが、長兄のアオイちゃん。奥の方に座ってるのが次男のユイ。あとそこから顔を出しているのが、
 上から順にレン、ナナト、カナタ。 すぐそこで固まっているのがリク。で、僕がハズミと言います。」
よろしく、と差出された右手に快く握手をしかえして、黒髪美人が名乗った。
「僕はユーリグです。後ろにいるのが長兄のユウ兄さん。」
まだまだ続くにこやかな談笑を聞きながら、ようやくリクの思考回路の麻痺も回復してきた。

(そういえば…、カナタとは初対面みたいだ…。じゃ、カナタが恋人になったっていう、美人さんはこの人じゃないんだよね…?)
そこまで考えが至った時に、とっさに体が行動を起こしていた。

目の前の人の側に近寄り、とっさに相手の手を握り締める。
握った手は、心なしか思っていたよりも硬い感じがした。
「え…?何…っ!?」
戸惑っている相手の目を見詰めながら…心を籠めて今の気持ちを伝えた。
他の兄弟にとっては、まさに爆弾発言以外の何モノでもなかったが…。

「す…す…好きです!!!!!ボ、ボク…リクって言います…。お姉さんに一目惚れしました……っ!!」

「………。」

途端、さっきまでにこやかだった相手の態度が急に冷たいものに変わる。
心なしか周囲の気温も少し下がったような気がした…。

「…………離してくれる?」

ニッコリと華が綻ぶ様な笑みを見せているのに、とても怖く感じるのは何故だろう?
それでも、綺麗な笑みに目を離せないでいると…。
握った手を無理矢理払い除けられた。

「いつまで手を握っているんだ!………見てわからないのか?僕は男だ…。」
とても低い声だけに、相手の怒りが手に取るようにわかる…。
「え?え?だって、その格好…。」
「エプロンや割烹着なんて、男でも普通に着るでしょう。そんなに僕が女みたいだって言うつもり…?」
改めて男だと思って相手を見ると…確かに線が細くて華奢な感じはするが……女性じみた印象はなかった。
でも、あの時何か運命的なものを感じたのは確かだった…。
古い流行語で言うなら、まさに『ビビッと来た』のだ。

そして、リクは考えるよりも先に行動するタイプだった。





再びしっかり手を握り締めて、嘘偽りのない自分の本心を打ち明ける。
「男とか女とか…どうでもいいです!あなたが好きです!好きになりました!!
 ……おつきあいを前提に結婚してください!!!」
さっきから感じるプレッシャーに緊張して、何か間違えた気はするが…リクは本気だった。


対して、言われたユーリグの方はその言葉を聞いた途端、さっと青褪めて…思わず実力行使に出ていた。
咄嗟にリクの腹に正拳突きをかましてしまったのだ。
やってから、他所様の息子さんに…しかもご家族の前で、ちょっとしまったかも…とは思ったが、
それよりも自身の身の安全を優先してしまった(笑)

「…………僕はっ…変態は嫌いだ!」
そう吐き捨てると、驚く一同に小さく謝り、後ろにいたユウの手を引き家へと逃げ帰ってしまった。

後に残されたデュナン家の玄関先では、非常に微妙な空気が流れていた…。
「………リク〜〜〜;;お前、アレはまずいよ?すっごく失礼だと思うぞ〜〜;;ボカぁ。」
「…………いたい…」
「そりゃ痛いでしょ、あれだけの鋭い突きをくらったんだから」
「………そうじゃなくて…いや、それもあるんだけど……」
胸を押さえながら、とうとうリクは泣き出した。

一瞬で恋に落ちたけど、本気で好きになっていたんだと……振られた後に気がついた。
後ろで、やいのやいのと騒いでいる兄弟達の声もまったく耳に届いていない様子で……。

「へ〜。僕のカイルさんにあんなご兄弟がいたんですねー。ちょっと怖そうでしたけどー。」
「性格はきつそうでしたけど、綺麗な人でしたねー。」
「リク、お前…恥かしい奴だな〜(笑)」
「って、カナタ、僕のって…あの話眉唾だったんじゃ…っ!?」
「失礼ですねっ!!本当の話ですよー! リクさんと違って僕はきちんとOKして貰えましたvvお隣に越してきたカイルさんは今日から僕の恋人です♪」


また自分の殻に閉じこもってしまったリクを放って、先程目の前で起こった告白劇に色んな意味で騒然となっている。
と、突然リクがすっくと立ち上がって、玄関から出て行ってしまった。
向かった先は隣との敷地の境界線である。


「…っ、ユーリグさん!!!ボク、諦めませんからっ!!!貴方の事が好きだって気持ちに変わりはないです!だから諦めませんーーーーっ!!!」

「うるさい!!!変態っっ!!!!!」

大声でご近所迷惑な事を叫んだリクに、窓が開いてガラス製の灰皿が飛んできた。
すぐ脇を掠めたソレに冷や汗を掻きながらも、それでも顔を出したユーリグに向かって、宣言する。

「好きです、愛してます!!本気の本気です。絶対に諦めませんから!!!」

また物が投げつけられるのを視認したリクは、言いたい事だけ言ってさっさと家に逃げ帰った。
少なくとも隣に住んでいるのだ、まだまだこれからチャンスは出来ると信じて…。
それはもう奇跡に近い確率だったかもしれないけれど。






こうして受難は始まった……。




BACK