買物帰りにふとした思い付きで、いつもと違う帰り道を選んでみた。
夕暮れの薄明かりの中、家々の庭先に咲く花々が目を楽しませてくれている。
この町に越してきたばかりのユーリグには、まだまだ目新しい発見がたくさんある。

今日もそんないつもの…ちょっとした散歩になる筈だった。




「あれ?こんな所に公園があったんだ…。」


前方に、小さな児童公園があった。
子供達の遊び声が風に乗って伝わってくる。

微笑ましい気持ちになって、その横を通り過ぎようとした時に、ふと泣き声が聞こえた気がした。
気になって立ち止まると、子供達の声に混じって…か細い、弱弱しい赤ん坊が泣くような声が確かに聞こえてくる。
誰か兄弟の世話でもしている子がいるのだろうか?
興味をそそられて、見てみるがそれらしい子はいない。


よく目を凝らして見てみると、一人の女の子が黒い小さな何かを手に抱えて声もなく泣いていた。
足元には、「可愛がって下さい」と書かれたダンボール。
しきりにその子は謝っていて、それを周りの友人達が慰めている…。

この時期は捨て猫や捨て犬が急激に増える時期だ。
無責任な飼い主によって、こうやって不幸な犬猫が増えてゆく。
こうして心に傷を負うあの子供も、被害者と言えるだろう。


泣き声の主は、その子が手に抱えた黒い……

「子猫……?」

あのか細い声は、もうかなり弱っている。
早急に手を打たないと、あの小ささでは助からないかもしれない。

そう思うと急に落ちつかなくなって…その子達の元へ行こうと、公園へ足を踏み入れた瞬間。
先に件の子供達に声をかけた人物がいた。

「あれは………。隣の変態じゃないか……?」

気付かれないように、物影に隠れて様子を伺ってみる。
あの出会い以来、ユーリグは彼の事がとにかく苦手だった。





「お前らどうしたんだ?何かあったのか?」

バスケットボールを抱えて、この公園によく来ているらしいリクは、子供たちとも顔見知りのようだった。

「あ!リクにいちゃん!!」
「あのね、学校帰りにここでこの子を拾ったの…!でもね…ママが家じゃ飼えません!また元の場所に置いて来なさいって……。」
「ボク達のママもダメって言ったの!」
「………でも、この子…どんどん元気がなくなってきてるの…。」
「もう遅いし、帰らなくちゃいけないのに…………この子が気になって…。」
「なんで家で飼っちゃダメなのかな……。」

そうやって口々にリクを囲んで、泣きついた子供達にリクも少し泣きたくなった。
各家庭の事情もわかる。一戸建てではなく、集合住宅ならば尚更だ。
心を鬼にして子供にその選択をさせた母親も辛かっただろう。
リクの家だって裕福とはいえない環境で、ペットを飼う余裕なんか殆どない。
でも子供達に手渡された子猫は、確かに手の中で徐々に弱っていくのが感じ取れて…決意した。
「よし、わかった。にいちゃんに任せろ!お前らは遅い時間だから、もう家に帰るんだぞ。」
瞬時にパァッと顔を輝かせた子供達は、口々にリクにお礼を言って、子猫にお別れを言ってから帰って行った。



「さて、と……。」
子供達が帰るのを見送った後、真っ先にリクが取った行動は財布の中身の確認だった。
「給料日後で良かった…。これだけあれば、どうにかなるかな…?」
足りなければツケにしてもらって、乏しい貯金でも下ろして来なければ、と決断して。
「とにかく暖めた方が良さそうだし、狭いけど我慢してくれな?」
と、子猫に声をかけてから、ジャケットの内側に子猫を抱え込んで走り出した。


ユーリグがどこに行くのかと見ていると…少し離れた場所にある動物病院に入って行った。。

『賢明な判断だな…』

変態の癖に…と変な感心をしていると、暫くしてリクが病院から出てきた。
手には子猫はもういない。





**********





「一晩入院して様子見か……。元気になると良いんだけど……。とにかく、里親探しだな、うん。」
ブツブツと独り言を言いながら、頭を抱える。
「あいつらに何て言って説明しよう………。うちエンゲル係数が高いからな〜;;ハズミ辺りが怒りそうだ…。」
兄弟への言い訳を考えながら先程の公園に足を踏み入れると、こちらを見ている人影に気がつく。


「あれは……ユーリグさん!?」
尻尾を振りそうな勢いで、大慌てで大好きなユーリグの元へと駆け出す。

「こんばんは、リク君。」

挨拶をしてもらって、浮かれてしまう。この間の出会い以来、避けられ続けていたから…。
それだけの事が妙に嬉しい。

「こ…こ…こんばんは!!ど、どうしたんですか?こんな所で!」

ちょっとドモリながら尋ねると、ユーリグは少し笑って、さっきの子猫が入っていたダンボールを指差す。
「さっきのね、ちょうど買物帰りに通りがかって、ずっと見てたんだ。優しいんだね、リク君は。」

その笑顔にドキドキしながら、跳ねる心臓を落ち着かせるのに必死になる。
「そんな事ないです…! ただ放っておけなかっただけで…。ずっと見てたって事は、ユーリグさんも気になったんでしょう?」
そう切り返すと、少し目を瞠ったユーリグが、本当に意外だというようにまた微笑んだ。

「あの子猫…どうだったの…?病院に連れて行ったんでしょう?」
「あ、そうなんですよ!とりあえず、母猫から引き離されて大分弱っているから、一晩病院で預かって貰う事になったんです。
今晩がヤマだと先生は言ってました。」
「そう…、かなり小さかったみたいだけど、生後1ヶ月くらいかな?」
「先生もそれくらいだろうって言ってましたけど…。」

会話をしながら、リクは少し疑問に思い始めていた。
引っ越して来てから、あの出会い以来…こんなにフレンドリーに自分と接してくれるユーリグがいただろうか?
いや、ない!
だとするとこの現象は何だ…?何が原因だ…?
考え付く事実は1つだけ…。
「………あの、ユーリグさん?ひょっとして猫がお好きなんですか?」
問うた途端、見る間にユーリグの顔が赤くなった…。
そんな表情も、可愛いと…リクは声もなく悶えてしまう。
幸いな事に今回はそれはユーリグに伝わらなかったようだった…。
ばれていたら、この場で殴られていただろう。

「うん。動物はどの子も可愛いし好きだけど、特に猫が好きなんだ…。」
照れたようにそう話す顔も実に可愛くて……リクは顔がにやけるのを抑えるのが、とにかく大変だった。
「それじゃあ、どなたか知り合いに猫を欲しがっている人とか…心当たりはないですかね?」
「……ううん。残念ながら心当たりはないけど…やっぱり里親を探すの?」
「はい、うちの環境じゃちょっと無理なんで。でも見ちゃった以上は放って置けないですから…(苦笑)」
リクがそう言うと、今度はちょっと難しい顔になった。
何か色々と考え込んでいるようで、今度は話しかけても生返事しか返って来なくなった。

「ユーリグさんも、とにかく遅いですからそろそろ帰りませんか?隣なんですし、送って行きますよ?」
そう尋ねると、ようやく我に返ったようで、小さく謝罪が返って来た。

一緒に数歩並んで歩き出したところで、急に買い忘れた物があるから、とユーリグは買物袋を抱えたまま走って行ってしまった。
走っていく背中を見送りながら、今日という日の幸運を、子猫と子供達に感謝した。
こういった出来事がなければ、自分はまだまだ避け続けられただろう事は、想像に難くないからだ。
「少なくとも、一歩前進したかな…?」


少し浮かれた気持ちで、兄弟達の待つ家へと帰る。
一歩どころか、二歩も三歩も前進していた事にリクが気がつくのは、翌日の事だった。






**********


「ただいまー…?」
そーっと、玄関の扉を開いて、周辺に他の兄弟が居ない事を確認する。
今日買って帰って来た物は、今の段階ではまだ見せてはいけない。
物置に一時的に隠してある。
夕食が終わって、他の兄弟が集まっている時に、それとなく話を切り出して…。
などと、考えていると急に後ろから声が掛かった。
「お帰り、ユーリグ。」
必要以上にビクっとしながら振り返ると、長兄のユウがいた。
「ただいま、ユウ兄さん。遅くなってすみません。すぐにご飯の仕度をしますから…。」
そんなユーリグに少し怪訝な顔をしつつも、何も聞かずに買物袋を持つのを手伝おうとした時に、ユウの目にそれが飛び込んできた。
「……ねずみ…?」
「あ・・・!」
不思議そうに呟く、ユウの声に、慌てていて物置の荷物に隠し損なっていた事に気がついた。
「猫の……おもちゃ…?これ、どうするんだ?」
なんとなく、想像がついたのだろう、ユウの声は少し固い。
ユーリグは元来、隠し事は得意ではない。まして、大好きな兄弟達に嘘をつく事もよしとはしていない…。
「え…と、実は………」
今日有った出来事を簡潔に話すと、少し呆れたように頭を撫でられた。
「相手は生き物だ。きちんと最後まで責任を持って面倒を見るように。」
ふわっと笑って言って貰えた一言に、ようやく安堵した。
「ありがとう、ユウ兄さん。」
「お前やカイル、ルレンは元から動物好きだったし、自分で責任を持って飼育できる年齢になったんだ。良いと思う。」
「ロウウさんとか、アレルギーを持っている人もいるから、反対されるかと思っていました。」
本当に嬉しくて、笑いながらそう告げると、ユウも笑いながら「問題ない」と言ってくれた。
「猫がいれば、逆に喜ぶ奴の方が多いから。皆にはきちんと自分で話すように。」
協力的な兄に嬉しくなって、思わず抱きついていた。
「ありがとう、きちんと最期まで面倒を見ますね。」
「うん、ユーリグなら大丈夫だろう。」
ユウにギュッと抱き返してもらって、くすぐったい様な嬉しさを感じる。

他の兄弟も、きっとわかってくれる。
明日にも、かわいい家族が増える事になるだろう。



その日の夕飯時、マクドール家にいつになく、嬉しげな複数の声が響いた。






**********



翌日、動物病院に子猫を迎えに行くと、意外な人物が病院の前でリクの事を待っていた。
手にはキャリーバッグを抱えている。
「こんにちは。」
「ユーリグさん、こんにちは。どうしたんですか、それ?」
ユーリグが手に持っている、キャリーバッグを指差しながら、尋ねると。
「………昨日からずっと考えてたんだ。子猫の里親…僕がなったら迷惑かな?」
「え?」
「…その。他の兄弟にも相談したし、OKも貰った。加えて家は一戸建てで、動物を飼う環境も大丈夫だと思う。」
どうかな?と小首を傾げて見上げられれば、その視線だけでノックアウト寸前になったリクには、正に渡りに船な状況で。
一も二もなく飛びついた。
「助かります!……でも本当に良いんですか?」
そう問いかけると、ふわっと笑って告げられた。
「うん、良いんだ。 あの時、通りがかったのも何かの縁だし。新しい家族が増える事を、皆喜んでくれたから。」
その笑顔に見惚れながら病院に一緒に入り、里親だという事で、先生から詳しい経過や子猫の扱い方の説明を受けてから病院を後にした。




幸せそうに子猫を抱いて歩くユーリグに、こんな一面もあるんだと、微笑ましい気持ちになりながら、一緒に並んで歩ける事で自分もかなり幸せな事に改めて気がついた。

「そういえば、その子の名前は決めたんですか?」

そう問いかけると、幸せそうな笑顔で「ううん」と返事が返って来る。
「そうだな、拾い主なんだし…リク君が付けてくれる?名付け親って事で(笑)」
笑顔に見惚れて、聞き逃しそうになったが責任重大な事を任命された。
「え?良いんですか? ボクあまりセンスないですけど…;;」
冷や汗を掻きながら申告すると、それでもいいと言う。


「うーん;; そうですね・・・女の子だって事だし、マオってどうでしょう?」
考え抜いて出た名前は、意味に気付く人間が聞いたら、ひねりも何もない名前だった。
「マオ?可愛い名前だね。センスがないって言ったけど、大丈夫じゃないか。」
単純に可愛い名前だと喜ばれて、つい種明かしをしてしまう。
「そうですか?中国語で猫って意味の…そのまんまの名前なんですけど…?」
「へー、そうなんだ。でも可愛い名前だよね。ありがとう!君は今日からマオだよ?」
胸に抱いた子猫に、ニッコリ笑って話かけている、その姿が嬉しくて…。
普段より、柔らかい雰囲気を醸し出している想い人の姿に、ついつい本音が出てしまった。




「……こうしてると、子供ができたばかりの若夫婦って感じですよねー(ニヘ)」





その瞬間、猫を抱えたままユーリグが固まった。
リクはまだ気付いていない。


「ボク、こういうの夢だったんですよねー…。将来は子供は沢山欲しいですv可愛い女の子も欲しいですけど、元気が良い男の子も捨て難いです!
………………できれば、相手は……その…ユーリグさんが…良いんですけど(照)」




そう言って振り向くと、見えたのは靴先のアップだった。

「うわっ!?」
目の端を掠めていく、渾身の蹴りに冷や汗を掻きながら、なぜいきなり攻撃をされたのかを考える。


「君は…、また僕を女扱いするわけ?優しい所もあるんだと、これでも少しは見直したんだけど…。
結局はただの変態だったんだね…。」



「え?そんなつもりで言ったんじゃなかったんですけどっ…!?」
慌てて取り繕っても、言った言葉はもう戻らない。

「じゃあ、どういうつもりで言ったの? 男の僕に子供が産めるとでも?
……………ふざけるな(怒)」

自分が言った言葉は確かに、そういった類のものに受け取れて…、他に言い訳が思いつかなかった。
何も言えずにいると、さらに怒りが深まったようで…。

「暫く、家にも僕にも近付かないで。」
そう宣言された。

怒りを顕わに歩いていくユーリグを、止める事ができなかった。
調子に乗って、相手を不用意に傷つけてしまった事実に、ただただ後悔の念が沸いて来る。





「謝って……許してもらえるかなぁ…。」





暫くの間、デュナン家ではじめじめと落ち込む五男の姿が見られたという。









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消化不良感がありますが、とりあえずこんな感じになりました。

好感度が上がっても、今回の場合3歩進んで2歩下がるといった感じですね!
でも、マイナスじゃなくなりましたから、リクにはこれから頑張って一歩ずつ進ませたいと思います;




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