怒涛の隣家への挨拶から、明けて一夜。
昼になって引越しの作業も落ち着き、ユーリグは一人で食材の買出しの為に近所のスーパーへと出かけた。
GWも半ばとあって、平日だというのに特売品を買い求める家族連れで賑わっている。



「………はぁ;;」
自然と出る溜息。
今日の晩御飯の材料を選びながら、ユーリグの気分は下降の一途を辿っていた。
兄弟達との希望に満ちた新生活、これからというその時に…越した先の隣人の1人が男が好きな変態だったとは…。
7人兄弟らしいが、変なのは…あの、リクとかいう奴だけなのだろうか。
憂鬱で仕方がない。
今日は忘れかけていた嫌な奴が、嫌な記憶と共に夢に出てきた。
『…………最悪だ。』
あんな事がなければ、暫くは思い出さずに済んだに違いないのに…。


自分達兄弟はとにかく、似ている。
一目惚れをしたなどと、ふざけた事を言ったあの変態が、他の兄弟に目をつけないという保障は一切ない。
自分はともかく他の兄弟に何かあったら、亡くなった母親や、あの家を建て、快く送り出してくれた父親にも申し開きがたたない。
これからは気を引き締めていかないと、と決意を新たにする。



「…それにしても。」
頑丈な奴だったな…。
あの時、とっさに手加減なしで一撃を入れたのに、数分後には走る事が出来るまでに回復していた。
それとも…あの後、倒れたりしたんだろうか…。
そういえば、他のご家族には悪い事をしてしまった…。
これからご近所づきあいをしていくうえで、かなりまずいのではないだろうか。

「後できちんと謝っておかないと…。」
他のご家族には非はないのだから。


そんな事をつらつらと考えながら、兄弟へのお土産にしようと、製菓コーナーのお饅頭売り場に寄った時だった。

「「「あ。」」」

さっきまで思い悩んでいた、件の隣家の兄弟にバッタリ再会した。



昨日、直接挨拶したハズミがいる事に安堵して、とにかく謝ってしまおうと頭を下げる。
「あ…あの…昨日は…本当に失礼しました…。」
例の変態がいないのには安堵したが、どこからか来るかもしれない…。
何とはなしに、周囲を警戒しながらの謝罪になった。

「いえ…こちらこそ。うちの愚弟が本当にごめ…失礼な事をしまして…;;」
何か怯えた表情をされているような気がしないでもないが、そう言ってくれたハズミに少しホッとする。
隣に居る子に目を向けるとニッコリ笑って、挨拶をしてくれた。
「挨拶がまだでしたよね?僕は三男のレンと言います。」
よろしくと差出された右手に握手をしながら、自分も名を名乗り、気になっていた事を聞いてみる。

「それで…あの…弟さんは…あの後……大丈夫だったんでしょうか?
 僕…その、恥ずかしながら思い切り殴りつけてしまいまして…。怪我とか…、具合が悪くなったなんて事はありませんでしたか…?」

「いいえ〜。大丈夫でしたよ! 頂いたお蕎麦もぺロッと食べてましたし!
 そういえばあのお蕎麦、凄く美味しかったです!どこで買ったんですか?」
「あれは…うちの実家のお手伝いさんが、手打ちした蕎麦なんです。」
「へ〜〜〜!!凄いですねー!!」
「手打ち…ですか?料理が得意な方なんですねー。」
母とも慕う青年が、誉められるのがなんとなく嬉しくなり、少しずつ緊張も解けていく。
それは彼等も一緒だったようで、ようやく和やかなムードになって来た。

「今日は食材の買出しですか?」
ユーリグの押しているカートには、大量の食材が積まれている。
「ええ。うちも大所帯なんで、ある程度は冷蔵庫に入れておきたくて…。」
(とは言っても、大半はクラハ兄さん1人で食べるんだろうけど…。それは言わなくてもいい事だし。)
「やっぱり人数いると、ほぼ毎日のように買出しになっちゃいますよねー;」
「少しでも食費を浮かすのに、特売品狙いが多いしね。仕方がないよ。」
「ああ。確かにそれはありますよね。毎日のように目玉品があるわけですし。」
まだ十代の少年達なのに、主婦のような会話が続いているが本人達は至って真面目である。

「そういえば、そんなに沢山1人で持って帰るんですか?他のご兄弟は?」
和やかな主婦トークが続いていたが、ふとレンがそんな疑問を口にした。
「買出しに来たのは僕だけです。他の者は片付けがまだ途中だったものですから…。これくらいなら多分持って帰れますし。」
「え!?でも結構な量だし、家まで距離もありますよ!?」
それに対してハズミが慌てている。
「ハズミ。僕達の買物はこれで終わるよね?半分持ってあげようよ。」
レンの提案に今度はユーリグが慌てる番だった。
「え?そんな、悪いですよ! 僕なら大丈夫ですから。」
「ああ、いえいえ。それが一番良いでしょう?家も隣なんですし。」
レンの提案に、あっさり乗ったハズミが結論付けたのを機に、恐縮しつつもお土産を選んでレジへと向かった。



たわいのない世間話をしながら、3人で帰途につく。
『本当に良い人達だな…。』
色々な心遣いを嬉しく思いながら、改めて昨日の自分の所業が恥かしくなってきた。
何かお礼やお詫びをしたいと考えた所で、2人と出会った場所が製菓コーナーだったのを思い出す。

「皆さんは甘い物がお好きなんですか?」
「うちはなんでも好きですよ〜。殆ど好き嫌いなんてないですね。」
な?と、ハズミがレンに向き直って頷き合っている。
「甘い物はうちの兄弟達は人並みに好きですよ。僕とハズミは作るのも好きですし」
うんうんと頷いて、そのままどのお菓子が好きかのお菓子談義が兄弟の間で続くのを、微笑ましく見守っていると、いつの間にか自宅前に到着していた。
丁重に2人にお礼を言ってから別れると、家庭菜園を作るべく庭先で奮闘していた兄のクラハが出迎えてくれる。

「ユーリグお帰り。そんなに沢山、1人で大変だったろう?」
「ただいま帰りました。クラハ兄さんこそ精が出ますね(笑) 
 実は…偶然会った隣の家の方が、運ぶのを手伝ってくれたんです。」
優しい良い人たちみたいですよ?と笑って言うと、クラハも笑いながら頷いて、荷物を半分台所まで受け持ってくれた。






************



「さて…」
居間でお土産のお饅頭に舌鼓をうつ兄弟の会話を聞きながら、買って来た食材を手際よく冷蔵庫に収めていく。
さっきリサーチしたお隣情報だと、焼き菓子系が特に好きらしい。
今ある材料で、すぐに出来るものといったら…。
「クッキーかマドレーヌかな…。」
今から作れば夕飯の時間までには出来上がるはず。
「そうだ、晩御飯の仕込みもしなくちゃ…。」
頭の中でブツブツと行動計画を練りながら、手先だけ器用に動かしていった。



夕飯の仕度も無事に済み、焼きあがったマドレーヌを見ながら、ユーリグは少し困ってしまった。
お隣のご家族にお詫びしたい気持ちがあって、お菓子を作ったは良いが…あの変態とまた鉢合わせになったらどうしよう…?
そう考えが至った時に、途方にくれてしまったのだ。

どうにか上手くかわす方法はないだろうかと、思案したものの…お隣の電話番号もメアドも知らない自分には、当たって砕ける方法しかなかった。
会いたくない人物は1人、確率は7分の1。
運を天に任せて、突入あるのみだろう。
あの変態がいれば、渡してすぐに帰って来れば良いだけの話だ。

そう決心して、マドレーヌを盛った皿を抱えて、深呼吸を1つ。
戦場へ赴くような気持ちで、お隣へと出かけていった。
ユーリグ手製のマドレーヌに舌鼓をうっていた他の兄弟が、悲壮そうなユーリグの様子に不思議そうな顔をしていた。



周りを伺いながら、隣家のチャイムを鳴らすと出迎えてくれたのはハズミだった。
「あれ?どうしたんですか?何か困り事でも起きました?」
きょとりと首を傾げてこちらを伺うハズミに、例の変態がいなかった事に幸運を感じながら手の中のお皿を見せる。
「え…と、昨日は本当にすみませんでした。これ、よろしければ皆さんで召し上がって下さい。」
美味しそうなマドレーヌに目を奪われていたハズミはそれを聞いて慌てだす。
「え??さっきも言いましたけど、元はと言えばうちのリクがセクハラまがいの行為をしたのが原因なんですし、
 そんなに気にしないでくださいよー;;」
「ええ、でも大騒ぎをしてしまいましたし。
 これは彼ではなく、ご家族の皆さんへのお詫びなんです。さっきの荷物を運んでいただいたお礼も兼ねてしまっていますけど。」
ニッコリ笑いながらそう告げると、ハズミも苦笑しながら受け取ってくれた。
「ありがとうございます。それじゃあ遠慮なくご馳走になりますね!」
「良かった…。」
受け取って貰えた事に安堵しつつ、これだけは言っておかなければと口を開く。
「あ、後…失礼を承知のお願いなんですが…。この事は弟さんには黙っていて頂きたいんです。」
かなり無理なお願いをしているなという自覚はあった。
でもこの事をあの変態が知ったら、また家まで押しかけてきそうで嫌だったのだ。
「え?でも…リクも…その凄く喜ぶと思うんですけど…?」
「…申し訳ないですけど、それだからこそなんです…。」
本当に申し訳なさそうに告げられると、昨日の騒ぎを思い出したのか、ハズミはそれ以上何も言えなくなってしまったようだった。
「それじゃあ、僕はこれで。他の皆さんにもよろしくお伝え下さい。」
ぺこりと1つお辞儀をすると、ユーリグは隣家を後にする。

残されたのは、実に微妙な表情をしたハズミだけだった。
手には美味しそうなマドレーヌ。ホカホカとまだ暖かいところを見ると、何も言っていなかったがひょっとしたら手作りなのかもしれない。
「…どうしよう、これ。なんて言って他の奴等に説明しよう…。」
特にリク…。
一目惚れした相手からの手作りのお菓子だなんてアイツが知ったら、ユーリグさんの言う通り、絶対昨日みたいに壊れて暴走しそうだし…。
ハズミが思い悩んでいる所に、長男のアオイが帰宅した。
「ただいま…?どうした…?」
「お帰りアオイちゃん…。 うん、ちょっとこれをどう説明するかで悩んでて…。」
そう言われて、不思議そうに皿を覗き込むアオイを見ていて、ふと思いついた。
「そっか!! アオイちゃん!!! これ、かくかくしかじかでお隣さんから頂いたんだけど、協力してもらえる!?」
突然叫んだ弟にビックリしながらも、悪い事じゃないのなら、と条件をつけて頷いてくれた。




**********


「ただいまー。あ〜、お腹空いたー!今日の晩御飯なにー?」
リクが部活帰りでへとへとになりながら帰宅すると、テーブルの上には一個だけ残ったマドレーヌ。
「ハズミー?このお菓子食べて良いんだよね?」
他の兄弟に取られないように、手に持って台所に移動して、料理中のハズミに声をかけるとOKの返事が聞こえた。
「お帰り、リク。他の連中はあらかた食ったから、それはお前の分な。
 アオイちゃんがファンから貰ったお菓子だそうだから、味わって食う事!」
晩飯はもうちょっとでできるからと付け加えて、中華鍋と格闘中だったハズミは手元の作業に集中する。
「はいよ。ん・・・美味しいね、これ♪手作りかな? アオイ兄も本当にもてるよねー。」
一口食べて感想を漏らすと、本当に微妙な表情でこちらを見るハズミの視線と目が合った。
何か、哀れむ者を見るような…、同情されているような…?
「……何?ボク、何か変な事言った?」
「ん…なんでもない。 それよか、食べ終わったら風呂でも入って来いな、汗臭いし。」
その言葉に自分の体臭のせいだったのかと納得して、残りのマドレーヌを頬張ると、慌てて脱衣所に向かう。




残されたのは非常に居たたまれない…罪悪感を覚えているハズミと、事情を知っている数少ない兄弟であるレンだけ。



「知らぬが仏ってのは、こういう事を言うのかな…。」
ぽそっと呟いたレンの言葉が、妙に部屋に響いた気がした。






END








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