この町に引っ越して来てから、明日で六日目。
最初は色々とゴタゴタもあったけれども、新しい家に帰って来る事が自然と馴染んで来た気がする。
他の兄弟達も同じだったようで、だんだんこの家でリラックスできるようになって来たらしい。
少しでも居心地が良い様に気を配っている身としては、とても嬉しい傾向だった。
「夕飯が出来ましたよ。」
リビングでテレビを見ながら、談笑している兄弟へダイニングから声を掛ける。
「もうお腹ペコペコだよ。」
「私もだ。」
ケイとクラハがお腹をさすりながら、ダイニングに入ってくる。
「時間がかかってすみませんでした。カイルさん、ご飯をよそってもらえるかな?」
そんな2人にクスクス笑いながら小さく謝罪し、カイルに手伝いをお願いする。
「はい。」
と少し微笑んで、カイルが慣れた手つきで各兄弟の茶碗にご飯を盛り付けてくれる。
「ユウ兄さんは…またアトリエかな?ヒロさん、悪いけど呼んで来てもらえます?
放って置くと、ご飯を食べる事を忘れちゃいそうですから。」
「はーい。」
パタパタと2階へと走っていく末っ子を眺めながら、自分はお味噌汁を人数分よそいだす。
次男のルレンはバイトで不在の為、これでユウが揃えば食事を開始できる。
お腹が空いたと言っていたクラハとケイも、他の兄弟が揃うのをきちんと待っている。
ユーリグはこの兄弟思いの兄弟達が大好きだった。
――――時に、我を忘れてしまうほどに…。
2〜3分経った頃に、ユウとヒロが揃ってダイニングに入ってきた。
「待たせてすまない。」
デッサン中だったのか少し木炭の付いた顔を緩ませながら、ユウが軽く謝罪をする。
「ヒロさんありがとう、お疲れ様。それじゃあ、食事にしましょう?」
ニッコリ笑って自分の席に座ると、ユウが見計らったように、号令を掛ける。
「頂きます。」
「「「「「頂きます。」」」」」
そうして、楽しい夕食の一時が始まった。
もう食事も終盤に差し掛かった頃、ふと思い出して明日の兄弟の予定を聞いてみた。
「そういえば明日の日曜日は、皆何か予定はあるの?」
「まだ特には決めていないな…。」
と、ユウ。
「私は庭の菜園に新しく買って来た苗を植えてみようと思っている。」
と、クラハ。
「僕は午前中は部活。新入生が入ってきて忙しい時期だし。」
とヒロが嬉しそうにそういうのを微笑んで頷く。
「それじゃあ、お弁当は作った方が良いですか?」
「お昼までには戻れるから大丈夫だよ。」
そうなんだ、と1つ頷いて他の兄弟に視線を向けると。
「僕は…そうだな、ユーリグはどうするの?」
逆にケイに問い返されて、どうするつもりだったかを逡巡してみる。
「えーと…。近くのスーパーが午前中限定の特売をするって情報なので、買出しにいくつもりですけど…。
その後は特に予定は決めてないです。」
そう言った瞬間にケイがキラッと目を輝かせた。
「それじゃあ、僕も一緒に行くよ!近くのお店のお饅頭をリサーチしたいし!」
「そうですか?じゃあ、荷物持ちを半分お願いしますね。」
「うん、任されたよ。」
そうしてケイと大体の出かける時間などを決めていると、おずおずとカイルが予定を話し始めた。
「僕は…お隣のカナタ…君と…少し出かけて来ます。」
何を言われたのか一瞬理解できなかった。
それほどに想像もつかない名前が出てきたからだ。
ケイが当然の疑問をカイルに投げかける。
「お隣のカナタ君…?僕はまだ会った事はないけど、いつからそんなに仲が良くなったの?」
その場にいた全員がそう思っていたからだろう、次に続くだろうカイルの言葉をじっと待った。
カイルは少し赤くなりながら、言うべきか言わざるべきか悩んでいるみたいで、その様子にユーリグは少し嫌な予感を覚えた。
「実は……引越し当日に…告白?されて……お付合いしてるんです……。」
「「「「「えっ!?」」」」」
暫くして立ち直った兄弟は、当然の如くカイルを質問攻めにした。
「本当にカナタ君の事が好きなの?また流されてるだけじゃなくて?」
「カナタ君って、どんな子だったっけ…?」
「良くはわからないが…好きあってるんだな?」
「カイルもそんな歳になったんだな…。」
そんな中、ユーリグは1人腸が煮えくり返る思いで自分を責めていた。
(やっぱり、…あの変態1人だけじゃなかった……っ!!!!!そんな一瞬の隙を突かれていたなんて……っ!!!!
なんであの時、先にカイルさんを家に入れなかったんだろう…!!その場に自分がいたら、そんな変態なんて近付けさせなかったのにっ!!!)
それでもカイルが笑っていたので、食事中はなんとか堪えたのだ。
自分のように嫌な目に遭ってないのなら…と。
我慢の限界が来たのは、夕飯の後片付けの洗い物をしている時だった。
ふと、洗い桶の中の包丁が目に入ったのだ。
それまで心の中で叫んでいた、不安や不満が一気に爆発したのが自分でもわかった。
包丁を隠し持って、兄弟に黙ってそうっと家を出た。
*************
「る〜〜v 明日はカイルさんとデートです〜v 何を着て行きましょう〜〜〜♪」
浮かれて自分とハズミの服を物色するカナタを、リクは渋い顔で見詰めていた。
「あ、これなんか良さげですね〜v あー!これからの僕の人生はバラ色ですvv」
カナタが手に持っている自分の服を眺めながら、なんでこんな惚気なんか聞いていなくちゃならないんだろうとだんだん腹がたって来た。
「……明日雨が降れば良いのに(ボソッ)」
小声で言ったのに、どうやら聞こえたらしい。
「リクさん…。自分がプロポーズに失敗して、恋人が出来なかったからって…男の嫉妬は醜いですよ?」
チッチッチと目の前で指を振りながら、にやけた顔でそう嗜める弟に、一瞬殴ってやろうかと身構えた時だった。
ピンポーンと、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい?こんな時間に誰だろうねー?」
返事をしながら、下の階でハズミが玄関先に向かうのを聞きながらさっきの続きをしてやろうとカナタに向かいかけた時に、慌てるハズミの声とドタドタと凄い剣幕の足音が階段を上がって、近付いて来た。
「なんですか?ハズミさん〜〜?」
ヒョコっと部屋からカナタが顔を出す…。
リクも不思議に思いカナタと共に廊下を覗くと、そこには自分の好きな人が、凶悪な雰囲気を醸し出して立っていた。
まず最初に視線をリクに寄こし、その次にカナタへと向ける。
レンやナナトも何事かと、部屋から顔を出している。
一通り顔を確認したユーリグが、獲物を狙い定めるような瞳でカナタを睨みすえた。
「……君が…カナタ君、だよね?」
凄まれたカナタも、他の兄弟もまるで蛇に睨まれた蛙の様に動けないでいる。
それだけの覇気が、今ユーリグから醸し出されていた。
「は…はいいい。そ、そそそそうです。」
ドモリながらも何とか返事をしたカナタに、ユーリグが笑った。
見惚れるような笑みではなく、ひたすら怖い笑い方だったが…。
全員がその様子に、さらに体を固くしていると、ユーリグはツカツカとカナタに詰め寄り、一瞬で壁にカナタの体を押さえつけてしまった。
「え?えぇぇ;; あの、僕なにかしましたかー;;??」
パニックになりながらも、状況を説明して欲しいとユーリグに視線を向けたカナタだったが、すぐに後悔した。
「………よくもうちのカイルさんに手を出してくれましたね?」
顔は笑っているが、目が笑っていない。この状況から、ユーリグが2人のお付合いに大反対だという事が理解できた。
「………あの子は、本当に優しい子で…あまり人に否と言えない性格をしているんですよ。
無理強いした………なんて事はないですよね…?」
「yes」と言ったら、別れさせてやると無言で語っている気がした。
多少強引にOKの返事を貰ったカナタとしては、冷や汗ものである。
「いいえ!…真剣に告白して、ちゃんと考えた上でお返事を貰いましたーーーっ;;」
その言葉に、小さく舌打ちしたのが確かにカナタの耳に聞こえた。
「……それじゃあ仕方がないですね。納得できかねませんが、2人のお付合いは認めましょう。」
これで解放されるかと、カナタが喜んだ瞬間。
ドス――ッ、と何かが左頬の脇を掠めて壁に突き刺さった。
周りからは、リクを始め兄弟達の押し殺した悲鳴が聞こえた。
カナタが恐る恐る、そちらに視線を向けると、きらりと輝く包丁の刃が見えた。
「…ヒッ;;ぼ、暴力反対ですーーーっ;;僕を刺しても良い事は何もないですよーーっ!?」
思わず、素で反論したカナタに、本当に綺麗な笑みでユーリグが答えた。
リクなんかは一瞬恐怖も忘れて、つい見惚れてしまったくらいだ。
「そうでもないですよ? カイルさんを狙う害虫が一人減るんですから、僕の前科の1つや2つは良いんです。」
言われたカナタは、ガタガタ震えだした。
ナナトなんかは、既に泣きそうな顔になっている。
「…………まあ、冗談ですけど?家族が泣きますし。」
『いいえ、瞳が真剣でした。』
ユーリグを除く、この場にいた全員が心の中でそう反論した。
「とにかくカナタ君に、僕からの忠告があります。心して聞いてくださいね?」
脅し以外の何物でもないセリフに、カナタはただコクコクと頷くしか出来なかった。
「あの子を悲しませて泣かせたり、無体な事や非常識な事を強要したりした場合は、僕が黙っていないですから。
その時は指の一本や二本、詰める覚悟でいて下さいね?」
「は、はいっっ!!!全力で幸せにしますっっ!!!!」
思わず直立不動で、返事をしてしまっている。
「僕も全力でカイルさんを守らせて頂きますけどね?節度のあるお付合いをお願いします。」
暗に、絶対に邪魔してやると宣言されたカナタは、それでも顔の真横にある包丁が怖くてそれ以上は反論できなかった。
「う…これからよろしくお願いします…。」
「ええ、こちらこそ。」
(出来れば短い付合いである事を願いますけどね。)
内心思った事は顔には出さずに、壁に刺さった包丁を抜くと、後ろで硬直していた他の兄弟に声を掛ける。
「お騒がせしてすみませんでした。壁の修理代は、僕個人に請求してください。
ああ、それからうちの家人に手を出す気ならば…まず僕を倒す覚悟で臨んで下さい。」
それでは、と一礼して去って行くユーリグを見送って、玄関が閉まった音がした瞬間に、ようやく張り詰めた空気が緩んだ。
「はぁぁぁ〜〜〜〜怖かった、怖かったよ〜〜〜っ;;」
「ハズミさんなんか、まだ良いじゃないですかっ!!僕なんて直接脅されたんですよ!?
軽く命の危機だった気がしますよっ!?」
「いや、自業自得だし。それだけ軽口叩けるようになってるなら大丈夫だよ。ナナト、大丈夫?顔が物凄く青いけど…。」
「………。」
フルフルと首を振るナナトに、よしよしと頭を撫でて落ち着かせてやりながら、レンはリクを見た。
好きだと告白した相手の、こんな怖い一面を見せられて流石に幻滅したのでは?と思ったのだ。
ショックを受けてるようなら面倒だけど慰めてやろうと、顔を向けて後悔した。
「ユーリグさんって……かっこいい……そんな一面も素敵だ……。」
どこかポーっとした顔で、末期な事を呟いていた。
『リクってMだったんだろうか……。』
そんなリクの様子に、他の兄弟の中で五男に対する新たな疑惑が生まれた。
暫くして、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
全員がギクリとして振り返ると、ユイが風呂上りの格好で怪訝そうにこちらを伺っている。
「お前等、そんな所で何やってるんだ?」
一瞬、何も知らないユイが羨ましく思えた。
思わず顔を見合わせて、さらにややこしい事になりそうだから、今の事は言わずにおこうと、5人の中で結論付けられた。
「なんでもないよー。」
「そうそう、明日の予定を話し合ってただけ、ね?」
「そうだ、ユイ。明日僕と買出し当番だからね?逃げないでよ?」
レンのその言葉に、一瞬嫌そうな顔をしたユイだったが、カナタの後ろの壁の傷に気が付いた。
「なんでもないって、この壁の傷はどうした?」
「あ〜〜、それは〜〜〜〜;;」
ふと、まだちょっとボーっとしているリクがカナタの視界に映った。
「それは、リクさんがちょっとふざけてて〜〜;; 間違ってナイフで傷をつけちゃったんです!!」
「え?ボク・・・??」
「リク、お前…刃物なんかで遊んでんじゃねぇよ、情けない奴だな…」
ボーっと立ってるリクに軽く蹴りを入れながらも、隔離部屋の3人のやる事だからと、妙に納得してしまったのか…
「ちゃんと修理しとけよー?」
と捨て置いて、面倒な事はこれ以上はごめんだとばかりにユイは部屋に入って行った。
「僕は明日もバイトだから、そろそろお風呂に入って寝るか…。」
「そういや僕も洗い物が途中だったっけ…。」
「ハズミ、僕手伝うよ;; まだちょっと1人になりたくないもん。レンもお風呂に行っちゃうし。」
「僕も明日は寝坊したくないんで準備が終わったらすぐに寝ます〜〜。」
「え?あれ??」
「「「「って事で修理よろしくね、リク(さん)」」」」
ポンっと肩を叩かれて、ようやく現状を理解した。
「え!?この場合、諸悪の根源のカナタが直すんじゃないのっ!?」
「だって、さっきユイさんにリクさんの仕業って言っちゃいましたし、リクさんその時に反論しなかったじゃないですか。」
にやりと笑ってカナタに言われて、むっとしつつも反論しようとした時。
「それに好きな人のフォローを人知れずしておくのも、好感度アップに繋がりますよ?」
「え?そ、そうなの…?そうなのかぁ…。」
そんな会話を後ろに聞きつつ、下の階へと移動する。
「リクは騙されてるけどさぁ…。」
「うん、人知れずじゃダメだよね。肝心の相手に絶対に伝わらないし。」
ハズミとレンが溜息をつきながら、頷いていると
「それにしても、あんなに怖い所があったなんて…。リクはユーリグさんのどこを好きになったのかな…。」
ぽそっとナナトが呟いた。
思わず先ほど浮かんだ疑惑が頭に浮かぶ。
……が、誰も口にしようとは思わなかった。
「それにしても、アオイちゃん遅いねー;」
「そ、そうだねバイト長引いてるのかな;;」
「じゃあ、お風呂に入ってくる。」
ごまかすように、それぞれが予定の行動をとるべく散っていった。
**********
そっと家に入ると、ちょうどリビングから出てきたカイルと目が合った。
「あれ?ユーリグさん、出かけていたんですか?」
「ええ、ちょっと…お隣まで。」
ニッコリ笑ってそう告げると、カイルが小首を傾げてこちらを見ている。
「お隣のカナタ君に、カイルさんをよろしくとお願いしに行って来たんです。」
正確には脅しに行っていたのだが、内容は概ね間違ってない筈だ。
言われた途端、ボッと顔を赤くしたカイルを見て、ユーリグも絶対に守りたいと決意を新たにする。
『あの家の変態度合いが2人だけとは限らないですし、できるだけ油断しないように気を引き締めていかないと…』
この日から、過剰なまでに兄弟への動向を見守るようになったユーリグだった。
リクが廊下で、先ほどの壁の刃物傷をある程度パテで埋め、予備の壁紙を用意していると、早々に布団に入ったカナタが魘されているのが聞こえてきた。
「う…うぅ〜〜〜〜ん;;カイルさん…泣かな…いで…くださ〜〜い;; ユーリ…グさんが…………指じゃなくて首を〜…僕の首を狙って〜〜〜っ;;」
やはり先ほどの出来事がよほど怖かったのだろう。
正直、自分だって怖かった。
「どうやらバラ色の人生じゃなくて、苦難の人生の始まりだったみたいだねー…。」
少し同情して呟いてみたが、この言葉を他の兄弟が聞いていたら、即座に「お前もだよ」と突っ込んでくれただろう。
この日からデュナン家では、怒らせたくない人ベスト3に変動があった。
ゲンカク祖父ちゃん、ミカサを抜かしてユーリグが一気に1位に躍り出たのである。
普段とのギャップがある分、よほど恐ろしかったのだろう。
END
ごめんなさい、調子こきました……orz
特にカナタ君……ごめん…;;
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