朝起きて、一番にする事。
居間に飾ってある、亡き母の写真にコップいっぱいのお水と花を一輪飾る。中学の頃から続けている大切な朝の日課だ。
庭の花壇から手折ってきたり、時には道端に生えている野花を飾る時もある。
ただ一年に一度、必ずこの日は決まって白いカーネーションを飾る。
花瓶もいつもよりも大き目のものに変えて…。そうすると夕方には7本に増えている。


5月第二日曜日。いわゆる母の日。




花を飾って写真を眺めていると、幼い時に母が作ってくれたプリンの味を思い出した。
幼なすぎて作り方を覚えていないのが悔やまれるくらい美味しかった…と、記憶している。
そのため記憶を思い返しながら作ってみても、必ず味の再現に失敗するのだ。

「母の日ですし…今年も挑戦してみましょうか…。」
成功したらお供えしてみるのも良いかもしれない。



今ある手持ちの材料を思い浮かべて、店が開いたら足りない材料を買出しに出ようと計画を立てた。







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台所に立ち込める、バニラの甘い香り。
所狭しと並べられる大量のプリン型。

その前で打ちひしがれるユーリグ…。

もはや毎年恒例となっているその光景に、マクドール家の兄弟は母の日だと実感する。
やはり…というか、今年も母のプリンの味の再現に失敗したらしい。
試しに出来上がったプリンを食べてみても普通に美味しくて、どの辺が失敗しているのかが全くわからない。
ただ、やはりあの時の思い出の味と少し違う…ような気はするのだ。


「あの、ユーリグさん?プリンはとても美味しいですよ。」
そこまで落ち込まなくても良いのでは?
とカイルが声を掛けるが、菓子職人を目指すユーリグは思い出の味の再現も出来ない自分にますます落ち込むだけだった。

「毎回、少しずつ違うレシピを試しているんですけど…何が違うんでしょうね…。」
プリンを前に悩むユーリグを見て、出来上がったプリンを他の兄弟と食べ始めていたルレンがふと思いついた。
「ハズミやレンにも相談してみたら?ユーリグやカイルの知らないレシピを知っているかもしれないよ?」

それは考えなかったわけでもない。ただ、レシピを訊ねるとなると…隣に出向かなくてはいけないわけで…。
そうすると当然、あの…うっとうしいくらい懐いてくる隣家の5男にも会わなくてはいけなくなる…。
でも、手持ちのレシピを全て試して手詰まりとなった現状では、少しでも可能性があるなら試してみたいのも確かで…。

「……そうですね。これだけ作ったんですし、お隣に差し入れがてら相談してみます。」
背に腹はかえられないと、腹を括った。



**********


「………と、言うわけなんですけど。食べてみて何か思いつく事ってありますか?」
プリンを頬張る、隣のハズミとレンを前に神妙な面持ちで答えを待つ。
「おいしいですよ、これ! うーん、でもユーリグさんの知らないプリンのレシピですか…?」
そんなのってあるんだろうかと、ハズミとレンは顔を見合わせる。
「…参考までに今回のも含めて過去に試したプリンのレシピがこれなんですけど。」
そう言って、レポート風に纏まった紙の束を2人に渡す。

レシピという言葉にハズミが目を輝かせて受け取り、嬉しそうに読み始めた。。
レンもそれを覗き込みながら、だんだん難しい顔になる。
「・・・これ、殆どやりつくしちゃってません?」
「これ以外となると、抹茶とか味付きくらいしか思いつきませんけど。」
「確かにカスタード味だったんですよ。」
「じゃあ、あとは材料の分量の違いですかね?」
「素材の違いもあるかもしれないですよ。」
「やっぱりそうなんでしょうか…。」
3人で唸っていると、ユーリグの来訪にそわそわしながらプリンのご相伴に預かっていたリクがぽそっと呟いた。
「塩プリン…」
「え?」
「ユーリグさん、塩プリンって知ってます?」
「僕知ってますー。確か地方特産品もありますよねー?」
さらに同じ部屋にいたカナタが話の輪に加わってくる。
「そう、その塩プリン。僕のバイト先の店長の趣味でたまに特産品を店に置くんですけど、味見させてもらったのが凄く甘くて美味しかったんです。」
「塩なのに甘いの!?」
「塩が甘みを引き立てるんだそうですよー?だから塩は控えめに入れるそうです。」
ノートパソコンを操作しながら、カナタが答える。
「検索出ました、これが塩プリンのレシピです。」
その声にその場にいた全員がカナタのパソコン画面に釘付けになる。
「なるほど・・・本当に塩は少しだけ入れるんですね。」
そう言ったきり、顎に手をやって少し考え込む仕草をするとユーリグはおもむろに立ち上がった。

「カナタ君、このレシピを印刷してもらって良いですか?物は試しですし、早速作ってみたいんです。」
「あ、はい。ちょっと待ってください。」
印刷されたレシピを受け取り、なんだかウキウキしてきたユーリグは、本当に意識する事なく微笑んでいた。
普段ならデュナン家兄弟の前では、決して見せない心からの満面の笑みだった。
その表情を見てしまったその場にいた全員が、思わず顔を赤くして固まっている。

「ありがとう、おかげで可能性が出てきました。うまくできたら、また差し入れに来ますね。」
早く塩プリンを作ってみたいユーリグは、油断しきっているのかそんなリクたちの様子には気付いていない。
「あ、いえ…お役に立てたみたいで良かったです。」
「それじゃあ失礼します。また後ほどお伺いしますから。」
レシピを手に慌しく帰って行ったユーリグを見送って、ハズミはその場にヘナヘナと座り込んだ。


「び・・・びっくりした〜〜〜///」
「ユーリグさんのあんな表情、初めて見ました。」
「いや〜〜〜/// やっぱりカイルさんのご兄弟だけあって、笑うと破壊力がありますね〜。
 良いもの見れましたね、リクさん!」
「………っ///」
声もなく座り込んでいるリクに、カナタが背中をバシバシと叩きながら顔を覗き込むと……





「ぎゃーーーっ!リクさんが大変ですーーーーーっ!!」
「リク!!鼻血・・・っ!?」
「鼻血もだけど、笑いながら気絶してるよ…っ!!??」

至近距離で見た、想い人の心からの笑顔は、凶器に近かったようだ。




**********




数時間後、そんなデュナン家での騒動を想像もしていないユーリグは、ようやく塩プリンを完成させて試食に辿り着き歓喜に震えていた。

「この味!この味です…っ!やった!ようやくできました!!!」
その声に他の兄弟も集まってくる。
「できたのか?」
「へー、塩プリン…?」
完成したばかりのプリンとレシピを見比べながら覗き込んでいる兄弟に、嬉しさのあまり少し涙を浮かべながらユーリグは試食を勧めてみた。
「僕の記憶違いでなければこの味です。兄さん達も食べてみて下さい。」
うんと1つ頷いて、プリンとスプーンを受け取るとそれぞれに口にする。

「ああ…。」
「うん。」
「懐かしい味だな。」


「お母さんのプリンの味だ…」

ポソっと呟いたヒロの言葉に、なんともいえない達成感がユーリグの中で広がった。



「……リク君達に感謝しなくちゃですね…。」
レシピを眺めながらそう呟くと、隣家の友人達に心からの感謝の念を送った。
彼らから「塩プリン」を教えて貰えなかったら、自分は未だにこの母の味に辿り着けなかっただろうから。






**********


ユーリグが完成報告を兼ねて塩プリンを携え隣を訪ねると、功労者のリクの姿が居間になかった。
不思議に思い訊ねると、急に熱が出て休んでいるという事だった。

「リク君にも先程のお礼を言いたかったんですけど…。」
具合が悪いのならば起こすわけにはいかない。プリンだけ渡して、早々に隣家を後にする事にした。



下から聞こえてくるユーリグの暇乞いの声を、リクの看病をしながら聞いていたカナタは本当に残念そうに溜息を吐いた。
「リクさんって本当に間が悪いですよね〜…。
 あれは相当感謝している感じでしたし、ここで謙遜の1つもしてみせれば株もかなり回復したでしょうに…。」
次に会った時に、また何か失敗をやらかせば…元の木阿弥になってしまうかもしれない。
顔を真っ赤にして寝込んでいるリクの、ぬるくなった額のタオルを換えてやりながらふと思った。
「笑顔1つでここまで消耗するなんて、どこまでへたれなんでしょうかねぇ…?」
この分じゃ先は相当長いですよ?
と、呪うように紡がれたカナタの言葉に反して、リクがその時見ていた夢だけは幸せなものだったらしい。







END




母の日話です。
時期的に2年目かな…?
…落ちてない…な。うん…orz
ただプリンに情熱を傾けるユーリグを書いてみたかったんです(笑)

ちなみに裏設定として、母親がプリンを作ったときの「偶然の産物」だった為、ユーリグにレシピを説明できなかったうえに
それをごまかし続けていたという設定があります…(笑)






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