今日の6限目は古典。
淡々と読み上げられる文章と午後のぽかぽか陽気はアオイを心地の良い眠りへと誘う。

寝ぼけ頭のアオイは気を紛らわそうと外に目をやった。窓越しに見えるグランウンドでは体育の授業の生徒がサッカーをしている。

どうやら弟達のクラスのようだ。赤と白のゼッケンをつけた生徒達がコートの中を駆け回っている。

なかなかペースが掴めないのかコートの中を右往左往するカナタ。大丈夫かと見つめていると、その後ろでハズミが真っ直ぐに走り出した。ボールを転がすナナトは目で合図するとハズミに向かって蹴り上げる。それを受けたハズミはゴール近くのレンにロングパス。レンはチャンスと言わんばかりのタイミングでシュートを決めた。キーパーのリクが悔しそうに地面にへたばる。

レンはアオイの視線に気付いていたのか、点が入るとこちら向かって大きく手を振る。次々と弟達がやってきて、こちらに手を振った。

弟達の活躍に気分を良くしたアオイは小さく手を振り返すと、その背中を見送った。

「・・・・デュナン君、虫でも飛んでいるのかな?」

一瞬、凍り付いた様な気配を感じると横には教師が立っている。

「・・・・弟想いなのもいいけれど、今は授業中ですからね。後で職員室に来なさい?」

「・・・・はい」



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「・・・さてと」

職員室で仕事を手伝わされ、気がつけば時刻は18時を指している。

(微妙だな・・・)

今日の仕事は19時から。一度家に帰って食事をするにも今からでは少し余裕がない。今日はハズミ特製デミグラスハンバーグだというのに・・・。
兄弟みんな食べ盛り、もちろん食事は争奪戦だ。ましてや食事を済ませて帰るとなれば他の兄弟達がそれを見逃さないだろう。いつもならそれも仕方ないと思うのだが、好物が出るとなれば次の日にでも食べたい。もちろん残っていればの話なのだが・・・・。

とりあえずハズミに

『今日は夕飯は外で済ませます。できればハンバーグを残しておいて下さい。』

と願いも込めてメールを送るとアオイは学校近くの食堂で夕飯を済ませてからスタジオに向かうことにした。

「お待ちどうさまです」

注文したラーメンがカウンターテーブルに置かれた。広がる白い湯気が食欲をそそる。

ここの食堂は学校が近いこともあって値段もお手頃、ボリューム満点、そして何よりこのアットホームな雰囲気が多くの学生に愛されている店だ。もちろんアオイもときどきお世話になっている。

早速食べようと割り箸を構えると

「お客様、ラーメンは酢を入れるとまたひと味違いますよ。一度で二度楽しんでみてください」

声がしてふと目が合うとニコリとほほ笑む店員。その顔はどこかで見たことがある。

「あ・・・・もしかして、お隣りサン?」

「ああ、ココで働いていてな」

間違いなくそれは、名前はうろ覚えだが(たしかクラハさんだったと思う・・・)先日越して来た隣りの住民だった。

「また会うと思うが、よろしくな」

「・・・・いえ、こちらこそよろしくおねがいします」

とりあえず軽く挨拶を交わすとクラハは奥に下がって行った。酢を加えたラーメンは思いの他美味しくて、くせになる味だった。



―――――――――――



「はーい撮影お疲れ様〜!皆さんスゴく良かったです!!再来月発売のベリーローズに掲載されるからよろしくおねがいしますねv」

2日連続の撮影も無事終了し、仕事を終えたモデル達は次々とスタジオを後にする。

アオイも学生服に着替え、なんとなくそのまま帰るのも悪いと思い、後片付けをしているスタッフを手伝ってからフロアを出る。

ドアの前に立つと丁度良くエレベーターが降りてきてそれに乗り込む。

ドアが閉まろうとした時、ふと向こうから人影が見えて、アオイは「開」ボタンを押した。

ドアが開いて見えたのは見たことのある姿。
そう、今日食堂で会ったばかりの隣人だ。



思わぬ場所での再会。そう、このフロアは昨日今日と撮影で貸し切っている為関係者以外は入れないハズだ。しかし、スタッフの中にもその姿があった記憶はない。

隣人はエレベーターの中に体を滑りこませると、クルリとドアの方向に向きを変える。

「仕事・・・・ですか?」

「・・・ああ、そうだが?」

思わずアオイが投げ掛けると隣人は当然といった様に答えた。

(しかし、スタッフの中にもいなかったとなると・・・・)

その時、ふと目が合った。強く深い紅。姿は違えど、それはあの目に間違いなかった。

「まさか・・・・ハルカさん・・・!」

「ああ、そうだ。・・・気付いてなかったのか?」

アオイが小さく頷くとクラハは〈しまった〉といったように目線を逸す。

「てっきり気付いていたのかと・・・・まぁ、仕方ない・・」

クラハはそう零すと目線を戻し、言葉を続けた。

「・・・・そこで頼みがあるんだが、私が〈男〉だということは内密にしてくれないか?」

「え・・・?」

「一応、〈男〉ということは公表していなくてな。まぁ隠す必要があるのかは別として、社長に性別のことは秘密にしておけと言われてな」

「・・・・別に構わないです。言うつもりもないですし・・・」

「・・・すまんな。私はクラハ。クラハでいい。改めてよろしく。でもお隣りサンもモデルだったとはな。世間は狭いもんだ」

クラハはそう言って微笑んだ。それはさっきまでのモデルの顔とは違う、自然体の中に、どこかあどけなさも混じった優しい表情。アオイもそれに安心して表情を和らげる。

「あ、オレはアオイです。・・・何と言うか、モデルの姿の時は凄く〈プロ〉の雰囲気が出てて、オレ、圧倒されました・・・・。イメージ全然違いますね・・・」

「プロ?いや、そんな大層なモンじゃないぞ。ただ、違う世界を自分なりに楽しんでる。それだけだ。楽しむといっても、もちろん仕事だから真面目にやるがな」

そう答えるクラハの真っ直ぐな目は今までに出会ったことのない眩しさの様にも感じる。

「そうだ。礼と言っては何だが、今度、食事でも行かないか?旨いモノおごるぞ?それに、話もしてみたいと思っていたからな」

「・・・ハイ。」

気付けばアオイはアッサリ返事をしていた。<この人のことをもっと知りたい>そんな気持ちが大きくなっていたから。

「では、アオイの都合に合わせよう。今度の休みでどうだ?コースは私に任せてくれ」

「・・・・はい。よろしくお願いします」



真夜中のエレベーター、2人きりの秘密の約束。



さて、なんとかかんとかデート(?)の約束を交わした2人だが、その先は2人にもわからない・・・どうなることやら(だってクラハさんチョイスですからね!)

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