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チュンチュン 暖かい日差しと柔らかに揺れる木々。鳥の歌声が心地よい休日の朝。 「ん・・・・」 窓から差し込む光にヒロは目を覚ました。 時計は予定より早くを指している。いつもならここで二度寝をするのだが、今日はなんだか寝るのも勿体ない気分だ。この時間ならおそらく兄が食事の支度をしてるだろう。着替えて部屋を出る。 廊下の窓からは穏やかな光が溢れ、ヒロはそれに吸い寄せられるように外を見た。 上を見ると眩しい朝日に彩られた淡く透き通るような空。 その下には隣の庭が見える。 (あ・・・・・) 先日傘を借してくれた子だ。名前は、確か・・・ナナト。もちろんこちらの視線に気付くはずもない。 バットを構え、素振りを繰り返す。繰り返しては、その振りを確認し、再び素振りを続ける。その真っ直ぐな目差しの中に彼の野球に対する情熱を感じた。 ヒロは隣りの庭に小さくほほ笑むと、台所へ向かった。 木漏れ日の差すリビング。 温かい紅茶と甘く香る焼き菓子。 弾む会話にこぼれる笑顔。 そんな楽しい時間を家族と過ごした後、ヒロは自室へ戻った。 部屋に入るとまずは椅子に深く腰をかける。 デスクの上には先日借りた本が山積みになっており、読み掛けのひとつを広げる。字を追うごとに自らの意識は本の中に引き込まれる。それはまるで手の上の空間旅行。ひたすら時間を忘れ、本の世界を漂う。ヒロは家族と過ごす時間と同じくらいに本を読むのが好きだった。 もうどのくらいが経ったであろう、時間も忘れ読書に没頭していたヒロは最後の本を閉じる。 ザーザー 耳に飛び込む打ち付けるような音。 気がつけば窓の外は土砂降りになっていた。 本をデスクの上へ戻すと紺色の傘が目に入る。 (傘・・・・借りたままだけど大丈夫かな) すぐに返すつもりがなかなか機会が合わず、すでに一週間が経とうとしていた。<いつでも良い>とは言われていたものの、流石に申し訳ない。 (明日、返しに行こう) ヒロは読み終えた本と傘を手提げに入れ、ベッドの横に置いた。 一晩明けた空は眩しいくらいに快晴だった。吹き抜ける風が肌に心地良い。 ヒロはまずお隣りに寄って傘を返すことにした。 「あ、ヒロさんこんにちは〜☆」 玄関から出てきたのは末っ子のカナタ。 「あ〜すみません・・・今日はナナトさん出てこれないんですよ〜」 「え?」 「今、風邪で寝込んでるんです」 ヒロは思わず手提げから傘を出して見せる。 「も、もしかして僕がこの傘を借りたから、濡れちゃったの?」 「いえいえ、そうじゃないですよ!」 事情を聞くと、あのヒドイ雨の中出かけ風邪をひいたという。(雨合羽を着ていたらしいけれど)仕方なくヒロはカナタに傘を預け図書館に向かった。 (・・・・それにしても、どうしてあんな雨の中出かけたんだろう・・・・・) 図書館からの帰り道、路面に残る水溜まりを避けながらヒロはふと思った。 (あんなにヒドい雨の中出かけるなんてよっぽどの事が無いとしないよね・・・・) 大通りを抜け、道なりに歩くと住宅地への入口がある。 「待って!!行っちゃダメ!!」 誰かの声がしてヒロは顔をあげた。 ――――――――――― ピピピッ ナナトは寝返りをうつと、体温計を確認した。 (37度5分か・・・・) ずっと眠っていたので大分マシにはなったが、フワフワと宙に浮かぶ様な感覚が抜けない。窓から差し込む日差しが少しだけ眩しい。ホント良い天気だ。 (結句見つからなかったなぁ・・・・) 回る意識の中で、昨日の記憶が蘇る。 住宅地の入口近くにある小さな公園。時々ナナトはこの近くに住む少年のキャッチボールに付き合っている。 「あのね、今日はお兄ちゃんのボールでキャッチボールしたいな!」 「ボールって、コレのこと?」 「うん!」 ナナトがポケットから取り出したのは、少年にも何度か見せたことのある古びた野球ボール。それは父親が自分のために買ってくれたもので、野球を始めたきっかけでもあった。今は使っていないが、ナナトはお守り代わりにいつも大事に持ち歩いていた。 「だめ?」 「・・・いいよ。でも大事なボールだから、なくさないでね」 ナナトは少し考えたがこの公園の広さだし、ましてや少年の投げられる距離もそんなに長くはない。なくすこともないだろうと思っていた。 ・・・・が 「いくよ!!」 少年がボールを投げる。 ナナトが手を伸ばそうとしたその瞬間・・・・・ 「わうっ!!」 目の前を仰ぐふさふさ毛むくじゃら。もうそれしか言い様が無い。もう一度言うが、ふさふさ毛むくじゃらだ。 ナイスプレーといわんばかりの見事なジャンプ、キャッチ、着地。続けてタン・タンとステップを踏んで大きく地面を蹴り上げる。 いきなりの状況を飲み込めずワンテンポ遅れてそれが犬だと認識した時にはもう姿は無かった。慌てて後を追ったが、すでに追いつけない程の距離まで離されている。 「どっ、どうしよう」 泣き出しそうな少年を残して追いかけることはできなかった。ナナトは少年の小さな肩を抱き「大丈夫大丈夫」とあやすように繰り返した。 空は灰がかかった雲が渦を巻き始めている。雨になるのも時間の問題だろう。 「大丈夫だよ。ホラ、雨も降りそうだし帰ろうか」 結局ナナトは少年を家に送り届け、土砂降りの中再びボールを探すことになった。 ・・・・・その結果がコレだ。 ガチャ 丁度回想が終った所で扉が開いた。 「ナナトさんナナトさん!ご飯ですよ!!」 「あ、・・・カナタ」 カナタはドアを開けるとナナトの枕元におにぎりとお茶の乗ったお盆を置いた。 「作ったのはハズミさんですけどね。今日はみんな用事があって出かけちゃってるんですよ」 「・・・そうなんだ。」 「あ!そうだ!ナナトさんに渡すものがあるんです」 カナタはクルリとまた部屋を出ると再び戻って来た。 「少し前なんですけど、お隣りのヒロさんがナナトさんの傘を返しにきましたよ!いつの間に貸したんです??早速アプローチですか!ナナトさんもなかなかやりますね!!」 「・・・カナタじゃないし・・・アプローチって・・・」 「まー、とにかく返しましたよ!僕もこれからちょっと出かけるんで一人で留守番ヨロシクですよ〜!!」 カナタは折畳みカサを置くと足取り軽く部屋を出た。おそらくお隣りのカイルさんの所に行くのだろう。何かやらかさないと良いけれど・・・。 ナナトはもう一つ溜め息を吐くと瞼を閉じた。 ――――――――――― 「・・・・・!?」 「わふっ!」 ヒロの目の前にいたのは毛並みの良い大きな犬だった。薄茶色のシッポが左右に揺れている。 「わうっわうっ!」 「・・・・え?くれるの?」 犬は嬉しそうに咥えていたモノを足下に置いた。拾ったそれは古い野球ボール。 「ハァっ・はあっ・・・・・ボール!」 その後ろから小学校低学年位だろうか?男の子が駆け寄ってくる。 「これは、キミの?」 問い掛けに少年は首を横に振った。息も切れ切れで肩が揺れている。 「?・・・どうしたのかな?話できる?」 ヒロはそっと少年の背中を撫でた。少年は安心したように息を整え話し始める。 「それ・・・・お兄ちゃんのとっても大事なボールなんだ。きのう、ボクのせいでその犬にボール取られちゃって・・・・」 「・・・うん」 「・・・探そうとしたんだけど、昨日は<雨が降りそうだから帰ろう>って、お兄ちゃんが家まで送ってくれて・・・どうしても見つけなきゃならなくて、今日探しに来たんだ」 「そうなんだ・・・じゃあ早く返してあげないとね」 渡そうと差し出した指の間から赤いサインペンの文字が見えた。見たことのあるカタカナ3文字。 <・・・・・これ> 「お兄ちゃんって五つ子じゃない?」 「うん。ナナトお兄ちゃんは五つ子の4番目。ここからは少し遠いお家に住んでる。どうして知ってるの?」 頻繁に見る名前ではないが一応確認の意味も込めて少年に聞くと思った答えが返ってきた。流石に五つ子なんてめったにいないし、お隣りの彼に間違いないだろう。 「僕はヒロ。ナナトお兄ちゃんの隣りの家に住んでるんだ」 「・・・あ!知ってるよ!前にお隣りにたくさん引っ越して来たって言ってた」 「そうだよ。君の家はこの近くなの?」 「うん。あっち」 少年は公園の向こうを指指した。道並びに何件か家が見える。公園からは割りと近そうだが、ナナトの家とは反対方向。確かにここからは少し離れているし、少年の足では遠く感じるのも仕方ない。 「それなら、僕がナナトお兄ちゃんにボールを返しておくよ。まずは君を家まで送ろうか」 「うん。」 ――――――――――― ピンポーン (アレ・・・他に誰かいなかったっけ?) ピーンポーン (そうだ・・・・みんないないんだっけ) 二度目のチャイムでナナトは家に一人だったことを思い出す。軽く気怠さが残る体を起こし、玄関へ向う。 「・・・はぁーい」 寝起きのかすれた声が静かに響く。特に何か来るとも聞いて無かったけれど。カナタか頼んだ怪しげな通信販売かなんかだろうか。 (・・・・!) 「あれ?誰もいないの?・・・ごめんね、具合悪いのに」 「・・・え、あ、いえ、だ、大分良くなりましたから」 扉の向こうの来客にナナトの声がどもる。お隣りのヒロである。こんな時に何の用だろう??傘も返してもらったし全く見当も付かない。 「でも良かった。直接渡したかったから」 ヒロはスッと腕をナナトの前に差し出した。その手には、昨日自分が探していたモノが握られている。 「・・・・このボール、ナナト君のだよね?」 ナナトはブンブンと首を大きく縦に振った。 「あっ、あ、あ・・・ありがとうございます!!」 嬉しくて嬉しくて泣きそうになるのを押さえる。 「でもどうしてこのボールを?」 「帰りに公園の前を通ったら男の子がこのボールを探していてね。話を聞いたらナナト君のボールだって言うから届けに来たんだ。」 「・・・そうなんですか。実は昨日、キャッチボールをしてて犬に取られちゃったんです」 「うん、犬が咥えてたよ。僕は届けただけだからお礼はあの子に言ってあげて」 「あ、はい。後で伝えます。あの、わざわざ届けてくれてありがとうございました」 ナナトは深く頭を下げた。 「・・・手、痛そうだね・・・」 受け取ろうとしたナナトの手はそこら中に豆があり、いくつか潰れて血の塊になっている。今はそれほど痛くはないがお世辞にも綺麗な手とは言えない。 「あ、いや、ちょっとボロボロですけど、今はそんなに痛くないですよ!えと、すみません・・・」 「どうしてあやまるの?頑張ってる手じゃない」 ヒロはそっとナナトの手を取りボールを乗せた。繋る手から伝わる体温。 「ナナト君が、頑張ってるの知ってるよ。この前素振りの練習してたよね?」 ヒロはニコりと笑う。 「あ、は・・・はい」 ナナトはそう返事するのが精一杯だった。元々目立つ方でもないし、特に取り柄もない自分にそんな言葉をくれるなんて思わなかったから。 「それじゃあまたね」 「あ、ありがとうございました」 ヒロの背中を見送り、ナナトはボールをじっと見つめる。笑顔とか、触れた手の感触が離れない。ふと顔を上げた途端、体温が急に上がって、耳元で鼓動が聞こえた。嬉しいと恥ずかしいが混ざりあったような不安定な気分。 (・・・・なんだろう僕、変かも) また熱をぶり返したのだろうか。 (取りあえず、寝よう) それが下がらぬ熱だと気付くのはもう少し先のこと。 |