「こんばんはー」
「あれ、ユーリグさん!こんばんは〜、どうしたんですか?」

 夕飯の片付けも終わり、一休みしようかと、ハズミが伸びをした所に訪ねて来たのは、お隣歴一週間程のユーリグだった。
 ユーリグとは共に七人兄弟4男・台所担当ということもあってか、引越し以来、顔を合わせては何かとよく話をしていた。
「昼間のクッキー、ごちそうさまでした。美味しかったです」
「え、あ、わざわざそれを!?いいえ、あの、作りすぎたものだったんで、こちらこそ申し訳な……」
 そこまで言った所で、ハズミはユーリグの後ろにもう一人、隠れるように立っているのに気が付いた。

 ……件の「歌姫」である。昼間と違い、大きなビン底メガネをかけてはいるが間違いない。

 ハズミは、特に体の大きな方ではない。が、改めて向かい合った「歌姫」は更に小柄だった。
「あ……あの、その子」
「僕もですけど、『兄』がね?お礼がしたいって言ってまして」
「……………あに?」
「はい。……ほら、ご挨拶しましょう?」

 ユーリグが背後の歌姫……「兄」に、優しく――どちらかといえば弟や妹にするように、声をかけてハズミの前に押しやる。

「こ……こんばんは………る……ルレン、て、いいます……」
 押し出された歌姫は囁くような声で言うと、ゆっくり、深くお辞儀をしてみせた。
「僕のすぐ上の兄です」
「……ぅえええぇッ!?男!?と、年上ッ!?」
 ようやく硬直状態から抜けたハズミは、ひっくり返った声を上げて眼前の歌姫――ルレンを凝視する。
「っ!?」
  ハズミの声とリアクションに驚いたルレンは、びくりと肩を震わせ、思わずユーリグの肩口にしがみついた。
 すると、ユーリグはハズミの両頬を手でわしっ!と掴んで無理矢理自分の方に向ける。
「兄はね、人見知り激しい上に恥ずかしがりなんですよ。……その辺、よろしくお願いしますね?」
 ……満面の笑顔なのに、後ろに般若面が見えるのはなんでなんだろう…
 背中を冷や汗が伝うのを感じながら、ハズミははいと答えることしかできなかった。
「ご、ごめんなさい……あんまり小さ……いやいや可愛い……じゃなくて、小柄で……年下かな、と思っちゃったんです……」
「………うん……よく言われる……ます」
 必死に弁明するハズミに、ルレンはふるると小さな頭を横に振った。
「あ、結局僕のが年下なんですから、フツーにしゃべって下さいね?……ハズミっていいます。よろしくお願いしますね」
 まだ少し脅えた感のあるルレンに、ハズミは出来うる限りの柔らかい笑みを浮かべ、ついと右手を差し出す。

――瞬間、ユーリグの周りの空気が硬くなるのがわかった。

 えッ、握手ダメ!?ダメなの!?
と、ハズミが内心泣きそうになりながら、手を戻そうとした時。
「……ょ、よろしく……ハズミ」
 ルレンが、小さな両の手でハズミの手を握りかえした。途端に、ユーリグも元の優しい空気を取り戻す。
――嫌がらなければOK、ってコトなのかな……
こっそり安堵のため息をついたハズミの鼻先に、今度はなにやら小さな瓶が突き出された。
「……あのね、ジャム、きらいかなあ……これ……」
ルレンが差し出したそれは、銀の箔押しでロゴが描かれた、高級ブランドのラベルがついた物だった。
「うわ、これすっごい美味しいけどすっごい高いやつですよね!?」
「た、高いのもあるけど……これは、普通の………クッキー、美味しかった…し、引越しの挨拶……まだ、だったし……」
「いいんですか!?ありがとうございます!!」
 おずおずと差し出された瓶を、ハズミはにこにこしながら受け取った。
「……それじゃ……お、おやすみなさい……」
 無事にジャムが受け取られたのを確認すると、ルレンはもう一度その場で頭を下げる。
 そしてそのまま踵を返し、走って隣家に戻って行ってしまった。
「夜分に騒がせてすみませんでした。……それじゃ」
 それをハズミと共に見送ったユーリグは、にこりと微笑むと優雅に体を翻す。
「おやすみなさい」

 ぱたん。

 言葉と共に、玄関の扉が閉まった。

――次の瞬間だった。

「誰ですか今の子はー!!」

 ぱぐあッ!!

 末弟・カナタの駆け寄りざまのニードロップが、ハズミの後頭部にキレイにめり込んだ。
「なんとなくねー。兄を差し置いて弟がイチャついてるとムカつきますよねー?」
「お前は兄貴ったって年一緒だからいいだろ。俺は正真正銘兄だから尚ムカつくんだよ」
 声もなく崩れ落ちたハズミに容赦なくスタンピングをかますのは、三男・レンと次男のユイである。
「小動物だったな、あれは」
「いやいや、人間だったってば……でもちっちゃかったよねー。中学生かな」
 少し離れた所では、長男・アオイと六男・ナナトが、それぞれ感想を述べていた。
「あんな子初めて見ましたー!もうお隣越してきて一週間も経つのに!!」
 げしげしげし。
「その初めて見る顔が、なんでハズミ名指しで挨拶来るわけ?」
 げしげしげし。
「しかもなんだ土産つき?どんなワイロ送ったんだ あァ?」
 げしげしげし。

「……やかまし――ッ!!いつまでも蹴ってんじゃねェよ三人で!!」
『うるさいこのむっつりスケベ。』
 ニードロップのダメージから回復したハズミが叫んで飛び起きるが、兄弟達も負けじと一斉にツッコむ。
「よぅしわかった!お前ら明日は飯も弁当もいらねェんだな!?」
「ぎゃー!!四男横暴ですー!!」
「お前それ位しか取り柄ねェんだから働けよ!!」
「……僕は別に自分でやるからいいんだけど」

……尚、この兄弟ゲンカは30分程続き、長男の介入により終結する。

「……風呂入る前でよかった……あれ?」
 他の兄弟が自室へ戻っていく中、五男・リクだけが階段の脇に蹲っていた。
「リク、どしたん?ハラでも痛い……」
「……だい」
「は?」
「ハズミ!この頭頂戴!!ユーリグさんがわしづかみしたこの頭――!!」
 突如、リクはハズミの頭をホールドしにかかった。
「ふぎゃー!!あッ、いたいいたいマジ痛い!!はーなーせー!!」
「あんな……あんな両手でッ、近距離で!!僕明日からハズミになる!!うわ〜ん!!」
「アホー!!だったら整形でも行けアホー!!」

「……相変わらずですねぇあの二人は」
 そんな階下の騒ぎを、カナタはこっそりと眺めながらため息をついていた。
「……ユーリグさんが牽制してたので、あんまりよくは撮れませんでしたけど」
 と、カナタが携帯電話の液晶に目をやると…そこには先刻のルレンの姿が写し出されていた。
「メガネと距離あったせいで、イマイチなんですけど……」
 液晶を眺め、カナタが難しげに眉を寄せた。

「……なぁんか見たことある気がするんですよね、この子」

++了++


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