壁の花、という言葉がある。

 パーティー等で、特に相手もなく壁際に佇んでいる人間を表すものだ。

 今のリクはまさに「壁の花」だった。……とりあえず。

 ソファーでは、カイルとユウを相手に、なにやら熱弁を振るうカナタにユイがツッコミをいれている。
 ローテーブルでは、レンとハズミが「雪○大福は洋菓子か和菓子か」でもめているのを、横でケイとルレンがけらけら笑って見ている。

 その向こうでは、アオイやナナト、クラハにヒロが、なにやら本を広げて話し込んでいた。

「完ッ全に出遅れたなァ……はぁ」

 なんとなく形が出来上がっている所に入っていくのは、非常にしんどいうえ勇気が要る。
 兄弟達はともかくとして、リクはまだマクドール家の人間と、マトモに会話したことがない。
 ユーリグには、話したと言うより一方的に宣誓しただけだし、ユウが来た時には五人まとめてだったので、あまり会話をしたという感覚がなかった。

 ……でも、今日は。
 もしかしたらもう、最初で最後のチャンスかもしれない。
 リクは一人、この状況を打破すべく必死に考えを巡らせていた。

 どうしよう、どうしたらいい?なんとかユーリグさんと……いますぐ恋人なんていわない、せめて顔合わせたらフツーに会話出来るお友達位に……!!

「………はっ!あれっ、ユーリグさん……?」
 その時初めて、リクは居間にユーリグの姿がないコトに気が付いた。

 さっきまで、隙あらばカイルにひっつこうとするカナタを牽制しまくっていたユーリグの姿が、その周辺にみえない。

 ふと見れば、ダイニングキッチンに、揺れる黒髪が見える。
 マクドール家の面々は、全員美しい黒髪なのだが、リクはユーリグのそれだけは見ただけですぐ分かるようになっていた。

 そおっ、とダイニングに踏み込む。
 ユーリグは流し側に向かい、なにやら忙しそうにしていた。

 今、ダイニングには二人きりである。
 チャチャをいれるカナタも、いちいちうるさいハズミもいない……!
「……あっ、あのっ……!」
 思い切って、ユーリグの背中に声を掛ける。
「あ、すみません、もう少し……」
 にこやかな笑顔でくるりと振り返るユーリグ。
 が、声の主を視認した途端、笑顔がウソのように消えてなくなる。
「………何か用?用がないなら出てってくれる邪魔だから。」
『邪魔』を意識的に強調して、ユーリグは再びリクに背を向ける。
「……あの……ユーリグ、さん……」
「…………」
「この間は……突然へんな事言って……その、すみませんでした……」
「…………」
「別にユーリグさんが女っぽいというわけではなくて……ただ単に、すごく綺麗な人だな と……」
「…………」
「ぼ、僕……僕はその……っ……」
「…………何?」
 必死なリクにほだされたのか。
 無視を押し通していたユーリグが、それでもイヤそうな顔で振り向いた。
「僕はッ、貴方の事本気で」
「あー、ユーリグさんすみません〜……あ。」
 ようやくユーリグと目が合いかけた瞬間、のんびりとしたハズミの声がダイニングに響いた。
 ……丁度、リクが死角に居て気が付かなかったようだ。
「……あっ、ハズミ君、丁度よかった!」
「………ハズミぃ………」
 ユーリグはハズミの背中に、小さな白い羽根をみたかもしれないが、リクには黒い翼と尻尾が確実に見えていた。
「うっそゴメン!帰る、僕かえ……」
「ハズミ君♪そろそろタルト切らない?手伝ってくれないかなぁ?」
慌てて引き返そうとするハズミに、リクが文句を言う前にユーリグが引き留める。
「…………はい……」
「……ハズミ〜、高価くつくからねぇぇ…?」
「……ごめんマジごめんホントごめん……」
 足を止めたその場で再び向きを変えたハズミに、リクが血涙流さんばかりの勢いで肩を掴んでみせた。
 ハズミも流石に悪いと思ったのだろう、がくがく揺すられても謝るばかりだった。
「……あっ!ゆ、ユーリグさん?冷凍庫のアイスって、頂いちゃダメですかっ!?こ、コーラフロートやってみたいんですけど!!」
「え?うん、いいよ?」
「ありがとうございます……!じゃ〜リク〜手伝ってね?」
『……!……』
 ハズミの発言で、リクとユーリグの表情が逆転する。ハズミはハズミなりに、せめてフォローしようと必死である。
「リク、コーラいれて。ユーリグさん、タルトお願いしていいですか?」
「……あっ、う、うん!!コーラコーラ……」
 キッチンにいる理由を作ってもらえた事に気が付いたリクは、追い出されまいと必死にコーラのボトルに飛び付いた。
「……ハズミ君」
「はっ、はいっ!!」
「……サーバー、上から二番目の引き出しに入っているから」
 それだけ言うと、ユーリグはタルトを切り分けにかかる。
「は……っ、はひっ。」
 なんとか鉄拳制裁を免れた安堵感で、ハズミの声はひっくり返っていた。
「……ハズミ、僕どうしたらいいんだろ」
「バカ!お前直球すぎんだ!いっぺんデッドボールしたら警戒されんの当たり前だろ!」
「デッドボールしたら代走出塁でバッター交代じゃん……」
 ユーリグの無言のプレッシャーにびくびくしながら、二人は顔を突き合わせる。もはやパニック状態で、よくわからない会話になってきていた。
「……とにかく、さりげなく気を遣え!いい、さりげなくだからね、あからさまじゃないからね!?」
「うう…よくわかんないけどわかった……さりげなくさりげなく……」

「じゃあ、先にタルト、持っていきますね」
 ユーリグが、切り分けたタルトを大きな皿に盛り、それを持ち上げる。

「あっ、ユーリグさん、それ僕が持って行きます……っ!!」
 リクも、単に反射的に動いてしまっただけだろう。
 ユーリグが持つ大皿を、向かい側からはっしと掴んだ。

 ……ユーリグの手の上から。


 ばぐあッ!!

「なんですか今の音――!めくるめく事件の予感……って」
 ダイニングから響いた轟音に、カナタが慌てて飛び込んできて……肩を落とした。

 ダイニングには、怒りの形相で荒い息をつくユーリグ。
 その足元に倒れこんで、菓子の盛られた皿を死守したらしいハズミと。

 アゴを押さえ込んでのたうちまわるリクが居ただけだったからである。

「カナタ、どうだった?」
「なんでもなかったです〜いつものコトでした〜」
 戻ってきたカナタはつまらなそうにカイルに答えた。
「いつものこと?」
「はい、リクさんがやらかしただけでした〜」
「え、でもものすごい音が……」
「……う〜……」
 そこまでカイルが言いかけた所で、リクがふらふらとダイニングから出てきた。涙目でアゴを押さえているその姿は、兄弟達には見慣れた光景である。今更改めてどうこうするものでもない。

 ……だが、マクドール家の面々はそうではなかった。
「どっ、どうしたの!?」
「……腫れているな……ぶつけたのか?」
 カイルとユウが、真っ赤になったリクの顎先を見て顔色を変える。
「……あ、いや……その……こ、転びました……」
 まさかユーリグにアッパーくらいました、とは言えず、リクはしどろもどろに答える。
「ぶつけたなら、冷やした方がいいんでしょうか……」
「ケイ!ちょっといいか」
「なにー?……うわ、どうしたの!?……ちょっとここ座って!」
 ユウに呼ばれたケイが、リクをソファーに座らせ、その前に膝まづく。
「ぶつけたのは顎だけ?口開けてみて痛い?」
 ケイが慣れた様子で怪我の具合を看ていく。
『…………』
 その周りをカイルとユウ、ケイをおいかけてきたルレンが心配そうに見つめる。
「大丈夫ですか?」
「他にどこかぶつけたところは……」
「……痛い?いたい?」
「……いえあの、大丈夫ですよ〜……」

 美人に囲まれ、くすぐったいやら緊張するやらで、リクはされるがままである。
「……なんだこの絵面は」
「むう〜、リクさんのクセに生意気です〜!」
「……ケイさん近すぎます……!」
 勿論、後ろのユイやカナタ、レンは面白くない。
「ケイさんー!そんなにぺたぺたさわらなくても大丈夫ですよ〜!リクさんは兄弟随一の頑丈さんなんですから〜!」
「だめだよ、こういうのはしっかり処置しないと、後でひどくなったりするんだから……ルレン、僕の部屋にコールドスプレーと湿布があるんだけど、とってきてくれる?机の引き出しの一番下」
「うんっ、わかった………あ」
 ルレンが立ち上がり、体を翻した所で、丁度タルトを運んできたユーリグとはちわせる。
「……兄さん、僕がとってきますから。これお願いしていいですか?」
「え……あ……うん……」
 表面的にはいつも以上ににこやかなのだが、その奥の憤怒を感じ取ったのか。
 ルレンは何も言わず、素直にケーキの皿を受け取る。(が、ひっくりかえす危険性があるので、三秒後にすっとんできたクラハにとりあげられた)

「……リク君?ちょっとこっちきて待ってて」
「はっ、はいっ!!」
 ユーリグがちょいちょい、と手招きをすると、リクはアゴの痛みも忘れて満面笑顔でその後に続いた。

「……リクさん……成仏して下さい……」
「……あ、ハズミ。……一体何があったんです?具体的に教えて下さい」
 ユーリグに続いてダイニングから出てきたハズミは、大量のコーラフロートをトレイにのせていた。
 ……コーラがやたらしゅわしゅわいっているのは、トレイを持つ手が震えているからだろう。
「いや、事故なんだよ、多分……うん多分……」
「事故って……ホントにコケたのか?」
「いや、舞ったよ、舞ったんだけど……」
「また結婚して下さいとか言ったんじゃ?」
「そーじゃなくて、ちょっと手ェ触っちゃっただけなんだけど……」
「第一印象サイアクで、第二印象で致命傷、ってトコですかね〜……ふむ、そろそろですか」
 カナタがなにやら時計を見て呟いた時。


 ばちこーん!!


 鋭い音が、今度は廊下から響いてきた。
「えッ、今の何!?」
「また誰か転んだ……?」
「……湿布を貼ると称してビンタされたに一票」
「あ、僕も」
「コールドスプレーは顔面かな」
「いや、アレは単価が高いからやらねぇと思う」
「事故だよ、事故なんだよ〜……」


リク本日の戦果

愛のアッパーカット
恋の片道ビンタ(シップ込み)

美人兄弟4人によるちやほやタイム(一分三十秒)


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