「いや〜…なくなりましたね」
「僕余ると思ってました」
「たぶん、ウチで食べ残しがでることは……ないんだと思います」
 膨大な量の空皿を眺め、ハズミとレンが呟く。
 その横で、ユーリグが皿を片しながら、小さく笑う。

「だねえ。ウチじゃクラハがいなくなってから、やたら食べ物が余るようになったから」
「ん?それなら食べに行くが?」
 それを聞いていたロウウとクラハが口を挟む。
「つーかあの人のどこに、あんだけ大量の食い物が入ってくんだ……?」
「…………さあ」
 クラハの食いっぷりを目の当たりにしたユイとアオイが、そろって首を傾げる。
「その代わり、ってわけじゃないけれど、ルレンの食は細いまんまだよね」
「そんなことないよ?今日は食べ過ぎちゃって……ちょっとくるしいけど」
「大変!少し寝る?」
「食べた直後に寝てしまうのも消化に悪いですから……ソファで休んでらしたら如何ですか?」
「そうかー♪よーしよし、おにーさんと一緒に休もうなー?」
「気安く肩を抱くんじゃありませんよこのシッポ引っこ抜かれたいんですか」
 隣に座ったルレンの肩を早速抱き寄せようとしたロウウを、ユーリグが満面笑顔で威嚇する。

「……あれ、ウチの下三人、いなくないですか?」
 そんなマクドール家+αのやりとりをダイニングから(若干震えながら)みていたレンが、ふと弟達の姿が見えない事に気が付いた。
「片付けも手伝わねェであいつら…!」
「ああ、あの子達なら……中を見て回りたい、と……先刻」
「えっ!?……兄さん、止めなかったんですか!?」
 思いもよらぬ長兄の発言に、思わずユーリグが声をあげた。
「ああ。二階の個人の部屋に入るなら了承を取るようにとは言ってあるが………なにかまずかったか……?」

「……階段がありますね」
「あるね」
「うん」

 その頃。
 リク・ナナト・カナタの三人は、まだ一階にいた。
 一番奥に、ぽかりと開いた地下への階段。
 三人は、頭を寄せ合い、その階段を覗き込んでいた。
「……ドラマや映画だと、大抵閉じ込められたり、何かヤバいものが隠してあったりしますよね、地下って」
『だよね』
「何やら恐ろしげなモノがいたりするんでしょうか…!」
「えっ!?そ、そうなの!?」
(……古い家ならともかく、このぴかぴかの新築じゃそーいうのはないと思うんだけど……)
 ユーリグ事ではない為冷静な思考が働くリクをヨソに、カナタとナナトは勝手に盛り上がり始める。
「………実はマクドールさんのおうちは先祖から代々続く拝み屋の家系で、この階段の下には儀式に使う祭壇があったりなかったりするのかもしれません……!」
「はっ!ユーリグさんが美人なのに怖いのとかってまさか……!」
「絶対それ関係ないと思う……」
「わからないですよ!ユーリグさんは鬼神さまか何かの化身とかかも知れないじゃないですか!」
「拝み屋じゃなかったの……?」
「実際、行ってみたらわかりますよー!!」
「そうだよね、行ってみれば!」
「……行けばわかる……って、なんでふたりとも僕の後ろにいるの?」
 ……盛り上がりの割には、二人の腰はひけている。
 もっと具体的に言うなら、リクの背後に回りこんで、それぞれリクの肩だの腰だのをぐいぐい押している。
「ええっ、だってこういう時に先陣きるのはリクさんのお仕事でしょう!?」
「そーだよリク!ファイト!!」
「えー?でも勝手に行ったらまた怒られない?僕もうこれ以上ユーリグさんの心象悪くしたくないんだけど」
「元々たいしてよくないんです、大丈夫ですよ!」
「うわひどっ!!つか言い出しっぺがまず行くべきでしょカナタ!?」
「いえいえ、こういう場合、張本人は真ん中ポジションです!で、先頭にいけに…いやスケープ……じゃなかった……うーんとうーんと……あっ!そうです!名も無き現地民のガイドです!!」
「僕を犠牲にする気満々じゃないか!!」
「気のせいですー!リクさんの被害妄想ですー!!」
「ちょっ、ちょっと二人ともー!!こんな所で暴れないでよあぶないよー!」
 階段の前で、お互い相手を押し出そうともみ合いになった時だった。

「こらお前らー!!っとに何やってんだ人様の家で!」
 三人の背後から、ハズミの怒鳴り声が響いた。
「ハズミ君、いた!?」
「いましたー下り階段の前です!」
 奥からユーリグの声もかかる。
 ハズミはそれに答えると、改めて三人をにらみつけた。
「あのさ!フツー初めてお邪魔した家で、この人数で騒ぐか!?礼儀わきまえろ、もう少し!!」
「だってー!カナタがまた無茶言うんだよー!」
「違いますー!リクさんがちゃっちゃと言うこときかないのがいけないんですー!!」
 ハズミが大分真面目に説教しているにも関わらず、リクとカナタは相変わらずの調子である。
「ほらリクさん!男をあげるチャンスですよ!」
「どんなチャンスだよ怒られるチャンスか!もう今日何回殴られたと思ってるんだよー!!」
「だからお前ら暴れるなっ……」

 どん。

 もみ合う二人の間に割って入ろうとしたハズミの体が、不意に押し出される。

「え?」

 眼前には、薄暗い階段。
 それが、妙に長く、高く見えた。

――――落ちる!
「――!!」

 そう、ハズミが思った、次の瞬間。
 宙を掻いたハズミの腕が、強い力で後方に引っ張られた。
「ぅわっ!?」
「っ!」

 ばたばたん!

 強く引っ張られた拍子に、今度は階段と反対側に向かって倒れ込む。

「はわー!だ、だ、大丈夫ですかー!?」
「どこかぶつけてませんか!?頭とか、腕とか!」
 倒れたハズミの傍らに寄り、泡くった様子のカナタとリクがのぞきこんでくる。
「え、ああ、一応大丈夫……」
『ハズミ(さん)じゃない(です)!』
「…………え?」
 言われてから、体の下の柔らかい感触に気づく。

 ……ぱっと下を見れば、そこには自分を見上げるルレンの貌。
 倒れた時に飛んでしまったのか、あの無粋な瓶底眼鏡はない。
 転げ落ちそうになったハズミを、捕まえてひっぱってくれたのはルレンだったようだ。
「………だ……大丈夫、だった……?」
 ハズミの腕の下から、ルレンがおずおずと問いかける。
「…………はい……大丈夫、です………」
「………あそこ、奥が物置になってるんだ。……階段、急で危ないから……あまり、近くによらないでね?」
「……はい……わかりました……」

 初めて至近距離・眼鏡なしでみるルレンの顔に、ハズミは思わず見入ってしまう。
 仰向けで見上げている為に、普段伏し目がちな双眸はぱっちり見開かれている。 ――鉱石のように静かな光を湛えた、深い鳶色の瞳。

(………綺麗な色だ)
 どこか呆けた頭で、ぼんやり考える。

「大きな音がしましたけど、だいじょう……」
 その時だった。
 音を聞き付けたユーリグが、ダイニングから顔をだした。

 廊下には、固まったまま動けないナナト。
 ユーリグの声をききつけ、つい笑顔で振り返ってしまったリク。
 なにやら携帯をかざして奇声をあげるカナタ。
 ……そして、折り重なったまま微動だにしないハズミと、どけとも重いとも言わず、ただハズミを見上げるルレン。

「……ちょっと!なにしてるんですか――!!」
 衝撃的(?)な光景に、ユーリグが悲鳴をあげる。
 なにせ、愛して止まない兄が、たかだか高校生のサルガキに押し倒されて(いる形になって)いたのだから。

「すみませんすみませんほんとすみません……」
 和室に呼ばれたハズミは、たいして大きくもない背中を懸命に丸めて平謝りしていた。
「いや、話を聞く限りハズミは悪くないだろう。そんなに恐縮しなくていい。ただ……弟達には、階段の側でふざけないように、よく言っておく事。今回はルレンが間に合ったから良かったが、下手をしたら君が怪我をしていたかもしれないのだからな」
「はい、よぉく言い聞かせます……!」
 ユウの言葉に、ハズミは必死にこくこくうなずく。
「……ルレン、それでいいな?」
「うん。ハズミに怪我がなかったのなら、それで」
 部屋の隅、襖の前に控えていたルレンが、ゆっくり大きく頷いた。
「……だそうだ。ユーリグ?」
「………僕は……ルレン兄さんがいいなら……」
 と、口ではいいつつ、ユーリグの表情は不満げである。
「あの……ルレンさん、ユーリグさん、ユウさん……本当にすみませんでした、こんな大きなおうち、入るの初めてで……つい浮かれてしまいました」
 殊勝に、ハズミが頭をさげる。
「結局、誰にも怪我はなかったのだから、この件はおしまいだ。さ、リビングに戻ろう」
「……というわけですユーリグさん、だから押し倒すなんてそんな大それたこと、するわけないじゃないですか……!」
「言いたくないですけどね?君、あの二人と兄弟でしょう?」
「ああっ!酷いですアレと一緒にするなんて!!」
 ユウが部屋を出るのを見届けると、ハズミとユーリグは頭を寄せて言い合いを始める。
「とにかくいいですか、兄弟ゲンカするのは勝手ですけど、僕の兄弟巻き込んだら怒りますからね?」
「ふぁーい……怖いっスユーリグさん……」
「わかって頂ければ結構です。……さ、戻りますよ」
「あい」
「…………」
すました顔で、和室を後にするユーリグと、それに続くハズミ。

……その二人のやりとりを、待っているフリをしてルレンはずっと見ていたのだった。

 

「おかえりなさいですー!折檻ですか、折檻でしたかー!?」
 リビングに戻ると、マクドール兄弟とアオイは心配げに、残りのデュナン兄弟は興味津々で待っていた。
「されるかバカ!つーかお前の所為だアホ!」
「は、は、ハズミ、大丈夫だった〜?ほ、ほ、包丁とか……!」
「あ〜、だいじょぶだいじょぶ。……床の間に刀はあった気がするけど、その前にいたのユウさんだったし」
「いいないいないいな〜……ユーリグさんと呼び出し……」
「『ユーリグさんと』じゃねェよお前のせいで怒られてたんだよ覚えてろ畜生」
「……説教と言っても、ホントに話しただけみたいですね?」
「当たり前じゃん、今回に限って言えば悪くないもん、僕」
「ま、そうなんですけど……ルレンさん、ご兄弟の中でもアイドルっぽい存在みたいですから。気を付けた方がいいかもしれませんね……ああなりますから」
 レンが視線で示した先では、戻ってきたルレンに早速抱きついたロウウが、今度こそユーリグのアッパーカットの餌食になっていた。
「はー……僕も少し考えないと」
「へ?何を?」
「……なんでもない」
 溜め息をつきながら、レンは「殴られなくてよかったね」と、ハズミの頭をぽんぽんと叩いた。

「ねえ、ロウ?」
「んー?」
「………やっぱり、仲良くなるなら、さ。ユーリグみたいに綺麗な子がいいよね?」
 ユーリグの鉄拳でKOされたロウウを介抱しながら、ルレンがぼそっと囁いた。
「そりゃそうだが……お前だって、ユーリグに負けない位綺麗だよ?」
「……そんなことないもん。ユーリグ綺麗だもん。綺麗だし、なんでも出来るし」
「……珍しいね、お前が聞き分けないなんて。……だけどね?そこでお前が卑屈になっちゃいけないよ?お前は十二分に可愛いし、料理以外なら大抵の事は出来るじゃないか」
 ソファに寝そべっていたロウウが体を起こす。
「……急にどうしたんだ?」
「急にじゃないよ、昔から思ってた。……再確認しただけ」
「そうか。……出来のいい兄弟を持つのも大変だね。従兄弟としてはよりどりみどりで嬉しいんだが」
「……よりどりの中に、僕も入ってるの?」
「勿論。一番上に入ってるよ」
「……ありがと」
 控えめに、それでも嬉しそうに笑うルレンの黒髪を、ロウウがくしゃりとかきまぜる。

(やれやれ、ルレンにヤキモチやかせるなんて……おサル軍団、中々手強いみたいだね)
 従兄弟の頭を撫でてやりながら、しっぽ頭をした男はそっと息をついた。

「……で?ハズミ。具体的に何話した?」
「別にユイが気にするよーな事ァ何にも話しちゃいないよ……」

 

デュナン家四男の記録

前科一犯(呼び出し・冤罪の可能性有り)
マクドール家深部到達(和室まで)


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