| † 「………ハズミ」
「………あい………」
とある土曜の朝、デュナン家二階の三人部屋。
向かい合って正座をしているのは長男アオイと、四男ハズミだった。
「期末は頑張るという約束だったな?」
「……あい」
「……五教科が全部真っ赤のようだが?」
「……ごめんなさい」
僅かに眉を寄せるアオイの手には、ハズミの今期末のテストの成績が握られていた。
国語数学英語、歴史に生物。
主要五教科がすべて赤点である。
「……家庭科や体育程点を取れとは言わない。だがこう赤点だらけでは……進級に響く」
アオイの言葉通り、実技試験のある科目は殆ど平均点より上をとっている。
「……書いて覚えるの苦手なんだよ、僕……」
「言い訳しない」
「……ごめんなさい……」
「くっくっく!ちょっと見てくださいよあのしょぼくれたハズミさん!」
「カナタ〜、やめときなよ、また後でハズミに怒鳴られるよ?」
「ふっ、赤点野郎に学年18位の僕をこきおろす資格なんかないのですよ!」
「それがおかしいよね、なんでカナタがそんな上にいるのか……」
「国語がなければ10位以内も狙えるんですけどね〜」
「つーかなんでハズミはあんな成績悪いんですかね?実技系はペーパーでもちゃんと点とってるのに」
「集中力にムラがありすぎんだあのバカ。自分の好きな教科しか頭働かしてねェんだよ」
戸口から中を覗き込む他の兄弟達は、自らの見解を好き勝手述べる。
「とりあえず、明後日の追試まで、しっかり勉強するように。バイトも休みなさい」
アオイが浅く嘆息し、きっぱりと言いつける。
「えっ、で、でも……」
「家の事を全部任せてしまっているのは済まないと思っている。だが、同じ条件のレンも頑張っている。お前に出来ないことはないだろう?」
「うー……が、がんばる……」
若干気性の荒いハズミは、ガミガミ言われるより静かに諭される方が弱い。アオイの言葉に、こくんと素直に頷いた。
「分からない所があったらオレに訊きに……」
「アオイは色々やることあるだろ最高学年。そこに学年18位がいるんだ、アレにみさせりゃいいだろ」
アオイが、少しきつく言いすぎたかとハズミの頭に手を伸ばしかけたところで、次男の容赦ない(相手が長男なので加減はしてるのだろうが)ツッコミが飛ぶ。
「えー、イヤですよー!!折角期末終わって自由の身なんですよ!?色々やりたいことあるんですー!リクさんにパース!」
「えええ、ボクだって人に教えられる程わかってるわけじゃないよ!!ナナトー!!」
「わー無理!僕も無理人に教えるとか無理ー!やっぱ一番ハズミと仲いいレンが……」
「つーかアオイ兄がダメならユイが教えればいいじゃないですか」
「俺は明後日から期末なんだよバカハズミの相手なんざしてられるか」
「いっ、いーよいーよ自分でやるよ!今から図書館行ってくるから!」
兄弟の間でたらいまわしが始まると、遮るようにハズミが立ち上がる。
そのまま、机の上に置いてあった通学鞄をひっつかむと、体を翻して部屋を飛び出していった。
「あーあ、いじけちゃいましたかね」
「レン」
「はい?」
ハズミの背中を見送るレンの肩を、アオイがぽんと叩いた。
「ハズミの追試が終るまで頼むぞ」
「はい、え、頼むって…ええぇ!?家事全部僕に押しつける気ですか?手伝ってくれないんですかアオイ兄!」
「任せきりですまないとは思っている」
アオイは、ムダに澄んだ瞳でひたとレンを見つめると、何事もなかったかのようにさっさと自室に帰ってしまう。
「……ハズミ〜……帰ってきたらシゴき倒してやる!!」
††
「……は〜……とりあえず、実際来てみたものの……」
飛び出したその足でバイト先のレストランに向かい、休ませて貰えるよう頼んだ後(普段真面目に働いているのと、赤だらけの成績を見せたらあっさり休ませてくれた)ハズミは宣言通り図書館に来ていた。
勉強をしにきたというよりは、兄弟達から離れたかった、が正解である。
デュナン家の兄弟達は、皆比較的成績がよい。
アオイやユイ、カナタは常に学年でも上位にいる。
レンはハズミと似たようなスケジュールで動いているのに、基本成績は平均以上。
部活をやっているリクやナナトも赤点はない。
ようするに、成績で不自由しているのはハズミだけなのである。
「五つ子ってのはきっとウソなんだ。実は四つ子で、僕だけ橋の下で拾われたんだ。
………ないな。母子手帳みたことあるもん。
じゃあ、五つ子のハズミは生後まもなく死んじゃって、僕はどこかからもらってきた身代わり……も苦しいか、そもそも身代わりなんか作る意味ないし」
無駄な空想に自らツッコミをいれつつ、新蔵図書コーナーを横切った時だった。
棚の前にしゃがみこみ、熱心に本を選る……見覚えのある小さな背中と黒髪。
本に夢中で、こちらに気づく様子はない。
「……マクドール、さん……?」
人違いだった時の事を考え、家名で遠慮がちに声を掛けてみる。
「…………!…」
瞬間、びくりと肩を震わせたその人物は、そろりと振り返った。
大きな鳶色の瞳が、更に大きく見開かれている。
「あ、よかった。やっぱりルレンさんだ」
「……ああびっくりした……!ハズミかぁ。こんにちは」
ハズミの顔を見留めると、しゃがみこんでいたルレンはその場に立ち上がり、安堵の息をついた。
「こんにちは!……ルレンさんは本を借りに?」
「あ、その、えっと……う、うん……」
「えー、ルレンさん、どんな本が好きなん……」
皆まで言い終える前に、ルレンが見ていた棚が目に止まる。
……棚には、『絵本・児童書』の表示。
「えほん?」
「あぅ、あ、あの……こ、子供っぽくて恥ずかしいんだけどっ……」
「………好きなんですか?絵本」
「…………」
顔を真っ赤にして、ルレンがこくんとうなずく。
「絵がついてる本っていいですよね?絵本とか可愛いですし」
「…………」
ハズミの言葉に、ルレンはそろりと視線を上げる。
「……そう言って貰えたの、うちのひと以外じゃ初めてだ」
嬉しそうに、ルレンが笑う。
よく見せるはにかんだ笑顔ではなく、顔をくしゃくしゃにした、素直な感情だけの笑顔。
「ここの図書館、新しい本が沢山あるんだよね」
今日も見たかった本があって、と、手にした大判のハードカバーを小さく掲げてみせる。
絵本というにはいささか地味な色彩で、なにやら動物が描かれているその本は、何故かタイトルが横文字で表記してある。
「……え、英語の本なんですか?もしかして」
「うん。装飾も凝ってて可愛いんだよ」
絵本を胸に抱えて、ルレンはにこっと笑う。
「……ルレンさん、もしかして英語得意だったりします?」
「ううん、得意じゃないよ?でも、外国の絵本、そのまま読みたくて。よく辞書首っぴきで読むんだ」
「……ルレンさん、助けてくれませんか?」
「……え?」
「……追試かぁ……大変だね」
図書館を後にした二人は、近くのコンビニで買ったアイスを半分こにしながら、道の傍らで話し込んでいた。
チューブ状の容器に入ったシャーベットアイスをすすりながら、ルレンは眉を寄せる。
「ルレンさんは、追試なんてしたことないですよね〜……はぁ」
「ううん、あるよ?」
「えっ!?ウソっ、ほんとにですか!?」
意外な返答に、ハズミは思わず目をむく。
「家庭科の実習でね、どうしてもきゅうりが綺麗に切れなくて。大変だったなあ、あの時は」
「……包丁、苦手なんですか?」
「包丁どころか料理が全然出来ないんだ、恥ずかしい話」
「は、恥ずかしくないですよ!ウチだって僕とレン以外は誰も料理やんないんですよ!?」
自嘲気味に笑うルレンに、ハズミは慌てて首を振った。
そんなハズミに、ルレンは一瞬、きょとんとした顔をした後、ふわりと笑ってみせる。
「……ありがと。だから、僕に出来ることがあるなら手伝うよ」
「あ……ありがとうございます!!やったァ!!」
ルレンの言葉に、ハズミは思わず拳を握り締めて喜ぶ。
「じゃあどうしよう。……うちに来る?」
「お……お邪魔になりませんかね……?」
「僕の部屋なら大丈夫だと思う。じゃ、行こう?」
ぼくのへや。
てっきり居間の隅っこお借りしてやるものだと思いきや……自室!?ルレンさんのプライベートルーム!?
……どうしようどうしよう、すごく行ってみたいけど兄弟達にバレたらうるさいしユーリグさんにバレたら怖いし……!!
が、ルレンはハズミの葛藤などお構いなしで歩き始めている。
仕方なく、ハズミも後に続くことにした。
†††
「ただいまー……まだ誰も帰ってないかな」
「お、お邪魔します……」
「じゃあ、僕の部屋……っと、上、案内したことなかったっけ?」
ルレンはハズミを促すと、階段をすたすた登っていく。
同じ階段でも、デュナン家の細くて狭い階段とは違い、二人くらいなら並んで登れそうな程の余裕がある。
二階にきちんと廊下があったり、洗面所やなにやらおもちゃの塔のようなものまである事実に、ハズミは軽くめまいを覚えた。
「僕の部屋、一番奥なんだ」
言うとルレンは、ドアの居並ぶ廊下を奥へと進んでいく。
「……あんまり、綺麗じゃないんだけど。ごめんね?」
一言詫びて、ルレンは右角の部屋のドアを開けた。
動物や絵本が好きなら、さぞ可愛らしい部屋なんだろう、と漠然と考えていたハズミは、ドアをくぐったところで足が止まった。
モノトーンが基調となった、あまり飾り気のない部屋。
プライベートルームというよりオフィスのような印象だ。
「……ここが……ルレンさんの部屋……」
「じゃあ、早速始めようか。鞄、適当な所においてね」
「は、はいっ…!」
「この机でいい?僕のだから低くて使いづらいかな……」
「でも僕が椅子に座ったらルレンさんが……」
「僕は後ろに立ってるから。……なんだか家庭教師みたいだよね!」
ドーゾドーゾ、と、ルレンが椅子をひく。
ルレンはルレンで、若干この状況を楽しんでいるようだった。
……どうせお世話になるなら、ちょっとでも楽んでもらった方がいいよね。
「じゃっ、先生!英語からお願いします!」
「……それじゃ、国語はこんなところかな。漢字は書かないと覚えないからね、おうちでも書き取りやってね?」
「は、はいっ!」
ルレンが教科書を閉じたのは、もうすぐ四時になろうかという所だった。
昼前にこの部屋に入ってからほぼぶっ通し、休憩は英語から国語に移った際に挟んだ10分程のみである。
「あれ、もうこんな時間!?……ごめんねハズミ、お腹空いたよね?」
「い、いいえ!僕は全然!ルレンさんこそ、疲れましたよね!?」
お互い、時計を見てから慌てて顔を見合わせる。
「……何か食べようか?」
「あ、僕作りますよ!」
「………おいしー」
「そうですか!?よかった……!」
素麺の入った丼を抱えて、ルレンが感嘆をもらす。
それを見て、ハズミがほっと肩の力を抜いた。
ルレンは台所にある好きなものを好きなだけ使っていいと言ってくれたのだが、流石にハズミにそれは出来なかった。
使っても差し障りのなさそうなものを選んだ結果、「暑いし素麺でいいじゃん」になったわけである。
ただし、ルレンに食べさせるものである。
ゆがいてさらしてハイドーゾ、とはいかない。
そばやうどんのように、だしつゆを丼に注ぎ、ゆでたまごやハムなどの具材を、麺と一緒にいれている。
「僕、おそうめんこうやって食べるの初めてだ」
「これ、夏の食欲無いときにはいいんですよ。簡単ですし」
子供のようにずびずびと麺をすするルレンに、思わずハズミの頬が弛む。
「ユーリグに教えてあげよう!」
「……その時、レシピの出処は言わないで下さいね……」
「只今戻りました〜」
ユーリグが帰宅したのは、17時も半を回ったあたりだった。
「…………ん?」
靴を脱ごうとした所で、玄関先に違和感を感じる。
……見知らぬ小汚いスニーカーがある。
その隣にあるのは……ルレンの履く小さな靴。
……ユーリグの背を、冷たい汗が伝う。
鞄を放りだしてリビングに飛び込むが、人の気配はない。
――ここにいないということは……まさか部屋に!?
そのままの勢いで、ユーリグは二階へと駆け上がった。
「この頃の船っていうのは、みんな帆船だったからね。航海には、すごく時間がかかったんだよ」
「あ、そっか。じゃあエンジンっていうのは偉大な発明だったんですね〜」
「うん、そうだね。エンジンっていうのは……」
食事の後、とりかかった社会科で、ルレンがついうっかり脱線しかかった時だった。
「兄さん!ルレン兄さん!!」
だだだだっ、と廊下を走る音に続き、ドアが激しくノックされる。
(――――やべェユーリグさんだ!)
瞬間、ハズミの顔から血の気がひく。
「?ユーリグ?……おかえりなさい、どうしたの?何かあった?」
ルレンはちょこんと首を傾げながら、鍵のかかっていないドアを開けた。
「兄さん!大丈夫ですかっ!?」
「ふえ?……え……えっと……」
ドアが開いた瞬間に飛び込んできた四男の剣幕に、ルレンは思わず目を白黒させる。
「……だ、大丈夫……だよね?」
「……た……たぶん……」
ルレンにそう振られたハズミはとりあえず頷くが、内心ではいつユーリグに殴りかかられるかと気が気ではない。
「……ハズミ君と、何を?」
「あっ、あのねー、勉強のお手伝いしてたんだ!……あんまり上手に教えてあげられてないんだけど」
「そ、そんな事ないです!すごくわかりやすく教えてもらってます!」
「……ハズミ君、お兄さんには教えてもらえないの?」
「あ……アオイちゃんはいろいろ忙しいし、ユイは金とるし向こうもテスト前で……」
「いつもよくしてもらってるし、僕で役に立つなら、と思って。ほら、追試って大変でしょう?」
「……追試、ですか………た…たしかに……でも」
丸め込まれかけたユーリグが、突然ぱっと己の携帯電話を二人につきつけた。
「もうこんな時間ですし、ハズミ君晩御飯の支度、ありますよね?」
「え?あ、そうですね、そろそろ……」
「兄さん、長く引き留めてはいけませんよ。そのくらいで」
「ん〜…支度しないといけないなら、ごはん食べてったら〜とは言えないね……」
(僕じゃなかったら晩御飯に誘って貰えたのか…!)
(晩御飯誘う気だったんですか兄さーん!!)
「じゃあ、また明日だね〜」
『明日!?』
ルレンの何気ない発言に驚いた、ユーリグとハズミがハモる。
「え……だって今日、理数やらなかったし、明日もあるから〜と思ってたから後に回したんだけど……あ」
途端、ルレンがしゅんと萎れる。
「か……勝手だったね、ごめんね……」
「いえあの!驚いただけです!明日も付き合ってもらえるんですか!?」
「……うん、そのつもりだったんだけど……」
「嬉しいです!めっちゃ嬉しいですありがとうございます!!」
「兄さん!やっと休みがとれたのにそれじゃ…!」
喜色満面のハズミとはうらはらに、ユーリグの表情は曇る。
「丁度よかったよ、やることなかったら寝てるばっかりだったし」
『ルレン(兄)さん……』
「明日……僕がお邪魔した方がいい?」
「すいませんそれはちょっと……!」
「兄さん、居間使えますから、明日はカイルさんも居る筈ですから…!」
「そう、じゃあ明日、またきてね」
当たり前のように言うと、ルレンはにこりと微笑んだ。
††††
「……ただいま……」
午後六時。
まだばくばくとうるさい心臓をなだめながら、ハズミは自宅の敷居を跨いだ。
「よーやく帰りやがりましたねこのムッツリスケベ!とりあえずそこになおりなさい!」
そんなハズミを出迎えたのは、いつものようにカナタ……ではなく、何故かエプロン姿で仁王立ちしたレンと、それを取り巻く(?)弟三人だった。
「え……ど、どしたのれんれん?」
「どしたもこしたもありません!いいですか、夕飯終わったら特別カリキュラムですから!ついでに皿洗いもしなさい!!」
「いや〜…ハズミさん亡き今」
「生きてるし」
「……亡き今、我が家の家事はすべてレンさんに託されてしまったのですよ」
「いや手伝えよ後ろ三人」
「イヤです!この人達にやらせると一人でやる倍の手間と時間がかかるんです!つーかハズミが赤点なんか取るからいけないんですこのバカハズミ!!」
「それってまず我が家の家事体制を見直すべきだと思うんだけど!」
「ぐだぐだ抜かすと晩飯も抜きますよ!!いいからさっさとこっち来る!!」
「い、いたたたた!いたいいたい、耳モゲるよれんれ〜ん!!」
「……死して屍使用後の箸ですね」
「例え割り箸でもちゃんと拾いなよ……」
耳をひっぱられながら連行されるハズミを眺め、弟達は互いにぼそりと呟いた。
「………なんだ」
「なによ」
「思ったより出来てます」
その日の夜。
夕食の後、レン達の部屋に呼びつけられたハズミは、怒れる三男にみっちりしごかれるハメになっていた。
「だって今日1日勉強したもん」
「……だったらなんでそれがテスト前にできないんですか!?おんなじ事やるんですよ時間と労力堂々の無駄遣いですよ!!」
「いたーい!いたいいたい穴あくからマジ穴あくからー!!」
「…本当に一人で勉強してたんですか?」
「……し……してたよ?」
「本当に?」
「……ほんとうに」
詰め寄るレンから、ハズミがぷいっと視線をはずす。
「……なんか挙動がおかしい気がするんですよねぇ」
「そそそそんなことは。」
「……ま、その分なら追試は大丈夫そうですね。つかカナタのこと先輩とか呼びたくないでしょう。懲りたらちゃんとテスト前くらいは勉強して下さいね」
「……か……返す言葉もないっスお兄様……」
「じゃあ明日の朝御飯はいつも通りハズミの当番って事で」
「……いや、その位はやるよ言われなくても……」
「じゃ、次数学。理数は模範解答(カナタのテスト用紙)ありますから……」
「ぎくっ。」
「なんですぎくって」
「……理数は……その、明日やる予定で」
「今日は国英社しかやってない、と?」
「………はい………」
「………こンのバカハズミ――!!」
「ただいまー」
「おかえり、メシ出来てるよ」
翌朝。
レンが配達から帰ると、朝食が並んだテーブルに、すでにハズミがついていた。
「おお、日曜なのに感心です。あーお腹すいた!」
「こっちに隔離してるのがアオイちゃんの分でー、後二人分しか朝飯ないから。ユイはどーせ朝起きないっしょ」
「残り三人じゃないの?」
「一番最後に起きたやつがくいっぱぐれる仕様です。」
「成程。面白そうですね」
「で、僕また夕方まで出るから。昼と晩飯だけ頼むな。あ、洗濯は今脱水かけてるから、出てく前に干してくよ」
ハズミが予定を説明しながら、目玉焼きをのせたトーストをかじる。
「あ……は、はい、了解です……」
「じゃっ、テキトーに出てくから後よろしく」
「……行ってらっしゃい…」
意外と元気な弟の姿に、レンは瞳を瞬かせた。
「いらっしゃい!……あれ、ハズミ、昨夜も勉強してた?」
「はい……少し」
玄関を開けたルレンが、若干くまの浮かぶハズミの顔を見て首を傾げた。
「あんまり寝てない?始める前にちょっと休む?」
「いえ!大丈夫です、時間勿体無いですし……!」
「そう?辛くなったら布団貸すから、いつでも言ってね?……じゃ、リビングにどうぞ」
少し困ったような顔で笑うと、ルレンは室内へと体を翻す。
「お邪魔します…!」
そんなルレンについて、ハズミも靴を脱いだ。
「あのね、僕だと理数系はあんまり上手に教えてあげられないから、得意な人に頼んでみたんだ」
(理数得意……ケイさんとかヒロさんとかかなあ?)
「僕よりうんと上手に教えてくれるからね!」
「はっはっは!久しぶりだなおサルのお隣さん!!この僕を追試対策ごときに使おうなんて剛毅だな!!」
「……うわ出た。」
通されたリビングにいたのは、ケイでもヒロでもなく……
マクドール兄弟の従兄弟、シッポ頭のロウウだった。
「ロウはね〜、大学で遺伝子の勉強とかしてるんだよ、すごく頭いいんだよ!!」
「可愛い従兄弟の頼みじゃなきゃおサルの調教なんざ願い下げなんだが……ルレンにどうしても、なんて言われたらなあ」
「……イヤなら引き受けなきゃいいじゃん……」
「自分の好みと従兄弟の都合、どっちをとるかなんて、いうまでもないだろう?」
「ロウ、お願いね?ハズミ、後でもう少し英語やろうね」
(今すぐ英語やりたいっスルレンさん――!!)
心の中でそう叫ぶも、口には出せない。
……リビングと続きになっているダイニングから、ユーリグがものすごい圧力をかけてきているからである。
「はっはっは、まかせなさい!……だからルレン、お前はもう少し寝ておいで。起きたらユーリグに、何か美味しい物を作ってもらうといい」
ロウウはいとおしげにルレンの黒髪を撫でると、その背中をそっと押す。
「貴方に言われるまでもありませんよ!……兄さん、お昼には起こしに行きますから、休んでて下さい。今日は後で、オレンジのムースを作りましょうね」
「ええと、だけど……」
「ルレンさん、後で英語、お願いします!それまで休んでて下さい」
「……うん、じゃあ……少しだけ」
「ルレンさん、具合……悪いんですか」
ルレンの姿が二階へと消えてから、ハズミは誰にとはなしに問いかける。
「疲れているだけだ。ここ一週間程、昼も夜もない生活をしていたからな。……あの子は食が細いから、寝ないと体力が戻らない」
ロウウは変わらぬ表情のまま答える。
「………その後のお休みを、僕が取り上げちゃったんですね……」
「だから、しっかり勉強して、追試クリアして下さいね?これで赤点なんて取ったら、ルレン兄さんの顔に泥を塗るのと同じですから」
俯くハズミに、いつの間にか寄ってきていたユーリグがびっ、と指を向ける。
「そんな事になったら、まずユーリグにボコられるぞ?で、僕が追い討ちに地味な嫌がらせをしてあげよう」
「します!勉強します頑張ります!!僕だってルレンさんに顔向け出来なくなるのイヤですもん!!」
「いいだろう!僕の可愛いルレンが、休みを返上してまで面倒見る価値があるかどうか、見極めさせてもらうぞ」
「可愛いですけど、貴方のじゃあありませんよ、ルレン兄さんは」
ああ、こういうのなんて言うんだっけ。
前門の虎と、後門の狼?
……ユーリグさんはともかく、このシッポ頭は肉食獣の印象はないけれど。
「……ちょっと……寝過ぎちゃった……」
数時間後。
「あ、兄さん、すみません。あんまりすやすや寝てたので、起こすの気がひけてしまって……お昼ご飯、すぐ暖めますから」
「……ハズミとロウは……?」
「ああ……庭です」
「……………庭?」
先日、水はけを良くする為に玉砂利を引いたあたりで、なんとも奇妙な光景が繰り広げられていた。
「――これにより生じる現象をなんという?」
「えっとえっとえっと!なんだっけなんだっけ〜!!」
「ぶー。時間切れー。ほれほれ、スクワット開始!」
「ぎゃー!揺するなアホンダラー!!」
ハズミが、ロウウを背負って絶叫していた。
「口ごたえするとユーリグちゃんに言いつけよー☆」
「いやあぁぁぁ!!それだけは!それだけはイヤーっ!!」
ロウウがユーリグの名前を出すと、ハズミは叫びながらもスクワットを始める。
「……な……何、してるの……?」
「ああっ!ルレンさん助けれぐっ。」
「おはようルレン!よく眠れたかな?」
「……なんでハズミにおんぶされてるの……?」
「このテのタイプは体で覚えさせた方が早いからな!間違える毎にスクワット10回だ!」
「ロウをおぶって、玉砂利の上で……?あっ、しかもはだしで!」
「兄さん、ご飯の支度できましたよ!今日は兄さんの好きなトマトグラタンですよ?」
濡縁で死角になっていた足元を覗き込むルレンを、ユーリグがエプロン姿のまま呼びに来る。
「う、うんー……」
「では問題!エンドウマメの遺伝実験でお馴染みの……」
「助けてルレンさぁぁぁん!!」
因みに、庭で大騒ぎをしたため、家庭教師(通ってるので塾?)の件は兄弟達にバッチリばれ、レンにはさんざん嫌味を言われリクには泣かれ、ユイとカナタには嫌味を言われた挙句こづき回されることとなる。(ついでにアオイは菓子折りをもってお礼に行く羽目(?)になった)
………追試の結果は、というと。
『再追試!?』
「……ありえねェ、ありえねェよ!!なんで全教科満点で追試だよ!!」
「……ああ、それですよ」
「頑張ったってことなんだろうけど……一週間前に赤点とった奴がいきなり満点じゃねー…」
『カンニング疑惑も持ち上がるわ』
「ふざけんなちくしょ――!!」
「ルレンさんにメールしましょう。『ハズミさん再々試になりました。バカでごめんなさい』」
「アホ――!メールするならきちんと経緯を書け――――ッ!!」
終劇。
++了++
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