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『明日の後の月、うちでお月見しませんか』
そんなメールをもらったのは、屋根の上の月見からもうすぐ一月経とうかという頃だった。
……正直驚いた。まさかそんな風に誘って貰えるとは思っていなかったから。
少し考えたけど、ルレンさん個人から直接声をかけてもらったのは、たぶんコレが初めて。
……更に、「最初で最後」になる可能性もなくはない。
僕は「喜んで伺います」と返信し、手土産にするお団子の製作にとりかかった。
「いらっしゃい♪ハズミ君?」
「………こ……こんばんわ………」
当日。
事前に伝えられた時間に隣家のチャイムを鳴らすと、扉を開けて僕を迎えてくれたのはユーリグさんだった。
「ごめんね?わざわざ呼び出してしまって」
口調は穏やか、顔はにこやか。
……でも100%怒っているユーリグさん。怖い。
「ルレン兄さんが、ハズミ君とも後の月を見る、って言うものだから、せっかくですし皆で一緒にみません?」
……二人きりで月見をさせない為の措置のようだ。
どうやら、僕は「ルレンさんに誘われた」のではなく「ユーリグさんに誘い込まれた」らしい。
距離があっても二人きりよりは、距離が近くても自分が側にいられる方が守りやすいと踏んだのだろう。相変わらずの鉄壁っぷりです、ユーリグさん。
「僕達は先月、縁側でやったんだけど、今回は屋根裏にしたんだ。ちょっと狭いけど我慢してね」
こっち、と手招きするユーリグさんについて、二階へ上がる。
……室内なのは、僕以外の兄弟達に悟られないようにするためか。
二階へ上がると、この前来た時にはなかった階段(風体は梯子に近い)が、天井からにょきっと伸びていた。
「さ。上がって?」
「は、はい……」
ユーリグさんに促され、僕はそろそろと階段を上がる。
「あ、ハズミ君いらっしゃーい!」
「こんばんは〜」
「よく来たな」
階段の先は、どうやら屋根裏部屋になっているらしい。
大きな天窓と、絵を描く道具がいくつか。
……ユウさんの部屋なのかな。アトリエってやつ?
階段から頭を出した僕を、ケイさんとヒロさん、そしてクラハさんが迎えてくれた。
「あ……お邪魔します……」
「今お茶をいれますね。ハーブティは大丈夫ですか?」
ポットから優雅な仕草でお茶をいれているのはカイルさんだ。
「は、はい…好きです、お茶……」
「すまないな、わざわざ呼び立ててしまって。来てくれてありがとう」
そう言ったのは、一番奥で椅子に腰掛けていたユウさんだ。
「い、いえ!こちらこそ、家族団欒の邪魔をしてしまってすみません!」
「もともと、誘ったのはルレンだろう?……あの子が無理矢理人を誘うような事をするのは珍しいんだ、大目に見ては貰えないだろうか」
「大目も何も!誘っていただけて、すごく嬉しかったですから!」
僕が慌てて首を振ると、ユウさんはにこりと微笑んで頷いた。
「ありがとう。……それじゃあ、そろそろ」
ユウさんは、傍らの携帯電話を手に取り、少しいじると直ぐにポケットにしまいこんだ。
――その直後。
かたん、と、天窓が小さく鳴る。
音につられて見上げれば、開いた天窓から中を覗き込むルレンさんと目が合った。
……いないと思ったら、屋根にいたのか。
最初のベランダといい今回といい、ルレンさんは高い所が好きなんだろうか。
なんだか、小さな子みたいで可愛い……なんて思ってたら怒られるんだろうなあ。(本人よりもユーリグさんに)
「あ、あ、あの、ご、ごめん、ね、えっと……」
「……ルレン。降りてから話しなさい」
窓の外でうごうごするルレンさんを、ユウさんが優しくたしなめる。
すると、ルレンさんはそのまま頭を突っ込むように飛び下りてきた。
……一瞬の事で声も出なかったけど、ルレンさんは空中で綺麗に反転し、両足でふわりと着地した。
黒のYシャツに同色のズボン、首には深い藍色のネクタイが巻かれている。
なんだか「リァン」の時のようだが、髪の毛はそのままだし、「リァン」のシンボルであるカラーコンタクトも入っていない。
「あのね、ごめんね、その……あの」
華麗な体捌きを見せた後だというのに、ルレンさんはすっかり萎縮した様子で、胸の前で組んだ両手をもじもじさせていた。
「……こんばんは」
何事かいいあぐねているルレンさんに、全力で優しい顔を作って(それこそカナタあたりに見られたら「きしょッ!」とか言われそうな位の)挨拶をしてみせる。
すると。
「……こ……こんばんは……」
ルレンさんはぽわんとした笑みを浮かべ、挨拶を返してくれた。
……ヤバい、やっぱり可愛いよこの人……!!
「お誘い、ありがとうございました。……はい、約束の月見団子です」
「……あ、本当に作ってきてくれたんだ……」
「わーい!待ってましたっ♪」
「我々の分もあるんだろうな?」
「ありがとう。……はいクラハ」
と、ルレンさんは僕から受け取った団子の包みを、そのままクラハさんにパスする。
……確かにご家族用に作ったやつだけど!そのまま流されるとちょっと悲しいっ!……ち、ちょっとだけど!!いや本当に!!
「お待たせしました」
クラハさん達が僕の団子を広げている間に、重箱を持ったユーリグさんが下から上がってきた。
「さ、兄さんこちらへ。ハズミ君はこちらへどうぞ?」
言ってユーリグさんは、ルレンさんを部屋の一番奥、僕をその真逆に座らせ、更に自分は僕の隣に座る。
反対の隣はクラハさんとケイさんが陣取り、ルレンさんの左右にはユウさんとヒロさん、カイルさん。
……完璧な布陣だ……!!
遠のきかけた意識を引き戻し、いやいやこれでも好待遇なんだと思いなおす。
マクドールさんの中に僕一人置いてもらえるんだ、大人しくしていればきっと悪いようにはされない……!
カナタなら門前払い、リクなら話すら聞いて貰えないだろうし。
……アオイちゃんやレンあたりなら、しれっと混ざっていそうな気もするけど。
「お団子ばかりでもつまらないと思って、おはぎとかお饅頭も作ってみたんです。是非ハズミ君の感想を聞きたいな」
「は、はい……いただき、ます……」
力一杯の和菓子に囲まれ、マクドール家の「後の月見」は始まったのだった。
「このあいだのチョコのも美味しかったけどね、やっぱり餡子だよね〜」
「ハズミ君は、どちらかというと洋菓子の方が好きなのかな?」
「こっちの草団子もとてもおいしいです」
「ハズミ君、胡麻団子食べた?ユーリグ兄さんの胡麻団子は絶品だよー!」
「クラハ、一人で全部食べてしまうんじゃない」
「……………」
……なんでルレンさん除く全員で僕に構おうとするんですか……!
ウチの兄弟達が死ぬ程うらやむであろう状況も、一番話したい人と話せないのであれば魅力も三割減だ。……贅沢な話ではあるんだけど。
「あはは…僕のはいい材料とか使ってませんし、自己流なんで、ユーリグさんみたいに上手には……あ、ルレンさん!」
僕は、思い出した風を装おって、無理矢理ルレンさんに話を振る。
「……な、なに?」
「このあいだのチョコ団子、ルレンさんは如何でしたか?やっぱり、ケイさんのおっしゃる通り餡子の方がいいですかね?」
「……えっと、僕は……チョコレート、好きだから……」
タイの端っこをむにむにしながら、ルレンさんが恥ずかしそうに答えてくれる。「それなら兄さん、今日はチョコ饅頭も用意しましたよ」
すかさずユーリグさんが割って入る。うう、なんか色々読まれてる〜…
「お饅頭にチョコ!それって洋菓子?和菓子?」
「旨ければどちらでもいいだろう?」
「そんなことないよー!こう、自分内のお饅頭ランキングに影響が…」
……「チョコ菓子」じゃなく「チョコ饅頭」なのも、ケイさんとクラハさんが盛り上がるのを狙ってなんだろうか。
……単にルレンさんとケイさんを同時に喜ばせようとしただけかもしれないけど。
「さ、兄さん、どうぞ?」
「……僕は後で頂くから、先にケイやクラハにあげて?勿論、ハズミにもね」
「……そ、そうですか……はい」
ルレンさんが、差し出された重箱をやんわり押し返すと、ユーリグさんは少しがっかりした顔で腕を引き戻した。
「ルレンさん、お茶のおかわりもありますけど」
「ありがとう。まだ大丈夫」
カイルさんの言葉にも、ルレンさんは首を横に振る。
……今更だけど、なんだかルレンさん、様子がおかしい。
そう思ってから他のマクドールさんを見てみると、皆僕に構いながら、実際にはルレンさんを気にしているように見える。
「……あのう、すみません、やっぱり僕お邪魔でしたか……?」
会話が途切れた瞬間を見計らって、思い切って言ってみる。
「っ!そんなこと……っ!」
弾かれたように顔を上げたルレンさんが、一生懸命首を横に振ってくれた。
「ハズミに来てくれってお願いしたのは僕でっ、僕はそのっ、あの……っ……ハ……ハズミに……」
「ルレン。お前が言い出した事だろう?ほら」
言いよどんで再びうつ向いてしまったルレンさんの背中を、それまで黙って見ていたユウさんが、そっと押した。
「ユウ……」
「大丈夫。……ハズミ。ルレンが、君に言いたいことがあるそうなんだ。聞いてはもらえないだろうか」
振り返るルレンさんの両肩を抱き、ユウさんが僕の顔を見つめる。
「……え……?え、あ、は、はい…き、聞きます……!」
「……聞いてくれるそうだよ?」
僕の返事を受けたユウさんが、もう一度ルレンさんの背中を押す。
「うん………あっ、あの、ね………?」
「…………はい」
「あ……ありがとうっ」
「…………へ?」
何を言われるのかと、内心ビクビクしていた僕に投げ掛けられたのは、唐突な謝礼だった。
「あっ、あのね、いつもありがとう!いつも、おやつ、ありがとう……!」
見れば、ルレンさんは顔を真っ赤にして……それでも、目はしっかりと僕を見ていた。
「僕が好き、って言ったモノ、覚えててくれてるでしょう?大変なのに、作ってくれるでしょう?」
――あ、すごい。わかってくれてたんだ。
確かに、チェックはしていた。ルレンさんは、本当に自分が食べたいものとそれ以外のもので、「おいしそう」の言い方が違う事に気が付いてからは特に。
……聞いた直後に作るとバレると思って、間を置いたり違うものをはさんだりはしていたんだけど……
「だ、だ、だからねっ、お、お礼、しなきゃと思って……!でも、僕、あんまり出来ることないから……あ、あの、その……」
そこまで言うと、ルレンさんは赤い顔を更に赤くしてうつ向いてしまう。
――沈黙が落ちる。
隣のユーリグさんからは殺気のようなものがびすびす吹き付けてくるけど、他のご兄弟からは優しい視線しか感じない。
「……ハズミ君。何か、好きな歌、ある?」
唐突に切り出したのは、ルレンさんの隣のヒロさんだった。
「うた?ですか…………あ」
反芻した所で、ようやく気が付いた。
「お礼に、ハズミ君に何か歌ってあげたいんだって」
「ご、ご、ごめんね、僕、そんな事しか出来なくて……」
「……僕、に、歌ってくれるんですか……?」
「…………」
僕の言葉に、ルレンさんはこくん、と頷いた。
ちら、と隣を見れば、ユーリグさんはなにがしか、自分に言い聞かせて辛抱しているようだった。
……手の込んだドッキリ、とかじゃ、ないよね……?
「……そしたら……お月見ですし、なにか月にちなんだ歌……とか、お願いしていいですか?」
「月……うんと……たくさんあるけど……あれがいいかな。外国の民謡」
テーマを指定すると、途端にルレンさんの表情がしっかりする。
やるべき事を見つけたルレンさんは、目の光がとても強くなる。
「はい。じゃあそれを、お願いします」
「――――はい」
すく、とルレンさんは立ち上がり、深く息を吸う。
静まり返った屋根裏部屋に、柔らかい旋律が溢れて消えた。
「ルレンさん、今日はありがとうございました。…なんだかすみません、気を遣わせてしまって……」
「ううん、こちらこそごめんなさい、大した事出来なくて…」
その後。
どうやらルレンさんは、緊張でモノが食べられなくなっていただけらしく、無事に歌い終わった後は、量は少ないながらも、おいしそうに団子やおはぎを食べていた。
それを見届ける事が出来たので、僕は帰る事にした。経緯がどうあれ、家族団欒の邪魔をしていることに変わりはなかったから。
「呼んで頂けて、嬉しかったです。ありがとうございました」
「遅い時間にごめんね。……じゃあ、また」
玄関先まで見送りに出てくれたルレンさんが、小さく手を振ってくれる。
……僕はその手を取って、ずっと隠し持っていた物を押しつける。
「……え?……なに……?」
「先刻のはご家族用なんです。……こっちは、ルレンさん専用に」
「……おだんご……じゃない、堅い……?」
「クッキーです。お団子状にして、中に餡のかわりにカスタードクリームです」
「……!」
「お口に合えばいいんですけど」
「あ……っ!合うよ、絶対美味しいもの!」
眼鏡をしていないおかげで、一生懸命な表情も、いつもよりよく見てとれた。
「……嬉しいな。美味しいものたくさんだ」
「ユーリグさんはいいですね。こんなに一生懸命美味しいって言ってくれるお兄さんが居て」
「だって、本当に美味しいんだもの。……ハズミの作ってくれるものも、いつもすごく美味しい」
ああどうしよう。顔がにやけそうになる。
「ありがとうハズミ。……また、何かお礼考えなくっちゃ」
「じゃあ、今度一緒にカラオケ行って下さい〜なんつって」
ぺこんと頭を下げるルレンさんに、冗談のつもりで軽く言ってみる。……と。
「あはは、そんなんじゃお礼にならないじゃない」
……人気インディーズバンドのヴォーカル様とカラオケなんつったら、お礼どころか何かの賞品になっちゃうと思うんですが……!!
「……そ、それじゃ、僕はこれで。おやすみなさい」
「うん、おやすみ。またね?」
ルレンさんに見送られ、僕はマクドール邸を後にした。
『ハズミ(さん)〜?』
そんな浮かれた僕を待っていたのは、兄弟どもの冷たい視線だった。
「なに、出かけるってお隣だったの?」
「こんな時間に?」
「一体何しにです?」
「ユーリグさんは!?ユーリグさんはいた!?」
………でも、今回特別やましい事はない。……少なくとも、こいつらに関しては。
「……呼び出されたから行ってきただけ。なにか?なんならユーリグさんに確かめてみたら?」
「む、開き直ったね……!」
「このムッツリー!抜け駆け厳禁ですー!」
「やっぱりユーリグさんいたの!?いいなあ……ハズミ、明日から四男と五男交換しない?」
「リクってば……」
「さぁて、風呂はいっかなー」
「逃げるなー!」
「このムッツリー!このムッツリー!!」
「ムッツリー!ムッツリー!!」
「この際ムッツリでもかまわないからさ!替わってよハズミー!」
……因みに。
この夜から一週間程、ルレンさんと話せなくなった。
要因は……ユーリグさんのガードがきつくなったのと、ルレンさん本人が僕と会うと顔を赤くして逃げてしまっていたから。
中々、複雑ではある。
++了++
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