| †
Side D
「はい、アオイちゃん」
「ん?」
ある朝、ハズミが弁当と一緒に、畳まれた布のようなものを差し出した。
「なんだ?」
「エコバッグです。何枚か用意したから足りると思うけど……」
「?何か買い物があるのか?」
「ちがーう!今日バレンタインでしょ、戦利品入れ!」
「………あ。」
去年、アオイが段ボール箱を抱えて帰ってきたのを覚えていたハズミが、今年は先手を打って袋を用意していたらしい。
「これならかばんに入れとけるし、持つのも楽でしょ?」
「ああ、ありがとう……だがそんなに貰えるとは限らな」
「それは大丈夫です〜!二月に入ってからというもの、いろんな方からリサーチ受けてましたからー!」
「みんなアオイ兄に渡す気満々だよね〜」
「暫くはチョコレート食べ放題ですね」
「年々増えていくよね、アオイ兄のチョコの数」
「アオイちゃん!チョコは非常食!たっくさん貰ってきてね!!」
「…………」
かくて、長男は弟達の期待を一身に背負い、登校したのであった……
その日の夕方。
バーゲンセール帰りの主婦のような状態で帰宅したアオイを待ち受けていたのは、弟達が「預かった」と称するチョコレートの山だった。
「……これは」
「全部アオイちゃん宛てだよー!」
「帰り道、ちょっと恥ずかしかったですよ、自分のじゃないのに」
「道みち注目されてましたからね〜☆」
「……本当に全部オレ宛てなのか?」
『もっちろん!!』
「……お前達宛ても、混ざってるんじゃないのか?本当に全部確認しながら受け取ったのか?」
『…………え?』
思わぬ言葉に、四人が固まる。
「あ、僕は確認してるから大丈夫です。自分の分は別にしてあります」
『えぇっ!?』
ただ一人固まらなかったレンは、お茶をすすりながら余裕の表情である。
「ちょっ、レン――!お前いつの間に――!!」
「いつも何も、ハズミずっと隣にいたでしょう!」
「……普段ハズミさんと主婦やってる印象強いんで忘れがちですけど、レンさんてアオイさんの次くらいにモテ要素有りますよね」
「ほぼ同じ事をやってるハズミと比べると余計ね」
「というか、ハズミってバレンタイン前の方がモテるよね。皆レシピ聞きにくるから」
下三人は、お互い顔をつき合わせてうんうんと頷きあう。
「先に言ってよ――!……いや僕ら宛てがあったとは思えないけど!不安じゃーん!!」
このチョコ山の中に、五つ子(レン除く)宛てのチョコが存在したかどうか。
真実は闇の中……というか、チョコの中である。
Side M
ある日の朝。
時計は丁度七時をさしていた。
「クラハー?そろそろいくよ?」
「ああ」
「兄さん達、お出かけですか?」
車のキーを握ったルレンを見て、ユーリグは首を傾げた。
この家にある車は、家族全員が乗れるワゴンタイプのものである。
二人で出かけるなら、ルレンのバイクでいいのでは……と、ユーリグは声に出しかけて止めた。
安全第一である。
バイクの二人乗りより、車で行ってくれた方が、ユーリグとしても安心だ。
ちらっと兄をみやれば、二人は数枚の紙を覗き込み、真剣な表情で言葉を交していた。
「何か……お仕事ですか?」
「ん?ううん、仕事とかじゃないよ?ないけど……」
「大事な用だ。この期を逃すわけにはいかない」
「そうですか……」
微笑んではいるものの、緊張感漂う二人の様子に、ユーリグもそれ以上の追及はやめる。
「じゃあ、行ってきます」
「いい子にしてるんだぞ」
各々手を伸ばし、ユーリグの髪をすくと、二人はそのまま家を出ていった。
「………おはよう」
「あ、ユウ兄さん。おはようございます」
と、双子と入れ替わりにダイニングに現れたのはユウだった。
「すみません、すぐごはんの用意、しますね」
「ああ、別に慌てなくていい。先にコーヒーだけ貰えるか?」
「はい、すぐに」
ユーリグは柔らかく微笑むと、くるりと踵をかえす。
その後ろ姿を目で追っていたユウは、ルレンとクラハのマグカップが、揃って外に出ているのに気付いた。
「ルレンとクラハはもう出かけたのか」
「はい、お二人ご一緒に車で」
「………車で?」
「はい。……あ、兄さん、何か車を使う予定が?」
「いや、そうじゃな……ああ、そうか……」
途中で何かに気付いたらしいユウはテーブルに肘をつき、長く息をついた。
「……え?」
「そういえば、もうそんな時期だったな……」
「え?え?お二人が何処に行ったか、ご存知なんですか?」
「………なんとなく」
「??」
何故か遠い目のユウに、ユーリグは首を傾げるばかりであった。
同日・夕刻。
「只今戻りました……?」
学校から帰ってきたユーリグは、妙なにおいに違和感をおぼえた。
「おかえり〜!」
居間からは、ルレンのよく通る声。帰ってきているようだ。
「兄さん、なんか匂いが……うわ。」
居間に一歩立ち入ったユーリグは、思わず声をあげる。
「おかえり。早かったな」
ルレンとクラハが陣取っているローテーブルは、上と言わず下と言わず、カラフルな包みで一杯になっていた。
「にににに、兄さん……これは一体」
「えへへ、チョコレート、買っちゃった」
頬をピンクに染めたルレンが無邪気に言う。
「チョコレート……って、これ、全部チョコですか!?」
「あー、ユーリグ。そういう事だ」
「ゆ、ユウ兄さん……」
「この二人、この時期になるとこれをやるんだ」
「チョコレートの……まとめ買い?」
「違うよ、一つのお店ではいっこか二個しか買わないよ?」
「この時期、いろんな場所でチョコレートのフェアをしててな」
「普段、なかなか買いに行けないような所のお店が催事で集まってるからね?」
「こうして巡ってきたというわけだ」
にしても、チョコと包み紙の匂いが玄関まで漂ってくる程の量である。
(……だから車で行ったんだー……)
妙に納得したユーリグは、脱力感に思わず肩を落とす。
「この時期にしか売ってないようなのもあるんだよ!美味しいから、ユーリグも一緒に食べよう?」
好物に囲まれてご機嫌なのだろう、ルレンがにこにこしながら、チョコを一つ摘んでユーリグの前に差し出す。
「ユーリグは勉強にもなる筈だ。沢山食べるといい」
「あ、は、はい……」
「はい、あーん」
「え?」
チョコを手で受け取ろうとしたユーリグに先んじて、ルレンが口をあけろと促した。
「え、あ、いやあの……」
「ふむ。では私はユウか」
「ん」
ユーリグがすがるように視線を向けた先では、ユウが慣れた様子で、クラハの手からチョコを食べていた。
「………これ、いや?」
視線を戻せば、ルレンが細い眉をハの字に寄せ、瞳をうるませている。
「いえっ、そうじゃなくて……た、食べます食べます!!」
困ったユーリグは、ひとつ大きく息を吸い込むと、真っ赤な顔で口をあけた。
「ただいまー」
「ああ、おかえり」
「おかえりなさい」
「おかえりー」
この日最後に帰宅したケイを、兄弟達が迎える。
「あ、本当にやったんだ〜」
居間のチョコレートの山を見て、ケイはくすくす笑う。
「ケイさん、ご存知だったんですか?」
「うん、去年話だけちらっときいたんだ」
問うカイルに、ケイは上着を脱ぎながら答える。
「こんな量だとは思わなかったけどね。――あ!それ美味しそう!僕にも頂戴!」
「だめ〜、手を洗ってうがいしてから〜」
「早くしないと食べてしまうぞ?」
寄り添ってきたケイの額を、ルレンとクラハがぺちっとたたく。
「二人とも意地悪だ……!待っててよね、ちゃんと残しといてよね!?」
「僕が見張ってますから、洗ってきて下さい?」
がばっと体を翻したケイの背中に、ユーリグが優しく声をかける。
その様子を見て、兄弟達は声を上げて笑った。
++了++
|