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「これ、食べて下さい。」
口を真一文字に結んだハズミが三人の前に差し出したのは、なんとも形容しがたい物体だった。
平たい皿にのせられた「ソレ」は、奇妙な形にねじくれ、所々から粉が吹き出していた。
かと思えば一部は焦げてがちがちに固まっていたり、どろっとした生の生地がはみでていたりする。
ある意味、芸術的なのかもしれない物体を、隣の四男坊は怖い顔で「食え」と言う。
集められたマクドール家の三つ子は困惑していた。
ハズミと言えば、隣家の台所番であり、厨房のバイトをこなし、文化祭では手製のケーキで来場者を釘付けにする力量の持ち主である。
それが何故、おおよそ成功とは言い難い「コレ」を自分達に食べさせようとするのか。
「……ええと……じゃあ、いただきます」
『待って待ってカイル(さん)!』
素直なカイルが、ついうっかり手を出しそうになるのを残り二人が食い止める。
「……あの……ハズミ君、これ、なあに?」
「食べてもらえればわかります」
尋ねたケイの言葉にも、愛想のない返事しかしない。
普段から表情豊かなハズミだが、こんなに険しい表情をみるのは初めてである。
「……これは、ハズミ君が……?」
「……………」
ユーリグの問いに、僅かに肩を震わせるが、ハズミは答えない。
『…………』
その様子に、三つ子もますます困惑するばかりだった。
「……ハズミ君らしくないですね。どうしたんですか?」
「……食べて貰えたら、お話します」
固い表情のままのハズミに、ユーリグはひとつ、大きく息をついた。
「……わかりました。いただきます」
「ちょっ……ユーリグ!!」
据えられたフォークを取りあげたユーリグに、ケイは思わず声をあげる。
「そうですね……いただいてからお話を……」
ユーリグに倣い、カイルもフォークを取り上げる。
「……二人とも、よく考えてみましょう?」
『え?』
小さな声でユーリグが言うと、向かい側のハズミがこくこく、と真顔のまま頷いた。
「……ハズミ君が作ったのじゃないなら……誰が作ったんだと思います?」
「え……あ……!」
「え、ま、まさか……」
声をあげかけた二人に、それ以上言うなとハズミが目線で必死に訴える。
「えーと、シロップはかけてもいいですよね?」
「ウチでいつも使ってる、安物のシロップと特売のバターしかありませんー。あんまり美味しくないですよー?」
何故かハズミは、そこだけ大声で、トッピングの不味をアピールする。
「じゃー、僕もいただこうー」
「いただきますー」
ハズミの行動を見て、ケイとカイルも必要以上に大きな声を出す。
おそらくホットケーキなのだろう、その物体を三等分し、三人は揃って口に運ぶ。
――外観どおりの味ではあった。
が、三人はにこにこしながら、「ソレ」を食べ進める。
「…とっても、美味しいです」
「うん、美味しいおいしい!」
「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」
見る間に、三人は「ソレ」を完食してしまった。
「……お……おそまつ、さまでした……!」
目の前の光景に、ハズミがようやく笑顔をみせる。
「美味しかったですよねっ、美味しかったですよねっ!?」
「はい、とっても」
「――だそうですよ!!」
ハズミが、背後の台所に向かって声をかける。
すると、戸口からひょこっと、柔らかそうな黒髪が覗いた。
「ルレン兄さん」
「そんなとこにいたの?」
「ごちそうさまでした、美味しかったですよ?」
「……食べちゃったの?」
現れた三つ子の兄は、申し訳なさそうな表情で台所から出てくる。
「ほら、だから言ったじゃないですか、大丈夫だって!」
「兄さん、僕達の為にホットケーキを焼いてくれたんですね」
「ルレン、料理苦手なのに頑張ってくれたんだね!」
「ありがとうございます」
「朝からずーっと頑張ってたんですよ、ルレンさん!」
『いつも美味しいものを食べさせてくれるあの子達に、何か作ってあげたい』。
ルレンがハズミに相談してきたのは昨夜だった。
じゃあ何か簡単そうなものをと、ハズミが提案したのがホットケーキだった。
卵と牛乳、市販のミックス粉を混ぜて焼けばいいだけのものだが、これがルレンの手にかかると、恐ろしく難しい料理へと変貌した。
粉がこぼれる、卵のカラが入るなんて事は当たり前。
牛乳は分離し白身と黄身は混ざらず、粉はダマを通り越して硬化するし、一度金属製のボウルがまっぷたつに割れたりもした。
泡立て器もスペアまでダメにしたし、計量カップは3つ壊した。(プラスチックなのに)
最後にフライパンを炎上させて出来たのが「アレ」であった。
「……せ……せっかく……お誕生日だから……なにか美味しいもの、と、思ったんだけど……やっぱり、だめだった」
「そんなことないですよ!とっても美味しかったです!」
「そうそう!」
「ルレンさんが一生懸命作って下さったんです、おいしくないわけがないじゃないですか」
しゅん、と肩を落とすルレンに、三つ子は慌てて首を振る。
「……ありがとう、お誕生日なのに、逆に気を使わせてごめんね?」
『…………♪』
泣きそうな顔ではあったが、ようやく笑ったルレンに、三人とハズミは胸をなでおろす。
「あ。あのさぁ、それなんだけど、今日まだ誕生日じゃないよね?なんで今日だったの?」
ケイが不思議に思っていた事を口に出す。
確かに三つ子の誕生日は今週だが、今日ではない。
「今日、日曜日でしょう?その方が三人の都合もいいだろうから、ってハズミが言ってくれて」
「あ……ええ、まあ……」
ルレンに笑顔を向けられると、ハズミは曖昧な表情を浮かべて頷く。
「あっ、実は僕からも皆さんにプレゼントがあるんです。フォンダンショコラ〜」
誤魔化すようにハズミは立ち上がると、オーブンレンジから小さなカップを取り出してくる。
「………?」
「えー、これバレンタインの余り?」
「まっさか!ちゃんと今日作りましたよ?ねぇ、ルレンさん?」
「うんー、何か作ってたー」
「ハズミ君まで……わざわざありがとうございます」
「ほら、ユーリグ。美味しそうだよ?口直し」
「え?……はい、口直しは必要ありませんから、おやつとしていただきますね?」
ハズミの態度に最後まで首を傾げていたユーリグだったが、ルレンににこりと微笑まれ、まあいいかという気分になってしまう。
「それじゃあ三人とも、お誕生日おめでとう!!」
††
……それは昨晩、ルレンがハズミに電話してくる、少し前。
「う〜ん」
「……ん〜……」
「う――――…」
「……ちょっと、レンまで一緒になって何やってんの」
「ちょっと……財布と相談を」
「何か買うの?……リクとカナタは何唸ってんのさ?」
「今話しかけないで下さい!僕は今『びっくりどっきり☆カイルさんはぴば企画!!』の構想中なんです!!」
「誕生日?カイルさんの……あ、あぁ〜……」
カイルが誕生日、ということは、三つ子であるユーリグとケイも誕生日、ということになる。
「それでこの面子なわけね。あ、じゃあ僕も何かお祝い……」
『しなくていいッ!』
呟いたハズミに、三人が同時にツッコむ。
「このムッツリスケベー!邪魔する気かー!ですー!」
「当日、水差すような真似……しませんよね?」
「ハズミ〜!寧ろユーリグさんへのプレゼント、一緒に考えてぇぇ」
(こりゃ当日は……お隣に近寄らない方がいいな……)
やたら殺気立つ三人に、ハズミはふるふると首を横に振ったのだった。
++了++
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