それは、無事引越しを終え、一月が経とうかという頃だった。


 午後八時。
 全員で夕食を済ませ、それぞれが思い思いの場所で寛いでいた時だった。


 ばたどたごがん!


「――〜ったぁ…っ!」
 廊下に鳴り響く大きな音と、小さな悲鳴。

「ルレン兄さん!」
「どうしたんですか!?」
「なんだかすごい音が…」

 音と悲鳴を聞き付けた兄弟達が、次々と廊下に飛び出してくる。

「〜ッ……ご、ごめ……なんでもな…っ……いッた…っ」

 階段下では、右の脛を押さえながら、涙目でのたうちまわるルレンがいた。
「兄さん!兄さんしっかり!」
「見せて!ぶつけたとこっ」
「救急車!?救急車呼びますか!?」
「大丈夫!?大丈夫!?」

「……お前達。落ち着きなさい」
 弟達が顔面蒼白になって叫ぶ中、只一人ユウだけが冷静にツッコんだ。
「ルレン、ぶつけただけで、切れたりはしてないな?」
「……うん、後で青アザにはなると思うけど……血はでてないよ」
 ようやっと痛みが和らいだルレンは、涙目のままではあるが、けろりと答える。

「あー痛かった……あは、ごめんねえ、びっくりさせて。ちょっと階段踏み外しただけなんだ」
 まだおろおろとする弟達に向かい、落ち着きを取り戻したルレンはにこりと微笑む。
「ルレン。また転んだのか?」
 すると今度は、風呂からあがってきたらしいクラハが、髪をぬぐいながら現れる。

「そうなんだー。すね、思いきりぶつけちゃって。痛かったぁ」
「寝不足でふらふらしてたんだろう。気をつけろ」

 ちゅ。

「ん、そうする」

 うちゅ。

 クラハが、慰めるようにルレンの額に、ごくごく自然に唇を落とす。
 それに応えるかのように、ルレンの腕がクラハの首に絡み、その頬にキスをする。

『……………!!』
 弟達の蒼白だった顔色が、今度は一気に赤くなる。

「また転ばないうちに寝るんだぞ?」
「うん、わかったー」
 当の双子は、何もなかったかのようにあっさりと体を離し、階段を上っていくクラハの背中に、ルレンがひらひらと手を振っている。

「……どうしたんだお前達?」
 双子の悩殺(?)シーンを、特になんの感慨もなく見ていたユウが、弟達の様子に首を傾げた。
「……ルレン、今のって」
「え?なぁに?」
 ようやくケイが声を絞りだしたものの、意図する所がわからず、今度はルレンが首を傾げた。
「……えっと、その……今、クラハとしてた」
「クラハと……あ、おやすみのキスの事?」
「そういえばここのところやってなかったな」
「ロウがいないと、言う人がいないからね」

 従兄弟と4人で生活していた頃はごく日常的にしていたことらしい。
 ルレンとユウは、さも当たり前のようにキスについて話す。

「じゃあ久しぶりにユウにもー」
「はいはい」
 ルレンが背伸びをしてユウの頬にくちづけると、お返しにとユウはルレンの黒髪にそっと唇を寄せた。
「に…兄さん……ソレ、ろ、ロウさんにも……?」
 その様子を見たユーリグが、肩をふるふると震わせる。
「うん。……ロウにも、というか、主にロウに?」
「スキンシップ大好きだからなぁ、あれは」
 しっぽ頭の従兄弟の事を思い出しているのだろう、ルレンとユウは顔を見合わせて頷きあう。

「……じゃあ、それ以外の人には……しないの?」
「うん、流石にヨソの人にはやらないよ?」
 おずおずと前に進み出たヒロに、ルレンはこくんと頷いた。
「よ、よその人って!?どこまでがよその人!?」
 なにやら必死の様子で食い下がるヒロ。
 見れば、その隣でケイも似たような表情をしていた。
「……少なくとも、僕の可愛い弟達は、ヨソの人なんかじゃないよ?」
 言うとルレンは、ヒロとケイの頭をそれぞれ抱き寄せ、一回ずつ、軽くくちづけた。
『…………』
 二人の顔色は、青、赤ときて、今度はピンク色に染まる。
「本当に皆、騒がせちゃってごめんね?これ以上転ばないうちに寝ます」
「そうだ、足はもう大丈夫なんですか?」
「念のために、シップくらい貼っておいた方が…」
「うん、ちょっとぶつけただけだから。ありがと」
 言うが早いか、ルレンはユーリグとカイルの頬にも一回ずつキスをする。
「じゃあ、ちょっと早いけど。おやすみなさい」
 これで全員、と、満足げに一同を見渡すと、ルレンはちょこんと頭を下げ、階段を上って行った。

 ……階段下には、更に顔を真っ赤にしてへたりこむユーリグとカイル。
 うっとりしたまま、ルレンの姿が消えた階段を、いつまでも見上げるヒロ。
「僕もユウにするー!」と、長男に突撃するケイ。
 ……そんな弟達を、よしよしとなだめる(?)ユウが残された。

(……弟達には刺激が強いようだから、目の前でやるのは自粛するよう言っておかないと……)

ケイの髪を撫でながら、ユウはぼんやり思うのであった。 

++了++


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