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今夜は、まだ雨が降っていた。
風呂から上がったハズミが部屋に戻ると、既に明かりは落とされ、リクが布団の上で寝息をたてていた。
腹の上には、申し訳程度にタオルケットがひっかかっている。
「……風邪ひくなよ〜……」
リクにケットをかけなおし、ハズミはそろりと部屋の窓を開けた。
霧雨が、つきだした腕に早速まとわりつく。
隣家の屋根に視線を向ければ、そこには予想通り、小さな人影があった。
「…………」
ちら、とリクを振り返ってから、ハズミは自身の携帯電話に手をかけた。
『――こんばんは』
「………こんばんは」
数回のコールの後に、電話が繋がる。
同時に、屋根の上の人影が小さく揺れた。
『……今年も雨、降っちゃった』
「――そうですね」
『……ハズミは、もう寝るの?』
「え?……ああ、そうですね」
『明日も早いんでしょ?』
「はは……そんなに早いわけじゃないですよ、レンに比べたら」
小さく笑うと、ハズミは窓枠に腰をかける。
「やっぱり……この梅雨ド真ん中に星を見ようってのは……無理なんですかね」
『うん……そうかな』
「風邪、ひいちゃいますから。あんまり長くそこに居たら駄目ですよ?」
『だって蒸し暑いもの。ちょっと雨被ってるくらいの方が涼しい』
「貴方のおうちは、廊下まで快適温度でしょう?……ご兄弟が心配なさいます」
『ぷー。けち。』
「けちじゃありません。……今年は音楽祭もあるんですから、特に体調管理は念入りにしないと」
『……ハズミは大人になったねぇ。なんだか』
「………そうですか?」
『僕がちっとも成長しないから、そう感じるのかもしれないけど』
「未だに夜、補導されかかりますもんね」
『違うー。身長の話じゃないー。……でも確かに、ハズミは随分背、伸びたよね』
「……そんなに伸びたように見えます?」
『だって、もう見上げるようになっちゃったもの』
「僕としては、もう少し欲しいんですけどね」
『えぇ、そんなに伸ばしてどうするの?』
「……いえ、どうもしませんけど……じゃあ、貴方の事おんぶして歩いてあげますよ」
『あはは、それならもうちょっと大きくなってもいいかな』
くすくす、と、電話の向こうの声が揺れる。
それを聞いているハズミも、自然と表情が緩む。
『……本当に、どんどん置いていかれちゃうな』
「置いてくもなにも、まだ追いついていませんから」
『……そういう切り返し、ロウに似てきたよね』
「あっ、酷い!あんなに胡散臭くないです僕!!」
『皆そういうんだけど……そんなに胡散臭いかなあ、ロウ』
「僕の中では代名詞ですよ……」
……数秒の沈黙。
その後、屋根の上の人影はひょこっと立ち上がった。
『雨、全然あがんないね。……やっぱり今日は、もう寝ようかな』
「その前に、ちゃんと風呂入って温まって下さいよ?」
『はい、わかってます』
「……そうだ、明日、なにか作って差し入れますよ。何がいいですか?」
『ほんと?なんでもいいよ』
「もう、それ一番困るって言ったでしょう?」
『だって……好きだもの』
「…………え……」
『ハズミが作ってくれるもの。なんでも』
「………じゃあ、パンでも焼いていきましょうか。ごはんにもおやつにもなりますし」
『わあ、楽しみにしてる!』
「それじゃあ、おやすみなさい。……また明日」
『うん、おやすみなさい。……また明日』
微かに震える指で、通話を切る。
「…………びっくりした」
携帯電話を放り出し、リクが一緒に敷いてくれたらしい布団の上に体を投げ出す。
確かに、ここ一年で身長は相当伸びた。まだ伸ばすつもりでもいる。
大人になったかどうかはわからないが、「少し落ち着きがでてきた?」と言われる事は、最近ある。
それでも、彼の人にはまるで敵う気がしない。
年々、無防備に磨きがかかっていく一方である。
(……ユーリグさんの胃に穴があく日も近いかもね)
「……寝るか」
はあ、とひとつ、大きなため息をつくと、ハズミは枕に顔を埋めた。
「……どうなんですかね」
「……どうなんですかねぇ……」
揃って唸るのは、カナタとレンである。
三人部屋の、開け放たれたドアの脇。
中のハズミの様子を、どうやら窺っていたらしい。
「いい加減、あのヘタレどーにかなりませんかね」
「でも上手くいって、毎日のろけられたりしたらイヤだなぁ」
「大丈夫ですよ、ハズミさんにそんな甲斐性ありませんから」
「ならいいんですけど。…じゃあ、僕は寝ますから。夜更かししすぎましたよ」
「ハズミさんがこんな時間に電話デートなんかしたせいです、明日たっぷり仕返ししてやればいいでしょう」
「……そうですね。そうします」
物騒なセリフを残して部屋に帰る三男を見送り、カナタもそっとため息をついた。
「どうしてウチはどストレートかぐにゃぐにゃカーブしかいないんですかねぇ……」
++了++
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