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「るーれーんーさん、あーそびーましょー♪」
「はーあーいー」
夏休みの、とある日。
カナタはマクドール邸に遊びにきていた。
しかし、本命のカイルは、大学の夏期集中講義に参加しており不在である。
なので本日は、最近すっかり遊び仲間になったルレンを訪ねてきていた。
「リビングでもいい?冷房ついてるから」
「もちろんです〜♪ああっ、もう玄関から涼しいです!」
デュナン家の冷房は、未だ扇風機に頼る所が多い。
居間にのみクーラーがついているが、これは三男の許可がないと使えない。
もっとも、猛暑と騒がれるこの夏、文字通りの死活問題なので例年よりは許可も下りやすいのだが、使用は専ら夜間、就寝時である。
「……クーラーついた居間で雑魚寝と、扇風機オンリーの自室。究極の選択だと思いませんか」
「そう?雑魚寝、楽しいよ?」
「カイルさんと雑魚寝なら楽しいですね!むしろ二人きりならどんな熱帯夜も耐えられます!つか熱帯夜にしまげふっ。」
「カナタくん?暑かったでしょう、水分とミネラル補給してくださいね?」
上手に二人の間に割って入ったユーリグが、カナタの脇腹に拳を押し込む。
……しかも、麦茶を乗せた盆で、ルレンからは見えないようカバーしている。
「……手慣れてきましたねユーリグさん……麦茶、頂きます」
「……少し懲りて下さい。はい、どうぞ?」
なんだか微妙な笑みを浮かべて睨み合う?二人を、
「……いいなー……相変わらず仲良しさんで」
と、ルレンはのんきに眺めていた。
「あ、そうだ!このあいだ新しいゲーム買ったんです。ルレンさんもやってみませんか?」
「わあ、やらせてくれるの?」
一頻りコミュニケーションをとったところで、カナタがカバンから携帯ゲーム機を取り出す。
受け取ったルレンは、慣れた様子で電源をいれた。
「今度は何系?」
「音ゲーですよ。ルレンさん得意なんじゃないですか?」
「アーケードのは少しあるけど、コンシューマーは初めてかも」
「あ、そうなんですか?……MDに入ってるのが何曲かあります、それからやるといいかもですよー」
「ああ、この辺だね。うん、そうする」
マクドール家の中でも、ルレンは普段からゲームに興じる「現代っ子」である。
寝食を忘れて、という程熱中したりはしないようだが、時々居間で、小さな機械をかちゃかちゃやっている姿は見られた。
(……ルレン兄さん、楽しそうだ……)
画面を覗き込み、きゃっきゃとはしゃぐルレンを、ユーリグはダイニングからカウンター越しに眺める。
「うわ〜、この程度なら一発クリアですねー。じゃあもうさくさく最高難度行きましょう!」
「えぇ、やだ、このレベル全曲やりたい〜」
「ルレンさんの手であの鬼のよーな譜面をねじ伏せるところがみたいんです!是非!一曲だけでも!!」
「う〜……出来るかどうかわかんないよ?」
「トライするだけで結構です!お願いします!」
「……じゃあやっちゃう。どの曲?」
(……盛り上がってるなぁ……)
ルレンのリクエストである桃のケーキを作りながら、ユーリグはリビングから目が離せないでいた。
「あ、おわおわ、終わる終わる!終わっちゃう!」
「もう少しです堪えてくだ……」
『あ――――!!』
見事にハモった悲鳴に、ユーリグの肩が、腕に抱えたボウルごと跳ねた。
「ど、どうかしましたかっ!?」
「え、あ、ご、ごめんね大騒ぎして!なんでもないの!」
慌てて飛び出してきたユーリグに、ルレンはぱたぱたと手を振ってみせる。
「惜しかったんです、あともう何フレーズかでクリアだったんです――!」
ルレンの隣では、カナタがハンカチでも噛み千切りそうな悔しがり方をしている。
「よし!今のでだいたいわかった、もっかいやる!」
「ルレンさん男前です!ファイトファイト――!」
二人のあまりの盛り上がりに、少し興味のわいたユーリグは、そのままソファの後ろから、ルレンの手元を覗き込む。
機械から音楽が流れだすと、液晶画面いっぱいに小さなアイコンがびっしり並ぶ。
音楽に合わせてボタンを押していけばいいようだが、曲自体がかなりのアップテンポである。
ルレンは首で小さくリズムを取りながら、ものすごいスピードでボタンを叩いていく。
「ルレンさん、今度はいけますよ!最後転調するとこだけ要注意です!」
カナタの反応からすると、今度は順調らしい。
「たん、た、たたたたん、たんたんた、たたたたた……たん、たん!出来た!!」
最後の方はリズムを口ずさみながらプレイしていたルレンが、ぱっと顔をあげた。
「ふおおおお――!流石ですすごいです!二回目でやっつけちゃいましたよ!」
「途中指がもつれて危なかったよ!は〜……!」
「CLEAR」の画面表示を見つめたまま、ルレンはソファの背もたれによりかかる。
「カナタ、これ夢中になるねぇ!」
「ですよね!じゃあ次は隠し要素の……」
「……面白い、ですか?それ」
「ん?」
横合いから投げられた言葉に、ルレンが振り向く。
すると、ユーリグが何やら赤い顔で、真剣にこちらを見つめていた。
「……うん、面白いよ。ユーリグも、よかったら一緒にやろう?」
「……え……」
思いがけないルレンの言葉に、ユーリグの顔が更に赤らむ。
「で、でも僕、あまりそういうの、やったことがなくて」
「大丈夫ですよ、ゆっくりめの簡単な曲もはいってますから。せっかくですし、やってみませんかー?」
カナタも、ルレンから受け取った機械をぽちぽちいじりながら笑う。
「………は…はい………」
「じゃあここ座ってー。カナタ、やり方教えてあげて」
「かしこまりですよ!ま、簡単なんですけどね〜。歌に合わせて、画面に出るアイコンと同じマークのボタンを押せばいいだけです。じゃあ、まず一番簡単な曲でやってみましょうか」
「は、はい……!」
「肩に力入れると、指が動かなくなっちゃうからね。リラックスリラックス♪」
「……はいっ……!」
今日、何度目かの「NOT CLEAR」の表示が、液晶の画面に浮かぶ。
「…………」
「…………」
「…………」
落ちる気まずい沈黙。
「……あの、失礼なことききますけど……ユーリグさん、音楽の授業って苦手でした……?」
「…………………はい」
尋ねたカナタに、ユーリグは苦悶の表情を浮かべ、呻く様に一言だけ答える。
かける言葉がみつからないルレンは、無言のままむりやり笑顔を作っている。
一番簡単なモードの、一番やりやすいであろう曲でのトライだったが、ユーリグはことごとくゲームオーバーに陥っていた。
最初の数回は、カナタもルレンも「すぐ慣れるから!」と励ましていたのだが、四回目を数えたあたりでルレンの顔色が悪くなり、八回目あたりでカナタが脂汗をかいてきた。
ユーリグも悔しかったのだろう、その後も何回かプレイしていたのだが、その手もとうとう止まってしまった。
「………そういう事なら、やり方を変えましょう」
重い沈黙を破り、カナタが指をぴっと一本立てた。
「やり方?」
「ユーリグさん、動体視力は悪くないですよね?」
「えっと、た、多分……」
「では、視覚のみでタイミングを合わせてみてください。音はミュートかけちゃいます」
『……え?』
ルレンとユーリグが同時に首を傾げるが、カナタは構わず、本体のミュートボタンを押す。
「カーソルが重なるタイミングでボタンを押して下さい。リズムとかテンポとかは一切気にせず、ひたすら視覚情報のみで!」
「あ、なるほど、それなら……やってみます!」
再度手の中に戻されたゲーム機を握り直し、ユーリグがうなずく。
「実は僕もこの方法でやってるんですよね。曲に合わせようとすると失敗するんで」
「………そうなの?」
ぽかんとした表情のルレンが、ぎぎぎと首を傾げる。
「はい。僕はもう曲が流れていても完全に無視できるんで、ハタからみられる分には気付かれませんよ」
「………あっ!出来ました、クリアできましたよ!」
ユーリグが歓喜の声をあげる。カナタの「裏技」が成功したようだ。
「おめでとうございますですよ!クリア出来ると気分いいですよね!」
わ――♪と、カナタが拍手で祝福する。
教え子の成長を喜ぶ教師のような心境なのかもしれない。
「……おめでとうユーリグ、よかったねえ!」
「はいっ!」
ルレンが横から頭を撫でてやると、ユーリグは心底嬉しそうに微笑んだ。
(音を聞かずにやるんじゃ、もはやそれは音ゲーじゃないよね?)
喉元まで出かかったセリフを、ルレンは鉄の自制心で無理矢理飲み込んだのだった。
因みにこの後完成した桃ケーキは、ちょっぴり塩味だったとかそうじゃなかったとか。
了
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