「ああああああ。」
「仕方ないじゃないですか、諦めて下さい」
「ああああああああ。」
「ハズミが嘆いたって、変わるものじゃないんですから」
「ああああああああああ……」


「どれだけわめいたって、今年のバレンタインは休講ですってば」


 二月某日。

 デュナン家の居間では、ハズミが奇声をあげながらのたうち回っていた。
「……信じられない……よりによってアオイちゃんがバレンタインに学校ないだなんて……!」
「アオイ兄の事ですし、前後の日とか郵送とかでも十分貰えると思うよ?」
「それだって学校の日に当たった場合のが絶対数貰えるじゃん!……ああ、みすみすタダチョコを逃すなんてェェ」
「お返しする手間が減ったと思えばいいじゃないですか。あれだってタダじゃないんですからね」
「ううう……毎年チョコタワーが高くなっていくの見るのが楽しみだったのに……」
「あんまり高くなると、そのうちバベられますよ」
「誰に?」
「……………ミカサあたりに?」
「ああ、ちょっと納得」



「…………」
 そんな三男と四男のやりとりを、カナタは居間の隅で黙って眺めていた。
 ぺたんと座る膝の上には愛用のノートパソコンが開かれている。

 そのディスプレイ部に、小さな球体がくっついている。
 ……ライブチャット用のカメラである。
 それが今、パソコンを使うカナタではなく、外側を向いていた。

『ちゃんと見えました〜?』
 カナタの指が、キーの上を滑る。
『うん、綺麗に見れたよ』
 打ち込んだカナタの言葉に対し、返答がかえってくる。
『相変わらず頭悪いですよね〜ハズミさん。しかも皮算用ってあたりがさらにアレです!』
『アオイはいつもそんなにチョコ貰うの?』
『すごいですよ!毎年段ボール箱に山です!
 あ、ルレンさんもファンの方から沢山いただくんじゃないですか?』
『うちはね、食べ物系のプレゼントNGになっちゃってるから。ぜんぜんだよ』


(――なんですかそれ。じゃあしょっちゅうお菓子作って持ってってるハズミさんは……身内除いたら一人勝ち、ってコトですか?)
 意外な事実に、カナタは驚く。
『そうなんですか。ルレンさん、チョコ好きなのに残念ですね』
『だから、自分で買って食べちゃうんだ』

『アオイさんのチョコも、僕らの大事なおやつではあるんですよね〜…
あ!でも僕はカイルさんからのチョコただひとつが欲しいです!それ以外はいらないです!』
『あはは、じゃあカイルに言っとくね?』


 ぐっ。


 ルレンの発言に、カナタは思わず拳を握る。
(ルレンさんからテコ入れ入れば、ユーリグさんの牽制も押さえられます!今年はカイルさんからのチョコ確実です〜!)

「……カナタ、何にやけてるのさ」
「そういえば先刻から静かですね。……また何かやってるんですか?」

 突然近くで聞こえた声に、カナタの体がびくりと跳ねる。
 気が付けば、ハズミとレンが、すぐ目の前まで詰め寄ってきていた。
「また犯罪スレスレとか、やってないでしょうね?」
「そんなことはしていません!お話してるだけです!……あ」
『誰と?』
「……そ……そ……それは秘密です〜!」
 そう叫ぶと、カナタはパソコンを閉じ、ばっとその場から逃げ出す。
「あっ!この野郎待て!」
「ハズミ、最悪PCだけでもとってきて下さいねー」



「……きれちゃった」
 突然〔オフライン〕表示になったカナタに、ルレンは小さく首を傾げる。

――パソコンの調子が悪いのかもしれない。

 大して深く考えず、ルレンはチャットと平行してやっていた作業に戻る。

 画面に表示されているのは、催事に集まるチョコレートメーカーの一覧と配置図。

(……今年の新規はここからここまで、去年美味しかったのはこことここ、……ここはメンバーに評判がよかったとこ……)


 僕らの大事なおやつではあるんですよね。


 そのまま残っているカナタの発言に目が止まる。


 ……チョコレート、か。
 ピンク色で彩られたブラウザ画面に、ルレンは小さく息をついた。




††

 数日後。


「…………こんにちは」
「……こんにちは……」
 ルレンは、抱えられる程度の小さな段ボール箱を抱えて、デュナン家を訪ねていた。

「あの、ハズミ……これ、あげる」
「あ、ありがとうございます……!……な、なんですか……?」
 渡された箱を開くと、そこにはカラフルな包み紙の固まりがみっちり詰まっていた。
「……ルレンさん、これって……」
「……チョコレート……」
「…………えっ」
 ぽつと呟かれたルレンの言葉に、ハズミの声が上擦った。


「ねえねえ!ハズミがルレンさんからチョコ貰ってる!」
「うそっ、なにあのデカい箱!」
(あら〜……こないだのアレがそう転びましたか〜……)
「……ハズミ、それを受け取ったら……最早言い逃れは出来ませんよ?」
残りの五つ子は、玄関が窺える台所に集まり、物陰からじっと二人の様子を見つめている。


「……ハズミ、あのね、それね……」
「は、はいっ……」
「………ば、バレンタインとかじゃないからね!た、沢山買ったから、おすそわけ!」

 がんっ。

「?」
 背後で聞こえた鈍い音に、ハズミがちらりと振り返る。

「レン!ちょっと何コケてるの!?」
「いや……まさかあんなにはっきり宣言されるとは……」
「なんだぁ、あれ、バレンタインのチョコってわけじゃないんだね〜」
「あっはっは!ハズミさんごとき、おすそわけチョコで十分ですよねー!」


「あのね、それといつものお礼だから!……カナタはいらないって言うかもしれないけど、皆で食べてね」
「……わかりました。じゃあ、カナタ以外の全員でいただきますね。ごちそうさまです」
二人の間にあったよくわからない緊張感も和らぎ、やっと双方に笑顔が浮かぶ。
「うん……それじゃあ」
「わざわざありがとうございました!またお礼に伺いますね」
「バレンタインじゃないから、お礼とかいらないから!そ、それじゃ、ね!」


ぱたん。


「……そんなに気にしなくていいのになぁ……」
 閉じたドアに向かい、ハズミはぽつと一人ごちる。
「義理ならぬ同情チョコですね〜。あ、バレンタインのチョコじゃないなら僕もいただきますから。」
「ぅわっ!……同情って何よ、バレンタイン関係ないのに」
 背後から顔をだしたカナタに、ハズミが眉を寄せた。
「今年はアオイさんが貰うチョコが少ないって、さんざん嘆いていたじゃないですか」
「!……それでルレンさん、わざわざその分の代わりにこれを?」
「なんてゆーか、ホントに純真で優しいんですよねー、ルレンさん。まるでカイルさんみたいです」
「……つーか、さ。なんでソレをルレンさんが知ってるんだよ?」
「…………ありゃ?」
 自分の口が滑ったことにカナタが気付いた時には、既にハズミの右手(利き手)はカナタの額を覆うようにしてがっつり頭をホールドしていた。
「お・ま・え・と・言うヤツは〜〜〜ッ!!」
「みぎゃ――!いたいいたいいたい!もげますもげます〜!!!」

「……リク、ナナト。お茶にしましょうか。チョコならコーヒーがいいですよね」
『はーい』

玄関にハズミとカナタを残し、レン達はいそいそと台所に引っ込むのであった。



**おまけ

「あれっ、レン、なんかハナの頭赤くない?ぶつけた?」
「……………(青筋)」

 びしっ。

「いっ、痛ッ!!なにー!?なんでいきなりデコピンされなきゃいけないのー!?何怒ってんのレン!?やつあたり!?」
「…………べーつーにー?」



**おまけ2

 バレンタイン当日。

 レンが睨んだとおり、その日は各配送業者がひっきりなしにデュナン家を訪れていた。
「おおお、なんか心配いらなかったかなぁ。この調子なら去年くらいは貰えそうじゃん!」
 期待以上の収穫に、ハズミ以下弟達はご機嫌である。 

 当事者であるアオイは少々困惑気味、男子率の高い工業高校に通うユイは興味なし。
 ――そんな中、何故かレンが少し不機嫌だった。

 ピンポーン……

「!またですか!!」
「レン〜?何そんなに怒ってるの〜?」
 本日、もう何度目かわからないチャイムに、レンとハズミが玄関へと向かう。

「どちらさまですか?」
「……バイク便です」

 レンの呼びかけに、業者と思しき声が答える。

「あ」
「ルレンさんだ!」
 聞き覚えのある声に、ハズミが飛び出てドアをあける。

「こんにちは。お届けものです」
 そこには、またしても箱を抱えたルレンが立っていた。
「こんにちはー!今日は配達のお仕事なんですね、お疲れ様です!」
 制服であるツナギ姿のルレンを、ハズミがにこにこと迎える。
「バイク寒くないですか?お茶でも入れましょうか」
「ありがとう。でも、まだ仕事沢山あるから。かわりにハンコをくださいな」
「あっ、そうですねー!すみません、すぐ!」
 二人ののほほんとした会話の最中も、レンの眉間のシワは消えない。
「……ルレンさんすみません、ちょっとお聞きしても?」
「ん?何?」
「………これ、一件につきどのくらいかかるんですか?料金」
「えっ?えっとね……はい、料金表」
 レンの問いに、ルレンはバックパックからチラシを取り出す。
「………やっぱりこのくらいかかりますよね……」
「レン?さっきからどうしたのさ?」

「………この配送料!勿体無いと思いませんか!!
 明日アオイ兄に直接渡せばタダなのに!その分チョコの量に上乗せしてくれればいいのに!!」
「あ。それで機嫌悪かったわけね。別に食べちゃうんだからいいじゃん、高いチョコだと思えば」
「だって!配送料でもう一個買えちゃいますよ?単純に量倍ですよ!?」
「でも、配送料ないと、ルレンさんお給料もらえないじゃん」
「……………来年から、配達の場合はルレンさんとこ限定にしてもらいましょうか」
「仕事もらえるのは嬉しいけど、無理しないでね……?」

++了++


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