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「……風邪ひいた……」
バイトから帰ったハズミの第一声がこれだった。
「は!?何いってんです、午後の体育で爆走してたじゃないですか!」
台所で片付けをしていたレンは、思わず声をあげる。
「……店で感染(うつ)された……」
「風邪っぴきを厨房にいれてるんですか」
「今日は人足りなくてホールやらされてて……頭いたい」
ハズミの声にいつものハリがない事を察知すると、レンは軽く息をついた。
「……わかった、ご飯食べてさっさと寝て下さい。お風呂は?」
「……やめとく」
レンの言葉に、ハズミはゆるく頭を振った。
「……なんでしたっけ?鬼のカクラン?」
「カナタ、ハズミが風邪ひくたんびにそれ言うよね。別に珍しくないでしょ」
早々に布団を被ったハズミを、カナタとリクが無遠慮に覗き込んでいた。
「割りとそういう所、根性ないですからね〜、ハズミさん」
「………うるさい」
遠慮容赦のない弟のコメントに、ハズミは布団の中で低く唸る。
「口ごたえ出来るよーなら大丈夫ですね〜!あっ、この怪しいビタミン剤とか飲みます〜?」
「うわッ、なにその蛍光ピンクの薬!なんか入ってちゃいけない着色料とかはいってそう!!」
「えー、赤色ピー号なんて入ってませんよー。……多分」
「多分!?多分なの!?」
「ラベル、全部英語……じゃないですね、知らない言語で書いてあるからよくわからないんですよ〜」
「原産国(?)もわからないわけ!?一体どこでどうやって手に入れたわけ!?」
「あはははは〜☆蛇の道は蛇ですよー!!」
「あああもうやかましいお前ら――!!」
いつもなら流せるレベルのじゃれあいも、頭痛を抱えている今の状態では我慢が効かない。ハズミは思わず叫んで布団を蹴り上げた。
「ああっ!なんだ元気じゃないですか!!」
「ふざけんなこっちは頭がんッがんしてんだよ!!それを枕元でぎゃーぎゃー騒ぎ立てやがって!!」
「騒いでないですー!心配して栄養剤薦めただけじゃないですかー!」
「は、ハズミ!寝てなくていいのー!?」
「お前もだリク!やかましんじゃー!!」
「ぼぎゃふッ!!」
けとばされた布団を持ってきてくれたリクに、ハズミは非情にも枕をぶつける。
「やりましたねー!病人だと思って甘い顔してればー!!」
「誰が!いつ!どこで甘い顔したあぁぁッ!!」
「――で、その後でまんまと倒れまして。なんかすごい熱出してるんですよ。今は下の和室に隔離してるんですけど」
翌日・早朝。
レンが自転車をゆっくり漕ぎながら、軽くため息をついた。
「えぇ、大変だねえ。……大丈夫なの?」
その隣にぴたりとくっついて走るケイが、小さく首を傾けた。
「市販の薬は飲ませたんですけど……ハズミ、風邪ひくと結構どかっとくるタイプなんで。今日は僕、学校休んで看てようかと思うんです」
「え、そんなに?」
「昔、一人でおいといたら台所でひっくり返ってたことがあったんですよ。水飲もうとしたみたいで」
「誰か看ててくれる人、居ないの?」
「一応、じーちゃんに連絡はしてみるつもりですけど、なんだかんだ忙しい人なんで……」
「んー……看ててくれる人、かー……」
「え、ルレンさん!?」
「こ、こんにちは……おはようございます?」
「……おはようございます……どうしたんですか、こんな時間に…?」
レンが、他の兄弟達を送り出した後。
ハズミに食べさせる粥を作りにかかった所でチャイムが鳴った。
慌てて出てみれば、そこには何やら手提げ袋を持ったルレンが一人、ちょこんと立っていた。
「あ、あのね、ケイがね、ハズミのこと教えてくれて……レン、学校でしょう?」
「え?あ、あの……」
「今日、僕、時間あるから。……よかったら、代わりに看てる」
瞬間的に、レンの脳裏で様々なシミュレートが行われる。(主にユーリグに対しての)
僕はケイさんにハズミの事を話しただけ→ルレンさんに報告したのはケイさんの意思→それを聞いて来てくれたのはルレンさんの意思かケイさんが勧めたか=ご兄弟の意思なのでOK!
「…………えっと、じゃあ、昼ご飯作って行きますから、お願いしてもいいですか?」
「うん、大丈夫。なにかあったらすぐ連絡するから」
……苦しい。息が上手く吸えない。
頭も顔も首も痛い。瞼が腫れて目があかない。
ここどこだっけ、なんか知らない天井が見える。
……いや、知らなくない、普段物置になっている和室の天井だ。
「……どう?具合」
額のぬるい感触が消える。
代わりになにか柔かいモノが触れた。
「…………ぁ」
ゆっくり視線を巡らすと、こちらを見下ろす鳶色と目があった。
「……気持悪かったり、どこか痛かったりする?」
優しい笑みを浮かべたルレンが、ハズミの顔を覗き込んでいた。
ルレンさん。なんでうちにいるんだろ。
頭では思ったものの、口に出すのは億劫で、一言「あたま」と言うのがやっとだった。
「あたま痛い?……少し冷やしすぎちゃったかな?じゃあ、ちょっと冷やすのやめようね」
言うとルレンは、ハズミの髪の生え際辺りからこめかみまでを、両手ですっぽりと覆いこむ。
「頑張りすぎちゃったのかな、ハズミ、いつも一生懸命だものね。
……大丈夫、いい子にしてたらすぐ良くなるよ」
頭や額を撫でながら、ルレンが優しい声でゆっくり囁く。
「ハズミ、喉渇かない?ちょっとだけ、お水飲めないかな?」
「……みず……?」
「うん、寝たままで大丈夫だからね、一口だけ。ね?」
「…………はい」
ハズミがぼそりと返事をすると、ルレンはいい子、と微笑んで、ハズミの髪をかきまわす。
「はい、ゆっくりでいいからね?」
ルレンが差し出したのは、パウチパックのスポーツドリンクだった。
ご丁寧に、吸い口にストローが刺さっている。
「ちょこっとだけ、こっち向ける?……うん、いい子だね。いっぺんに沢山飲むと苦しくなっちゃうから、少しずつね」
小さな子供にいいふくめるような口調で、ルレンが言う。
ああそうか、僕あやされてるのか。……でも別にイヤじゃないな。
ハズミがドリンクを数口すすり、ストローから唇を離すと、ルレンはえらいえらいと、またハズミの髪をかきまぜた。
「それじゃ、少し寝ようね。……僕、向こうにいるからね?」
ドリンクの口にキャップをして枕元に置くと、ルレンは立ち上がろうとする。
――と、その足にハズミの手がかかった。
「――――」
ハズミの口が、なにか言いたげにぱくぱくと動く。
「………邪魔じゃないなら、ここに居るね?一緒にお昼寝しようか」
掛けられた手の意味を察したルレンが、再び座りなおす。
置いてあった座布団を、ハズミの枕の隣に寄せると、徐にその上に寝転がった。
「もう少し寝たら、今度はちょびっとごはん、食べてみようね。……あ、ハズミ、桃好き?缶詰があるんだよ?食べられそうなら、後で持ってくるね」
「……るれんさん」
「ん?なあに?」
「……きょうは………たくさん、しゃべってくれますね」
「ハズミが喋れないから、代わりに喋ってるんだよ?……元気になったら、また沢山お話してね」
「………はい」
ハズミが頷くと、ルレンはにこりと微笑んだ。
「………は……あれ?」
ハズミが覚醒したのは、既に日も暮れかけた頃だった。
………昨日の晩、カナタとケンカして倒れた辺りから、記憶がおぼろげである。
「……あれ?」
ルレンさんが居た気がするんだけど……でも僕が風邪で寝込んでるからって、ルレンさんが水飲ませてくれたりお粥や桃を食べさせてくれたり、あまつ沿い寝したり子守り歌を歌ってくれたりなんてこと、あるわけがない。ないのだが……
(手の感触が……何か生々しかったというか……)
頭や頬を撫でてくれたり、胸をそっと叩いてくれたりした、小さくて柔らかい手の平の感触が、まだ残っている。
「あ、ハズミ。どうです?具合は」
起き出して和室を出ると、いつものように夕食の支度をしているレンがいた。
「――あ〜…うん。よくなった……と、思う……」
「それはなによりです。ルレンさんにお礼しないといけませんね」
「……えっ、本当にルレンさん来てたの?」
「は?何言ってんですか、今日半日二人きりだったでしょう!?」
ハズミのすっとぼけた反応に、レンが眉を寄せた。
「……いや、それがなんか……うろ覚えなんだけど……」
「わー……サイテェ」
「今年の風邪は熱がでるみたいだねえ」
「あ、そうだよ、誰か言ってた」
同じ頃。
レンが帰宅するのと入れ替わりに自宅へ戻っていたルレンは、同様に帰ってきたケイと団欒していた。
「ルレンは看病、お手の物だもんねー」
「そういう訳じゃないけれど……慣れてる、のかな」
「ロウも症状重くなるから心配は心配だけど、お隣の子みたいに元気な人が寝込むと余計心配だよね」
「うん。……ごはんもくすりも摂ってくれたし、僕が帰る頃には落ち着いたみたいだから、大丈夫だとは思うんだけど……」
「ハズミ君はさ、また陸上やったらいいと思うんだ。走ってたら風邪ひかないよ!」
「うん、そうだね。明日、もう一回様子見に行こうと思ってるからその時に……」
がしゃん!!
『!?』
突然響く音。
ルレンとケイは慌てて背後のダイニングを振り返る。
「ユーリグ、どうしたの!?」
「大丈夫!?」
「あ……っ、あ〜…すみません、ちょっと手が滑りまして…シンクにお皿、落としただけです。大丈夫、割れたり欠けたりはしてませんから」
慌てて駆け込んでくる二人に、ダイニングに居たユーリグが申し訳なさそうに笑った。
「そう?なら……いいんだけど」
「ユーリグも風邪ひいたりしてない?……ん、熱は大丈夫かな」
ルレンはととっ、とユーリグに寄ると、徐に小さな手をユーリグの額に押し当てる。
「調子悪いー、と思ったら、すぐに言うんだよ?」
見上げる小首をちょこん、と傾げてから、ルレンは体を翻した。
「ケイもだよー?すぐに言うんだよ!」
「一番危ないのルレンだよ〜、仕事続く時とかさー」
無邪気な言い合いをしながらダイニングを出ていく兄と弟を見送りながら、ユーリグは握り拳を固め、小さく一つ頷いた。
「――ハズミ君、風邪ひいたそうですね?」
「あ、いえ、今日1日寝てたんで、大分よくなりました」
ユーリグが訪ねていくと、布団の中で暇を持て余していたハズミが、これ幸いと半纏を羽織って出てきた。
「そうですか。でも風邪は治りかけが肝心ですから。……ほら、焼き葱もってきたんです。首に巻くといいですよ」
そういうとユーリグは、晒にくるんだ葱を取り出す。
「うわぁ、すみません!…焼き葱かぁ、やったことないです〜」
物珍しいのか、ハズミは晒を不思議そうに見つめる。
「これを……こう、巻くんです、よ」
「へ〜、結構しっかりと……つかきつめに……あれ、締まってませんか……?」
「いいえ?ちょっとしっかり巻いているだけですよ?」
「い……いやいやいや!締まってますって、ユーリグさん、締まってますよ!!」
「……うふふふふふ」
「ぎゃ――!!ユーリグさんがついに向こう側に――!!リクー!リーク――!!」
ハズミの悲鳴が、デュナン家の狭い玄関に虚しく響いた。
「あはは、いやですね、冗談ですよ冗談♪」
「………ほ、ほんとですかぁ?ものっすごい締まってた気がするんですが……」
「だって、ハズミ君声が出てたじゃないですか。強く絞めたら声なんて出ませんよ?」
「はあ……そうですね」
「それに……僕が本気で絞めたら、たぶん窒息する前に首そのものがイきますよ?」
「…………(すごい勢いで血の気がひいていく)」
「早く風邪、治して下さいね?」
「……明日までに全快します……」
++了++
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