気付くと、いつの間にやら前方に、黒いドレス姿のクラハが立っていた。

「クラハ兄さん!どうなさったんですか、お仕事ですか?」
 ユーリグが声をかけると、クラハはこちらに向き直り、大真面目な顔で頷いた。
「うむ、ジャンケンに負けたのだ」
「ジャンケン?」
「ユーリグは選んだのか?」
「……選ぶって……何を?」
「ぽみょん。」
「ぽみょん?」
 奇妙な単語に振り向くと、赤いベスト姿のルレンが、こちらを見てにこにこしている。
「ルレン兄さん!……あの、それは……?」
「どれ?」
「その、頭の……うさぎの耳のようなものは……?」
「あ、これ?いいでしょ、ジャンケンで勝ったの」
 えへんと薄い胸を張る兄の頭上には、まごうことなきうさみみが一対、みょっと生えていた。
「兄さんも……お仕事か何かで……?」
「そうそう!お仕事お仕事!ユーリグも一緒に来て?」
 言うが早いか、ルレンはぴょんこぴょんこと、跳ねるように走り出す。
 ……因みにズボンのおしりには、しっかりうさぎのしっぽがくっついてぴこぴこしている。
「えっ、あっ……クラハ兄さんは……あれ?」
 突然の事に、どうしたものかと振り返れば、クラハは既に謎のヘリコプターから吊られた縄ハシゴに乗り、天高く舞い上がっていく所であった。

 仕方なく、ユーリグはルレンを追って走り出した。



「水銀が手についていたら大変だ。ケーキがへこんでしまう」
「それは駄目だね」
「一大事ですね」
「お前達も割れてしまうだろう」
『それは大変だ!!』
「皆〜、連れてきたよ〜」

 森を突っ切ること数分。
 急にユーリグの視界が大きく開ける。

 森の中の広場には、テーブルやイスが並べられ、その上には色とりどりの菓子や、甘い香りのお茶がひしめいていた。


「ルレン、だめだろう。遅刻じゃないか」
 上座に座っていたユウがルレンをたしなめる。……が、ルレン本人は悪びれた様子もなく、うさみみを
ひょこひょこ動かしている。
「大丈夫〜、この時計二週間くらい遅れてるから〜」
 言うと、ルレンは胸元から大きな懐中時計を取り出して見せる。
「なら大丈夫だね」
「問題ないですね」
 ルレンの後ろでは、ケイとカイルが見事にシンクロした動きで、こくこくと頷いていた。
 ……遅れている上に遅刻では更に駄目なのではないか。
 ユーリグは、目の前の光景とズレた会話に、軽くめまいを覚えた。
「……あの……み、皆さん……?」
『なに?』
 ユーリグが、輪の外から恐る恐る声をかける。

 目の前の光景――その場にいるユーリグ以外の全員が、ルレン同様仮装状態だったのである。

 ユウは不思議なデザインの燕尾服にシルクハットを携えている。

 ケイとカイルは、白いゆったりした服に、頭に何故かたまごのカラのようなものをカ○メロよろしく被っている。

 そして、やはりどこから吊られているのかわからない、編み籠のハンギングチェアでは、小さなけものみみ+しっぽをつけたヒロがすぴすぴと可愛らしい寝息を立てていた。
「ユウ兄さん!これは一体…!」

「ユウ兄さんではない。僕は流しの帽子やさんだ」
「ええ!?……でもさっきルレン兄さんは……」
「僕もルレン兄さんじゃないよ〜」
「さっきユウ兄さんがそう呼んだら返事してたじゃないですか!」
「………あれっ?そうだっけ?」
「それはきっと……言葉のアヤというやつだ」
「言葉のアヤで名前は間違えないんですよ。……でもなんとなくわかってきました……でお二人は……?」
 うっすら状況を理解しはじめたらしいユーリグは、今度は白い二人組に向き直る。
「はんぷっちーです」
「だんぷっちーです」
『二人合わせてぷりっときゅあっと!!……になれません』
「なれなくていいんです」
 仲良く手を繋いだまま決めポーズをとる二人に一応つっこむと、ユーリグは次にハンギングチェアを覗き込む。
 たいして大きいわけでもないチェアで、ヒロは小さく丸まって眠っている。
「ヒロさんはどうして眠ったままなんですか?」
「ヒロじゃないのー」
「このこは眠ったままなの。やま「め」だから」
「え?やまめっていうのは……」

 ばすん!

「あ――!」
 突如、チェアから吹き出す白煙と悲鳴。
 驚いたユーリグは、思わず数歩後ずさる。

「もう!ルレンが間違えるから、僕おさかなになっちゃった!」
 ……徐々に薄れる白煙の中から、今度はヒロの抗議の声が上がった。

「あれー?なんだっけ、やまめじゃなくて、……ええと、ねむりねずみ。」
「やまねですよ兄さん。ねむりねずみのことですけど………って、あれ?」
 ユーリグが眉をひそめる。
 ようやく見えるようになったチェアでは、先ほどまで眠っていたヒロが、ぱっちり目をあけていた。
 ……が、その頭には先程までのねずみみはなく、代わりに……

 足が魚化していた。
 そう、人魚姫的なアレである。

「あーあ、どうしよう。やまめは淡水魚だからコーラ飲めないよねぇ」
「ネパールなら大丈夫だよー」
「ところで僕らがケーキ食べたら共食いになると思う?」
「この場合、僕らが何判定になるか、ですよね〜」
「でもお前達のそれは、もう割れた後に見えるんだが」
「カリ○ロじゃないー」
「カ○メロじゃないですー」

 ……なんだか収拾がつかなくなってきている。

 だんだんついていけなくなるこの状況に、いっそバッくれてしまおうかという考えが、ユーリグの脳裏をよぎったときだった。

「はーいはいはい!お前達、その辺にしなさい!」
 声と共に、ぱんぱんと手を叩く音が響く。
 その声に、ルレンのうさみみがぴこんと跳ねた。
「ロウさんまでいるんですか……」
 ユーリグが目をやれば、これまた奇抜な恰好をしたロウウが、いつも通り胡散臭い笑みを浮かべていた。

 やたらと袖の長い縞模様のスーツに、首には鈴のついたチョーカー。
 ……頭には毛足の長いねこみみが鎮座している。
「……うわぁ……」
「あっ、チェシャー地方在住の猫だ〜!」
 げんなりするユーリグとは対照的に、ルレンはまたわけのわからない事を言いながら、嬉々としてロウウに飛び付いていく。
「んん、今日もお前は可愛いねぇ」

 ぺろん。

 飛び付いてきたルレンを優しく抱き止めると、ロウウはあろうことか、そのルレンの頬を小さく舐める。
「んなッ!?」
 あまりといえばあまりの事に、ユーリグは思わず声を上げた。

「ん?……なんだユーリグ。まだ決めていなかったのか」
「あ、あなたはまたそんな事して!……決めるってなんのことですか!」
 ルレンをそっと放してこちらに向かってくるロウウを、ユーリグは正面から睨みつける。
「なんの……って、後はアリスか女王だぞ?」

 ばさっ。
 言うなり、ロウウは片手にエプロンドレス、片手に赤と黒の豪奢なドレスを取り出す。

「どこから出したんですか、それっ!」
「それはおにーさんのヒ・ミ・ツ。ま、それはいいから、選びなさい。どっちか」
「どっちもイヤですっ!!」

 きっぱりはっきり、ユーリグは首を横に振る。

「ぼくはねぇ、赤いドレスが似合うと思うのー」
「僕はエプロンドレスだと思う。きっと似合うぞ」
「あ、僕も僕もー!」
「僕は赤い方がいいと思いますよー」
「えっとねぇえっとねぇ」

 が、そんなユーリグを尻目に、兄弟達は好き勝手なことをのたまう。

「ちょ、ちょっと皆さん……!」
「ユーリグー?いい加減に選ばないと……こうだぞ?」

 さりゅっ。

 ユーリグの注意が逸れた隙に距離を詰めたロウウは、あろうことかユーリグの頬に顔を寄せ、先ほどルレンにしたように頬を舐めた。

 

 

「〜〜〜〜〜ッ!!!!!」

「みゃん!!」
「あ、起きた」

 声にならない悲鳴をあげて、ユーリグが跳ね起きる。

「………はぁ………はぁ……っ………」
「ユーリグ、大丈夫?」
「……………ルレン……兄さん……?」

 ユーリグが周囲を見回す。
 見慣れたリビングと、自分を心配そうに見つめるルレン。
 勿論、服はいつもの部屋着で、頭にうさみみなどはついていない。
 代わりに、腕にはマクドール家の愛猫・マオを抱きかかえている。

「………あれ……僕………」
「ソファで寝てたんだよ。疲れてたの?」
「……寝てる間……マオ、僕の顔舐めたりしました?」
「うん、舐めてた」
「……そ……そうですかぁ……」

 ほ――…と、ユーリグは安堵の息をつく。
 妙な夢を見たのはその所為だったのだ。
「マオ、驚かせてごめんね?おいで」
 ユーリグが手を差し出すと、ぅなんと鳴くと、マオがルレンの腕を抜け出す。

「はー……変な夢見てました……」
「どんな夢だったの?」
「なんというか……ベースは『不思議の国のアリス』だと思うんですけど……」
「ありゃ。」
 ユーリグの言葉に、ルレンが変な声を上げた。

「な?言ったとおりだろう?」
「……確かに……」
「え?」

 聴こえた声にぱっと振り向くと、そこには例の胡散臭い笑みを浮かべた、ねこみみのついていないロウウがひらひら手をふっていた。

「……なっ……な………ッ」
「ごめんねぇ。ロウがね、寝てるユーリグの傍でずーっとアリスの話してたの。絶対夢にみるからって」
「いやぁ、この前大学でそーゆー話をしててな?」

 申し訳なさそうに頭を垂れるルレンに対し、ロウウは相変わらずへらへらと笑っている。
「……兄さん、お茶を煎れてきますから、少しマオをお願いします。ロウさんは手伝って下さいね」
 にこぉ、とユーリグは微笑むと、抱いていたマオを再びルレンの腕の中に戻した。

 

 ………ユーリグとロウウがダイニングに向かった五秒後。
 殴打音がマクドール邸内に響きまくったのは言うまでもない。

++了++


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