**リレー企画01**

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「読書の秋食欲の秋!そんでもってスポーツの秋ですよー!」

 体育祭二週間前。

 紅白二チームに別れたクラス内で、カナタは双眼鏡を片手に一人盛り上がっていた。
「我らに勝利を――!ですよ――!!……というわけで僕はちょっと白組のスパイをしてきますよ!」
「はい、行ってらっしゃい。」
「……行ってらっしゃいでいいんですか?」
 止められることを想定していたのだろう、カナタは自分をにこやかに送り出そうとしたレンを振り返った。
「いいんですよ、しっかりスパイしてきて下さい?」
「レンさん、もしかして気合入ってるんですか?」
「カナタは入ってないんですか?」
「いや、そりゃ入ってますけど……」
「学校行事には積極的に取り組まないとね?」
「……そ、そーですね?」
「体育祭もやる以上……勝ちませんとね?」
 にっこり微笑んだレンの掌が、カナタの肩にぽん、と置かれ……否、みしっ、と食い込んだ。
「……何がレンさんの闘争本能に火をつけたのかは知りませんが……敵にまわさなくて良かったです」
「僕もカナタが味方で良かったですよ?」


 一方、白組陣営。
「よっし!ハズミが取れれば短距離はいただきだな!」
「えー、やだよ僕パン食い競争がいい。」
「ねェよ!そんな種目!」
「じゃあ応援係か……あ、マネージャーやる。麦茶とレモンの砂糖漬け作る」
「だからそんな役職ねェよ!いいからそのクラス一の脚を使え!あしっ!!」

 白組では、実力はあってもやる気がないスプリンターに手を焼いていた。
「ハズミ、いいじゃん。せっかく足速いんだからさ」
「もう今全然走ってないもん。部活やってるリクやナナトのが早いって」
 ――先刻の昼休み、弁当のおかずに手を出し、全力で逃走を図った陸上部員をさっさととっつかまえてジュースを奢らせてたのは何処の誰だっけ?
 ハズミを除く白組メンバーは、瞬間的に全く同じ思考に至っていた。

「僕は当日のお弁当を考えたい。つかそん次の文化祭頑張るから、体育祭はお休み」
「休むな!!」
 まるで興味のない様子で、ハズミは机に平べったく突っ伏している。
「でもハズミ、最低一種目は出ないといけないんだよ?」
 見かねたナナトが、ハズミにエントリー表をむりやり見せる。
「えぇぇ〜…あ、騎馬戦なら出る」
「騎馬戦は全員参加だから!」
「ぅえ〜…じゃあ100かハードル。距離短いやつ」
「はいはい、100かハードルね」



「……ハズミさん、100かハードルみたいですよ?」
 イヤホンを手で隠したカナタが、ぽそっと囁く。
「さっきの双眼鏡は……?」
「双眼鏡は偽装です。本命はこっちですよ」
思わず突っ込んだチームメイトに、カナタはしれっと答えて見せる。
「まあ、その辺でしょうね。……続けて下さい?」
 そのカナタの報告を書きとめ、レンは先を促す。
「……つーかなんで盗聴……?」
「しかも同じ教室内で?」
「いいの?ズルじゃないのそれ?」
「所詮、現代社会は情報戦なんですよ。簡単に情報が漏れるようなズサンな管理体制とってる方が悪いんです」
『…………』
「なんだかレンが言うと説得力あるな……」
「それっぽく聞こえるよね……」
「カナタのアレはいつもの事だし……」
『………アリか。』
「……なんなんでしょうね、五つ子の筈なのにこのカリスマ性の差は」

先ずは情報収集、でまとまった紅組陣営の中、ただ一人カナタだけが深々と溜め息をついた。

「ハズミ、全然やる気ないねぇ」
「だってやりづらいじゃん。カナタはともかく、レンとアオイちゃん敵に回すって」

 同日・夜。

 夕食の席でアオイが紅組になったことを聞かされてから、ハズミのやる気はますます減退していた。
「とかいってー、ハズミは単にまた勧誘されるのがヤなんでしょ?」
「……リクも一回、教室から校門出るまで、ずーっと上級生に囲まれてみるといい」

 入学直後の話である。

 中学時代、部活動必須で仕方なくやっていた筈の陸上で好成績を修めてしまっていたハズミは、毎日のように陸上部をはじめとした運動部の勧誘ぜめに遭っていた。
 ……イヤだといって自分達をぶっちぎって走り去るのだから、先方としては食い下がりたくもなるのだが……
 ハズミ本人はそれですっかり辟易していた。

「ハズミ、走るの好きでしょ?」
「まーねー……別にキライじゃないけどさ」
 レシピ本を眺めるハズミは相変わらずの生返事である。
「張り切りゃまたカナタがうるさいし、今回はなんだかレンが燃えてるし。あとはリクに任せる」
「ん〜……重症だなァ……」
 本から顔を上げないハズミに、リクはやれやれと肩をすくめた。

 

 一方で、やる気のないハズミとは対象的に、体育祭へと燃えているのがレンだ。
 普段ならイベントごとなら何でもござれと、真っ先に良い意味でも悪い意味でも暴走するのがカナタなのだが、今回に限ってはレンの静かなる闘志に圧されている。

「何が原因なんでしょうかねぇ……って、まあ想像はできなくもないんですが」

 レンがこうなる時は、日曜特売の激安タイムセール攻略法について作戦を練っている時か、想い人に関する事で何か思うところがあった時かの二択に限られる。前者でないのならば、今回は十中八九お隣のケイさん絡みであるだろう事はたやすく想像できるからだ。
 問題は何故今回のイベントに限って燃える事になるのか、それが分からないという事だった。

 話は今朝に遡る。
 レンは毎朝の日課である新聞配達のバイト、兼ケイとの町内ランニングをしていた。その時にちょうど体育祭の話題になったのだった。

「今日学校で体育祭の組分けがあるんですよ。全クラスがそれぞれ紅白に分かれて戦うんです。クラス単位で分かれるんじゃなくて、クラス内が2チームに分断されるってところがちょっと面白いですよね」
「体育祭かぁ、懐かしい響きだなぁ。そのルールもちょっと変わってて面白そうだ。でもそしたらレン君は、ハズミ君と同じチームになれると良いね」
「え?ハズミ…ですか」

 ケイの口から何の気なしに出た人名に、レンの動きが止まる。ケイはそんなレンの様子には気付かず、陸上部繋がりのあるハズミの事を話題に出した。

「うん、だってハズミ君走るの速いでしょう?関東大会に出られるくらいだもんね、ハズミ君がいたらまず一種目は確実じゃない」
「………………」
「レン君もハズミ君に負けずに頑張ってね」

 以上、回想終わり。
 何が彼の闘争本能に火をつけたのかは推して知るべしだ。

「カナタ、一つ相談があるんですけど」
「何ですか、レンさん」
「ハズミがやる気を起こすような良い餌ってないですかね」
「…何でわざわざ敵に塩を送るような事するんですか、だらだらハズミさんの方が攻略しやすいと思いますよー?」
「あぁ、そういう意味なら種目のエントリーが終わってからで良いんですよ。先に勢いつけて出る種目を増やされるとこちらが不利になりかねませんし」

 自覚はしているのだろう、相手の実力を認めた上で現実を歯噛みするような思いで告げた後、レンはこう続けた。

「だって、本気の相手を打ち負かしてこそ、完全勝利でしょう?」

 にこやかな笑顔で言われたはずなのに、何故かカナタは寒気を覚えた気がした。

 

「任せるって言われてもなぁ…」
翌日の昼休み、深々と溜息をついてリクはナナトとグラウンドに向かう。
白組の中で最新のタイムをとり、最終的に誰をどの競技に出すかを検討するのだ。
「実際、クラスで一番足が速いのってハズミなんだよね。もうちょっとやる気になってくれれば僕らも助かるのに…。」
「五つ子は連帯責任だって無茶苦茶言われてるんだけど…;;」
同時に溜息をついて顔を見合わせた。思うところは1つらしい。

「「ハズミ…もう少しやる気出す気ないかなー…」」
このままでは確実に自分達の出場種目がとんでもない数になりそうだと、2人は覚悟した。




「…で、結局どういう競技に出る事になったのさ?」
教室で待っていたハズミに結果を報告する。
「400と借り物競争。あと…ナナトと2人で二人三脚。」
「僕は他に1000と棒倒し。」
「ふーん…意外と少なくない?」
「多い方だよ。僕とリクは部活対抗リレーにも出場するから…。」
「ま、僕とナナトは部活で鍛えたスタミナがあるから長距離と色物は任せたって事らしいよ?」
「全員参加の騎馬戦もあるしね。」
リクもナナトも心底疲れた表情で結果報告をしている。
「ハズミは予定通り100と騎馬戦だけになったから。サスケなんかすっごい張り切ってたよ。」
「欲を言うとハズミには100とハードル、どっちも出て欲しいとこなんだけどね。」
他のメンバーの愚痴をずっと聞かされていた、リクとナナトは最後に無駄と知りつつ進言してみた。
「頑張れ。その分お弁当は少しゴージャスにしてやるから。」
やはりというか…、予想通りの答えに2人は覚悟を決めるしかなかった。




「ん〜〜…やっぱりあの2人じゃハズミさんをやる気にはできなかったみたいですねー。」
さて、どうしよう?と双眼鏡を片手にカナタは暫し思案する。
「今回のやる気のなさは、レンさんやアオイさんと組が別れた事が原因なんですし…突付くとしたらルレンさん関係でしょうかね〜…。」
諸刃の剣ではある。
ヘタに突付くとさらに意固地になってしまって、全ての競技をボイコットする事になりかねない。
「もしも父兄参加が可能になって、カイルさんが応援に来てくれたら僕も張り切れるんですよね〜。」
何か全員が納得できるような、隣家も巻き込める良い策はないものか…午後の授業そっちのけで頭をひねるカナタだった。

 

で。


戻ってきて、夕食終わってのデュナン家。

「うーむ。今日一日観察と計画を立ててましたけど、全くハズミさんはやる気が見えませんねー」

カナタはゴロゴロしていた。そして、ほぼ一日思考を続けていることになる。
ついでに、珍しく部屋には1人。計画を練るのには都合が良かった。

「ハズミさんを釣る餌〜ついでに、カイルさんが応援に来てくれるような作戦〜…レンさんが妙に怖いですから、なるべく早く思いつきたいんですけどー;」

小型音楽再生機からは、『別にわがままなんて言ってないんだから!』とツンデレな歌が流れてくる。
なんだかメカっ娘ボイスが聞きたくなったのだ。
別に、ルレンさんに歌ってもらってギャップ萌えでハズミさんを炊きつけようという作戦ではない。と、何故か自分に言い聞かせた。
――ルレンさんとツンデレは、世界を一回転半くらい回った遠いシロモノだ。
――でも、照れながら歌ってくれると可愛いかもしれない。
――カイルさんが歌ったなら鼻血を噴くかもしれない。
………完全に逃避思考である。

「体育祭まで、今日はもう夜だからカウント入れませんけど残り13日…ハズミさんがホンキを出すってことは、トレーニング時間も入りますから、早ければ早い程いいんですよねー…」

一体レンに何があったのか、カナタは聞くことが出来なかったが、何かがあった筈なのだ。
そんなレンを前に、体育祭直前まで計画を放棄して「普段練習してなかったもんね」(ハズミさん敗戦)やら「全然練習してなかったのに!」(ハズミさん勝利)という結果になっては困るのだ。

「外部応援者の自由化は職員室へ乗り込んで「不審者どうのこうのというのは現在の閉鎖的な世情を示しているばかりであり!古き良き時代の暖かさを今こそ取り戻す時が来たんですよー!」とか2、3日へ理屈捏ねに行くとして…、結論はハズミさんですか〜…アオイさんに説得してもらっても、やる気は見せても本気になるまではいかないでしょうしー…」

僕ならカイルさんからカナタ頑張って!の一言をもらうだけでやる気が出る!と、ぶつくさ考える。
ついでに、仰向け状態で携帯をカチカチと弄り、アドレス帳のルレンさん☆の文字を見つめる。
耳元では、まだ機械音声が『少しくらい叱ってくれたっていいのよ?』と歌っている。

(…別に、このままルレンさんにさりげなく体育祭のお知らせ流して、ハズミさんと出くわすように仕向けて体育祭頑張ってね!フラグを作ってもいいんですけど…)


―――面白くないですよね?


基本は愉快犯であるカナタは、良いことを思いついたとばかりに小悪魔じみた笑い方をした。
ハブにはマングース。(マングースの圧勝らしいけど)
犬には猿。(犬のが勝ちそうですよね。)
生き物には相性があり、相手にとって一番効果的な相手をぶつければいいのだ。
どうなるかなんて知ったことではない。
確実に自分にまで被害が出るかもしれない大嵐をぶつけよう。(避ければいいんですよ、避ければ☆)

「♪〜〜♪〜〜♪〜〜」

音のずれた鼻歌を口ずさみつつ、アドレス帳を操作して宛て先を変える。
カチカチカチカチと、簡略に内容を纏めたメールを打つ。
…送信。


『―――こっちのが危ないわよ♪』


ちょうど曲も終わった。



『 宛て先名:しっぽ頭さん
  お久しぶりですー。
  近々、体育祭があるんですよ。
  うちの台所番はやる気ないみたいですよー?
  からかうと面白いと思いません?
  (思う思わないにせよ、僕とレンさんは全力で潰そうと計画中です☆b)

  追伸。応援席の自由化を狙っています。
  応援席は華やかであればある程いいと思います。』

早くて明日の夕方。
遅くて今週末。
…どうなるかわからないことを楽しみに、カナタは携帯を閉じた。

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