**リレー企画02**

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「ほほう。それで、直接関係のない僕に助力を乞いたい、と」
 言うと、ロウウは優雅な?仕草でカフェオレを一口すすった。

 カナタがメールを送った数日後。
 あるファミレスで、カナタはロウウと顔を突き合わせていた。

 勿論、間違っても兄弟達とかち合わないよう、通常の行動範囲の外にある店で、である。

「なんっかイヤな言い方ですね……助力とゆーか、なにかアイデアないかなー、と伺ってるだけであって……」
「お前さんの事だ、普段悪巧みするのに、他人に相談なんか持ちかけないだろう?」
「うっ。……それは……」
 言葉に詰まったカナタは、思わずオレンジジュースに刺さったストローをがじがじと噛む。

「まあいいさ。で?ハズミにやる気を出させればいいわけだろう?」
「そうですよ?」
「アレはお前さんと違って素直な性質だ、そんなに難しくないだろう」
「僕のことはとりあえずほっといて下さい。……難しくない、ですか?」
 じとっ、とロウウを睨んだカナタが、そのままの目つきで首を傾げる。
「ちょっとだけ、うちの仔猫ちゃんに手伝って貰えればね」
「やっぱりそうなりますよね……その辺は手配していただけるんですか?」
「ここからは取引だ。そっちのその件を手伝う代わりに、こっちも手伝って貰いたい」
「犯罪の片棒は担ぎませんよ?」
「犯罪計画なら、いきなりお前さんに持ちかけたりしないよ。……ちょっとレポートの制作を手伝って欲しいだけさね。資料集めとその整理だ」
 にやり、と笑うロウウの指先が、とんとんと二度、テーブルを弾いた。
「うーん……まあ、その位なら……背に腹は代えられませんしねえ」
「よし!じゃあ……ここに印鑑かサインを」
 カナタの首が縦に振れたのを見届けると、ロウウはいそいそと、鞄から紙切れを引っ張り出し、それをぺたんとカナタの前に置いた。
「……なんですかコレ。」
「契約書。バッくれられたらヤだし。」
「……流石に抜け目ありませんね……………はい」
 余計な事や話に出ていないような事が書かれていないか。
 文面を三度読み返し、更に紙自体をひっくり返したり角をツメでひっかいたりして、カナタは慎重に自身に不利がないかを確認してから、紙切れに名前を書き込んだ。

「うん。確かに。契約成立だな。……じゃあ早速仔猫ちゃんにお願いにいこうか」

 ぱちん。

 ロウウが立ち上がった瞬間、どこかでプラスチックがぶつかるような硬い音がする。
「……なんだ今の音。」
「これです。本日の会話は全て録音させて頂きました。不履行があれば、その契約は速攻破棄ですから」
 涼しい顔で言うと、カナタはテーブルの下からICレコーダーを取り出した。
「……そっちこそ抜け目ないねえ。お兄さん、ちょっと楽しくなってきちゃったよ」
「あっはっは、僕はちみっと慎重なだけですよ?」
『んふふふふ。』


……同じ穴の狢である。

 

「ユーリグ、元気にしてたかなー?」
「ひゃぁっ!どうしてあなたは毎回唐突な登場なんですかっ!」
「あっはっは、その方が面白いカ・ラ♪」
「あ、ロウ!」

 カナタと別れた後、ロウウはマクドール家を訪れていた。可愛い従兄弟達に会いに行くのに理由なんて必要ないのだから、カナタとの密約は建前ともいえる。ユーリグにスキンシップを図りお仕置きを頂戴し、抱きついてくるルレンをしっかりと受け止めるという、いつものマクドール家歓待コースを堪能していたが、居間に揃っている顔ぶれは今日に限って一人足りなかった。わざわざ全員が揃っているだろう夕飯時を狙いすまして訪れたにも関わらず、だ。

「ユウ、ケイはどうしたんだ?まだ帰っていないようだが……」
「あぁ、ケイならもうそろそろ帰ってくる頃だと思うが…ほら、帰って来た」

 ユウの言葉に玄関の方へと目を向けると、自転車の停まる音の後に続いて玄関のドアが開く音が聞こえた。間もなく、バタバタと音を立てて元気良く居間を覗くケイの姿が見えた。

「お客さん?……あ、ロウだ!いらっしゃい〜」
「ケイ、おかえり。遅かったじゃないか、今帰りなのか?」
「違うよ、帰ってからレン君とちょっと走ってきてたんだ。あ、クラハ夕飯待たせてごめん!すぐに手洗ってくるからー!」

 また慌しく去っていくケイを微笑ましく見送る。しかし今ケイは何か気になる名前を発していなかったか?『レン君と』…それは確か、お隣の兄弟のうちの1人じゃなかったか。いいのかい?という意味を含ませてユーリグを窺うと、ロウウの意図を悟った賢い従弟は溜息をついて答えた。

「もともと朝夕のランニングはケイさんの日課だったんですけどね。引っ越してきてからこっち、朝はレン君が新聞配達を行っているのに一緒に、夕は都合が合ったら一緒に走っているみたいなんですよ。……そういえば最近夕はずっと一緒に出かけているような」

 なるほど。つまり先に聞こえた自転車の音はレンの駆る自転車の音で、ユウがそれを聞いてケイが帰って来たと認識するようになるくらい一緒に過ごしているという事か。ユーリグもそれが特別な事だとは意識していなかったようで、ロウウに説明した自身の言葉で初めてひっかるものを感じたようだった。



「ケイは何だってお隣さんと一緒に走ってるんだい、向こうは家事なりこの時間忙しいんじゃないのかね?」
「それなんだけどね、レン君達の学校再来週に体育祭があるんだってさ。それに向けて毎日夕方走ってるんだって言うから、それじゃあ一緒にって何となく付き合う事になったんだ。ハズミ君に負けないようにーって言ってたよ」
「ハズミに?」

 ケイが戻ってきて8人での夕食の席。ロウウがケイへと話を振ると、次第にお隣の体育祭の話題になっていった。カナタから聞いたとはいえ、事情を知らないはずのロウウから体育祭の話題を切り出すと不自然になるので、既に話を知っているだろうケイから聞き出せないかと考えたのだ。ルレンがハズミの名前だけで反応したのは、ロウウにとってはいささか予想外ではあるのだが。

「ハズミ君足速いからじゃないかな、違う組に別れたって言ってたし。確か同じ100に出るんだって、対戦相手になるんだったら頑張らないとだからね。レン君も見てると結構速いし、二人が走ってるとこ見てみたいなぁ」
「でも高校の体育祭って平日開催ですよね。さすがに部外者は入れないんじゃ…」
「だよねー。聞いたらちょうど大学も午後休講の日だったのにさ、時間だけはあるのに」
「ケイ、その体育祭の日程とはいつなんだ?」

 兄弟達が体育祭話で盛り上がっている中、ロウウが隣の席のルレンの方を見るとやけにそわそわしていた。ロウウがルレンの頭を撫でると、ルレンは一瞬くすぐったさに目を細めてロウウの顔を見上げた。

「ルレンも気になる?」
「…僕もちょうどお休みの日だったから。ケイの話を聞いてたら、ちょっと見てみたいな、って」
「兄弟で二組に別れてるんだろう、どっちを応援するんだ?」
「え…ど、どっちも…?」

 ハズミと答えるまでにはまだ至ってはいないのか。それでもこの分なら明日にでもルレンがハズミと顔を合わせれば、頑張ってとの一言でハズミにやる気だけは起こる事だろう。だがそれだけでは面白くない。単純に事態が面白くないのではなく、ロウウ自身が面白くない。

「……そうだ、ルレン。確か来月にまたライブがあったな?」
「うん。ハズミ達が見に行きたいって言ってくれてて、今度チケットを五人分渡すねって…」
「そのチケット、勝った方の組の連中にだけプレゼントするっていうのはどうだろう。盛り上がると思わないか?」

 ルレンはせっかく楽しみにしてくれているのに悪いと困っていたが、チケットは勝者プレゼントとはするが、本当は五人分ちゃんと用意してある事を体育祭が終わるまでは内緒にしておくという提案で最終的に折れてくれた。体育祭が終わるまで、たっぷりと兄弟間の対立を楽しんでもらおう。うちの可愛い従兄弟達にただでちょっかいを掛けられるとは思わない事だというのを知らしめる、こんな良い機会を活用しない手はないだろうと、ロウウは楽しそうに笑みを浮かべた。

 

マクドール家でそんなやり取りがあった翌日、体育祭の事など頭にないハズミはのんびりお菓子作りを楽しんでいた。
11月にはハズミ的に本命の文化祭が控えている。今からメニューの研究に精を出していたのである。

「これでよしっ…と。後でお隣に持って行ってユーリグさんにも感想を聞こう。」
出来上がった生地をオーブンに入れて、後は焼き上がりを待つだけである。
ユーリグは少し怖い人だが製菓のプロである。意見は大変参考になるだろう。
それに……。

「隣に持って行くんですか?ルレンさんに会うためにせっせとお菓子を作るなんて。
あいかわらずムッツリですね〜ハズミさんは♪」
「そんな事を言ってると、このケーキは一口もやらないからなバカナタ!」
そんないつものやり取りが始まろうとしていた時である。


「ハズミ〜!!!!」
どことなく高潮した面持ちでリクが飛び込んできた。
「何?どうかしたん?」
「さっきルレンさんに会ったんだけど!!凄いんだ!!!」
大分興奮しているリクの様子に、ハズミとカナタはお互いに顔を見合わせる。
「ユーリグさん絡みで何か良い事でもあったんですか?あり得ないですけど。」
「リク。とりあえず落ち着いて順を追って話そうな?」
興奮気味の五男の肩をポンポンと叩いて、気を落ち着かせようと試みる。

「えーと、ね。偶然駅前のコンビニでルレンさんと会ったんだけど、体育祭の事をなぜか詳しく知っていて。勝った組にご褒美をくれるって言うんだ!」
「ご褒美?何でルレンさんが?」
「で、そのご褒美ってなんなんですか〜?」
「それがさ!来月のルレンさんのライブのチケットなんだって!!僕、見に行きたい!!!」
言われた内容にハズミとカナタは驚いた。
「ルレンさんのバンドのライブって凄い人気でなかなかチケットをとりにくいんですよね〜。」
それは凄いかも、とカナタが呟く。
一方のハズミはどことなく不機嫌になる。自分でもなぜかわからないけどなにかモヤモヤとするものがあった。
「ねえ、ハズミ!!体育祭頑張ろうよ!!勝ったらルレンさんのライブが見られるんだよ!!」

むっとしたハズミに気がつかないリクは、興奮したままレンとナナトにも伝える為に行ってしまった。

カナタはそんなハズミの雰囲気をなんとなく察して、そーっと台所を脱出している。
2階の自室まで戻ってから、どうやら例の人が必要以上の仕事をしてくれたらしいと理解した。
「…そう来たかって感じですね。これは僕もうかうかしてられないですね〜。」
避ければ良いと思っていたが、極上な餌に他の兄弟も必要以上に張り切るだろうと予測ができた。
「レンさんに明日からしごかれるかもしれないですねー;;」
これはもう絶対にさぼらせてもらえないだろうと、腹を括るしかなかった。



一方台所に取り残されたハズミは、焼きあがったケーキにデコレーションを施しながら、悩んでいた。
先程あんなにムカついたのはなんでなんだろう?
リクがルレンさんに会ったから?自分はまだ今日は会ってもいないのに?
ムカつきながらデコレーションをしたためか、ケーキの出来栄えもあまり良くなくて、二重にへこむ。

そんな時にハズミの携帯が鳴り響いた。
慌てて着信表示を見ると件のルレンからだった。
「は、はい?ルレンさん?」
『ハズミ?ごめんね、今大丈夫だったかな?』
「はい!大丈夫です!!」
作業の手を休めて、姿勢を改める。今ここにいない兄弟が見たら、表情も緩んでいたのが確認されただろう。
『あのね、今からちょっとだけ会えないかな?家の前で良いんだけど…。』
「今からですか? じゃあ、後5分待ってもらえます?」
『ありがとう。じゃあ、5分後に家の前で。』
「はい、それじゃあ後で」
どこかホッとしたようなルレンの声を聞きながら電話を切り、慌てて目の前のホールケーキを半分に切り分けた。
ついでに出来上がったケーキを、ユーリグに渡して来るつもりだった。
もちろんうるさいからリクには内緒だ。
先にルレンと出会ったリクを羨ましかったとか、悔しかったとか、そんな感情から来る行動ではない筈だと自分に言い聞かせる。
居間にいるレンに少し出かける旨を伝えてから、ケーキを抱えて家を出た。

 

家の中がどことなく、体育祭ムードになっている。
隣の家、カナタ達高校生の体育祭で、我が家ではもうヒロ君くらいしか関係ないのに…と、カイルは不思議に思う。
こんなにも隣の家の子達と親しくなるなんて、引っ越す前には思っても見なかったことだ。
そう考えると、なんだかほのぼのとした優しい気持ちになる。
応援に行ければいいのになぁ…と、カナタが聞けば小躍りしそうなことを考えながら、カイルは手持ち無沙汰に置いてあった雑誌を本棚に片付けてみたりする。

「、」

ふとカイルが気付いた先には、小柄な人影が見えた。
ルレンだ。
とたとたと廊下を歩く姿に、どうやら家の外へ向かうようだと気がついた。
少しだけ出かけてくるね、と言う言葉に遠くへ行く訳ではないとわかるものの…なんとなく心配だ。
どうしようかと躊躇ったものの、その後ろにこっそりと続く人影を見て腰を下ろした。
ヒラヒラと手を振っているのは、――『昨日泊まっていった従兄弟』の姿で、それなら安心とカイルはほっと息を吐いて、台所で何か作業をし始めたユーリグの手伝いへ向かうのだった…。




「すみませんっお待たせしました!」
「ううん、僕も今出てきたところだから…」

ぱたぱたと手を振るルレンの姿は、なんだかとても可愛らしかった。
心拍数が妙に上がる中、何の用事だろうかとハズミは思ったものの、ハッと手に持ったままのケーキに気付きそれをルレンへと手渡した。(いわゆるテンパリ状態だ。)

「これ、ケーキですけど良かったら…ちょっとデコレーションに失敗したんですけど…」
「そんなことないよ?こんなに綺麗に出来てるんだから、ハズミはすごいね……」
「あ、ありがとうございます」
「え?僕の方こそありがとうだと思うんだけど……いつもハズミにお菓子もらってるから…」

まっすぐに絶賛され、胸の中でくすぶっていた何かが消えて代わりに顔が赤くなる。
こんな所を見られたら、またレンに変なことを言われる…っ!とハズミは必死に平静になろうとする。

(―――しかも2人きりで会ってるなんて知れたら、餌付けだとかムッツリだとか言われて…!これはそう!ルレンさんから用事があって呼ばれたんだから!!)

「そっそう言えば、何の用事だったんですかっ?」
「あ、うん…急に呼び出したりなんかしてごめんね……?」
「いえそんな全然ッ…!」

しゅんと頭を垂れるルレンだったが、ハズミが慌てて首を振ると、またそろりと顔を上げた。

「あのね、ライブのチケットのことなんだけど……」
「!ああ、リクから聞きました……その、体育祭で勝った方のチームの賞品って…」
「ええっとね、そうなんだけどね……」

言っていいのか悪いのか、と迷う素振りで首を振るルレンの姿は……むやみやたらに可愛らしい。

「ハズミの…」
「―――ルレン、そ〜んな可愛らしい姿を見せちゃ、悪い狼さんに食べられてしまうよ?」

が、そんな可愛らしい姿を後ろから抱きすくめる人影―――。
もしこの場にカナタが居たならば、「うわ〜コレが所謂チェシャ猫の笑い方ってヤツですね〜」とコメントしただろう…。

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